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第二章 アリスは不思議の国にて待つ

第十五話 一つの象徴の終わり(12)

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 だが、その感動に浸る時間は無かった。
 ドラゴンが次の毒のブレスの体勢に入る。
 シャロンも同時に次の動作に入った。
 電撃魔法の糸をさらに展開し、己が身を包む。
 全身が糸まみれ。からまっているかのよう。
 糸はまるで意思を持っているかのようにうごめいていた。
 ゆえに触手のようでもあった。
 そのうごめきの中から鳥が生まれる。
 まるでシャロンの体から直接生まれているかのよう。
 みな赤い卵を持っている。
 そしてシャロンはその生理的嫌悪感を抱きかねない姿のまま、鳥をばらまきながら地を蹴った。
 直後に敵銃兵達の照準がシャロンに合わせられる。
 これにシャロンは光の壁を展開しながら鋭く真横に地を蹴った。
 銃撃の射線を絞らせないためのその回避行動で糸がたなびく。
 そして尾を引いて伸びた糸からも鳥が生まれる。
 回避行動で鳥を置き去りにしたかのような見える展開速度。
 全ての動作中に鳥が生まれる。
 ゆえに間も無く、シャロンの前方には鳥の大群が展開された。
 敵銃兵達に爆撃がしかけられる。

「「「―――っ!」」」

 悲鳴は無い。聞こえるのは延々と繋がって響く炸裂音のみ。
 銃兵達の次弾装填を爆撃で封じながら、次の目標を定める。
 狙いは当然キーラとドラゴン。
 大量の鳥が高空から急降下爆撃を仕掛ける。
 これに対し、ドラゴンは顔を上に向け、対空のブレスで迎撃。
 鳥が虫に食われ、崩れ落ちる。
 しかしこれは想定済み。
 ドラゴンのブレスを消費させることが目的。
 上手くいった。あとは鳥を展開しながら距離を詰め、赤い槍の連打で圧殺する。それで勝利!
 シャロンはその勝利を目指して地を蹴った。
 が、直後、

「!」

 敵も対策を打ってきた。
 前列の大盾兵が光弾を撃ちながら突進を開始したのだ。
 相手の心を読むまでも無かった。時間稼ぎの特攻だ。
 やむを得ず鳥の群れで迎撃。
 間も無くベアトリスも迎撃に参加。
 だが、敵の対抗策はこれだけでは無かった。

「!?」

 シャロンはそれを感じ取った。
 そして視線を向けて見た。
 これまで通りならば炎のブレスのはず。
 赤みを帯びているのは同じだが、それは明らかに違う動作であった。
 キーラに顔を寄せるように、地に伏せるように、ドラゴンが顔を下にさげている。
 何をするつもりなのか、

(マズい!)

 それを感じ取ったシャロンは思わず作戦を中止し、声を上げた。

「防御お願い!」

 言われたベアトリスは即座に反応してシャロンをかばうように前に立った。
 迫る大盾兵を光る嵐でなぎ払い、撃ち漏らした光弾を防御魔法で受ける。
 その間にシャロンは準備を始めた。
 両手を添えながら前に突き出す。
 キーラも同じ構え。
 そして双方共にその両手から同じものを生み出し始めた。
 それは巨大な爆発魔法。
 糸がからまり、紫電を帯びた赤い球。
 こうしないと途中で手から離れてしまう。電撃魔法で拘束するほか無い。
 その工夫の上で赤い球は膨らんでいった。
 まるで巨大風船のよう。
 しかしこれは五分の条件では無かった。
 キーラは周囲の魔法使いから魔力をもらえるのに対し、シャロンはたった一人。
 ゆえにシャロンは対抗するために体を酷使していた。
 心臓の鼓動をさらに速くし、魔力を生む器官を限界まで活動させる。
 それは耳にうるさいほどであり、体の悲鳴のようにも聞こえた。
 それは正解だった。
 シャロンは痛みの中にいた。
 肺も心臓も脳も、何もかもが痛い。
 その苦痛の中でシャロンは口を開いた。

「前を開ケテッ!」

 まるで金切り声のような、喉の奥から搾り出した叫び。
 弾かれたようにベアトリスが飛びのき、射線を開ける。
 直後、

“これが私の最大全力っ!”

 シャロンは「お願い」の意味を込めた心の叫びを響かせながら、それを放った。
 キーラも同時に発射。
 球の大きさは互角、そう見えた。
 しかし爆発の性能はどうなのか、そこまでは瞬時に計算できなかった。
 だからベアトリスも祈ることしかできなかった。
 そして皆が見守る中で二つの大球は弾けた。
 轟音と共に赤い槍が飛び出す。
 いや、それはもはや槍という表現でおさまる太さでは無かった。
 まるで巨大大砲が長く火を吹いたかのような太さ。
 その太い火はねじれ、回転していた。
 まるで生きているかのように。
 赤い大蛇の群れがからみ合いながら前に進んでいるかのように。
 間も無く二つの群れはぶつかり合った。
 互いを食い合いながら混ざる。
 二つの回転を含んだ力は逃げ場を求めるように上下左右に。
 赤い竜巻となるように上に、大きな螺旋を描くように周囲に広がる。
 下に逃げたものは地を削り、土砂を巻き上げながら這い散らばる。
 そうして赤い群れは轟音と共に爆ぜ(はぜ)広がった。

