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第二章 アリスは不思議の国にて待つ

第十五話 一つの象徴の終わり(10)

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   ◆◆◆

 間も無く戦いは始まった。
 しかしシャロン側の兵士達の多くはそのことに気付けなかった。
 既に射程内だとは思わなかったのだ。
 しかしそれを見てようやく兵士達は気付いた。
 ドラゴンが大きく口を開け、息を吸い込むような動作を始めたからだ。
 何を吸い込んでいるのか、それもすぐにわかった。
 仲間の兵士達の頭から魂と虫の群れが飛び出し、ドラゴンの口に集まっていった。
 そして吸い込まれた魂達は腹の中で何かに改造されていった。
 それが何であるかに気付く頃には、腹ははちきれんばかりに膨らんでいた。
 これはあの巨人が吐いていたものと同じ?! そんな心の声が響いた直後、ドラゴンはそれを吐き出した。
 同時にシャロンも動いていた。
 相殺狙いの爆発魔法を放つ。
 が、

(消しきれない!?)

 それは一個の爆弾で消し飛ばすには難しい代物であった。
 それは大きく広がる毒霧であった。
 しかも噴出時間が長い。
 ゆえに、シャロン軍の右翼と左翼はなすすべも無く霧に飲み込まれた。

「「「っ!」」」

 間も無く、兵士達の苦悶の感覚がシャロンに伝わる。
 これは危険だ、シャロンは瞬時に察した。
 薄く広い範囲攻撃だが、それでも何度も食らえば虫の扱いに長けていない者は脳を破壊される、と。
 いや、それどころか乗っ取られるだろう。
 こいつの攻撃は病気を、細菌を吹きかけているようなもの。
 人はみな魂で出来た細菌、いわゆる虫と呼ばれているものに抵抗力を持っているが、こいつが吹きかけている虫は自然界にいるような軟弱なものでは無い。
 おそらく人間の体を守っている虫を、いわゆる抗体を攻撃的に改造して使っている。
 いったいこいつのために何人の人間が犠牲になっているのか。今の攻撃だけで何人分の魂を吐き出したのか。考える気にもならない。
 いま考えるべきことはただ一つ。
 シャロンはその答えを即座に導き出し、それを叫んだ。

「虫の扱いに長ける者と、親衛隊以外は下がって!」

 答えはシンプルであった。
 虫を使える者、言い換えれば魂の抗体を改造して様々な用途を持たせることが出来る者と、そうでない者との間には、立ち回りでは埋められないほどの差が存在する。
 改造できるということは解析能力が高いということ。相手の細菌兵器に対する対応力が違うのだ。攻撃性能という点においても同様だ。
 だからシャロンは指示を出すと同時に前に走り出した。
 こいつとまともに立ち会えるのはこの場では自分だけ、その確信があったからだ。
 直後、キーラがシャロンに向かって右手を突き出した。
 その手は赤く光っていた。
 いや、手だけでは無かった。
 キーラの体を包んでいる糸も薄赤く光りだした。
 ドラゴンと魔力を共有している? そんな推察を立てながらシャロンも右手を赤く光らせた。
 二人の右手に同じ色の球が生みだされる。
 そして二人は同時にそれを投げた。
 球が弾け、赤い槍がぶつかり合う。
 威力は、

(五分!)

 互角、ならば連射力はどう? そんな思いを響かせながらシャロンは続けて赤い球を投げた。
 再び赤い槍がぶつかり合い、その轟音は何度も続いた。
 その数度のぶつけ合いでシャロンは確信し、心の声を響かせた。
 単純な撃ち合いではわたしが有利! と。
 このまま赤い槍だけで押し切れる? そんな淡い期待をシャロンは抱いたが、

「!」

 その期待は直後に響いた銃声で撃ち砕かれた。
 これに対し、シャロンは左手で防御魔法を展開。
 光の壁と呼べるほどの防御魔法。
 それでも銃弾を受け止めることはできない。
 しかし軌道を変えるだけならば別だ。
 その防御魔法は中央から波紋が外に広がっていた。
 弾丸を外側に押し出すように工夫された光の盾。
 その工夫はシャロンの期待通りの効果を発揮したが、

「っ!」

 一発の弾丸がシャロンの柔肌を削った。
 思わず距離を取り直すシャロン。
 その後退を援護するように、遅れて前に出てきた親衛隊達と銃兵達の銃声が響いた。
 双方共に大盾兵を前にして撃ち合う。
 その銃撃に色を添えるようにシャロンが赤い槍を放つ。
 さらにシャロンは手数を増やすことにした。
 今は大盾兵に守ってもらえる。左手を防御のために温存しておく必要は無い。
 だからシャロンは左手から電撃魔法の糸を紡いだ。
 重ね、編み、鳥を形作る。
 赤い卵を体内に宿した鳥。
 シャロンはそれを数十羽展開し、一斉に放った。
 それは空より飛来する爆撃の雨。ドラゴンを狙った攻撃。
 であったが、

「!?」

 シャロンは感じ取った。
 凄まじい量の魔力がドラゴンに集まっているのを。
 キーラのそれを明らかに超えている量。だから気付いた。ドラゴンの糸が周囲にいる兵士達まで包んでいることに。
 みな赤く光っている。
 だから簡単に予想できた。炎魔法の使い手達を近くに置いていることに。
 前列の大盾兵達も銃兵もこれを守るため、そう思えた。
 そして赤い魔力は既に十分すぎるほどに腹にたまっており、ドラゴンは先と同じブレスの動作に入っていた。
 これは? まさか、などと言うまでも無かった。
 直後にドラゴンはそれを空に向かって勢いよく吐き出した。
 予想通りの炎のブレスが鳥を全て焼き払う。
 そしてドラゴンはそのまま顔を下に向け、シャロン達をなぎ払うように首を振った。
 灼熱の吐息がシャロン達を包