「……っ!」

 すごい、ベアトリスはそんな心の声を思わず響かせた。
 その光景もベアトリスにとっては初めてのものだった。
 天まで届きそうな爆炎。
 この距離でも衝撃波に体が押されるほど。
 視界が赤く染まり、直後に白ける。
 その薄赤い光がおさまり、視界が回復すると同時にシャロンはその場に膝をついた。

「シャロンさん?!」

 心配したベアトリスが声をかける。
 大丈夫、とは答えられなかった。
 答えられないことは見た目でわかった。
 その身から超人性が消えていたからだ。
 肌の色も髪の色も元に戻っている。
 しかし答える必要は無かった。
 なぜなら、シャロンは感じ取れていたからだ。
 アレが完成したのを。
 だから、シャロンは、

「……あとは、任せたわよ」

 あとを託した。
 後方にいるアルフレッドはその思いに応えた。

「ありがとう、もう十分だ!」

 彼の背後には完成したドラゴンが立っていた。
 大きさは互角。
 そしてドラゴンもまたシャロンの思いに応えるかのように、その大きな羽を見せ付けるように力強く広げた。
 それは生物的な威嚇動作でも無かった。
 優れた感知能力者は感じ取れていた。
 ドラゴンの内部から響く機械的な声を。

“起動完了。戦闘態勢に移行します”

 感情の無い機械的な声と共にドラゴンが体勢を前傾姿勢に変える。
 その巨体にはまとわりつくようにサイラスの死神が飛び回っていた。
 死神はある仕事をしていた。
 その仕事が正常に機能していることを確認したドラゴンは再び内部から声を響かせた。

“死神による補給を確認。補助精霊を最大展開”

 直後、ドラゴンの体のあちこちから蝶が生まれた。
 死神は兵士達から魂を分けてもらい、ドラゴンに補給する仕事を行っていた。
 これはアルフレッドの技術では無かった。サイラスの提案によるものであった。
 そして全ての機能が正常に動作していることを確認したドラゴンは、

“目標設定、敵ドラゴン。突撃します”

 その巨体を前に走らせた。
 いや、走りだしたという表現は正しくなかった。
 その突進は地面の上を滑空しているように見えた。
 蝶の精霊をばらまきながらの滑空。
 蝶の中には虫の群れに分裂して別の仕事を始めるものもあった。ゆえにその突進は蝶の残像を残しているようにも見えた。
 されど美しくは無かった。
 死神がまとわりついているからだ。
 ゆえに、その突進は死の世界の行進のようであり、幻想的であるが退廃的でもあった。
 そして直後、敵のドラゴンが爪を振るい、雷を帯びた羽を繰り出した。
 これに対し、アルフレッドのドラゴンも爪を振るった。
 蝶を纏った爪が羽を切り裂く。
 切断面がショートし、電撃魔法特有の炸裂音が爆竹のように連鎖的に響く。
 されどドラゴンには通じない。爆竹のような衝撃を浴びながら強引に突破。
 接近戦になる、そう判断したのか、直後に敵ドラゴンも前に出た。
 二つの巨体がぶつかり合う。
 しかし轟音は響かない。重さがほとんどないからだ。
 ゆえに、ぶつかり合ったという印象も間違っていることに直後に気付いた。
 分厚い流体の混ざり合い、いや、からみ合い? それはそのように見えた。
 まるで一つになろうとしているかのようにくっつき、激しくうごめく。
 その融合面では激しい食い合いが起きていた。
 最初に組み合った双方の両腕はもう繋がってしまっているように見えた。
 どちらが押しているのか分からぬぶつかり合い。
 ゆえにか、敵ドラゴンは大きな変化を起こすために動いた。
 からみ合いから首を脱出させ、その口からブレスを吐き出す。
 死神も蝶も蝕む毒の霧。
 しかしこの攻撃は当然のように読めていた。
 その吐息をふさぐために蝶の群れが自ら口に飛び込む。
 顔面を潰すために、首を食い落とすために死神がむらがる。
 これに対し、敵ドラゴンは激しく首を振って抵抗。
 それはまるで痛がっているようにも見えた。
 そして直後に感じ取れた。
 アルフレッドのドラゴンのほうが単純な力では上回っていることを。
 このままなら押し切れる、その確信が芽生えた瞬間、

「「「っ!」」」

 何度も聞いた轟音が響いた。
 爆発魔法の音。
 放たれた赤い槍がアルフレッドのドラゴンの右腕を吹き飛ばす。
 しかしその腕は直後に再生を始めた。
 死神達が即座に修理作業に入っていた。
 そしてその修理素材には食った相手の肉片が使われていた。
 これもサイラスのアイディアであった。赤い槍で抵抗されることは分かっていた。
 このドラゴンの設計思想は至極単純なものであった。
 突進力とぶつかり合い、そして修復力だけを伸ばしたのだ。
 様々な魔法を扱うなどという器用なことは出来ない。
 しかしそんなものは必要無かった。ドラゴンさえ倒せれば戦況は逆転するのだから。
 ゆえにアルフレッドとサイラスは同族殺しに特化したドラゴンを作り上げたのだ。
 されど、懸念事項はあった。
 赤い槍を連発されることだ。
 さすがに修理速度が間に合わない。
 キーラはそれを直感で理解していた。
 その右手には次の爆発魔法が生まれ始めていた。
 だが、キーラがそうするであろうことは読めていた。
 ゆえに直後、

「「やらせるか!」」

 ドラゴンに続いて突撃してきたサイラスとアルフレッドの声がキーラの耳に響いた。
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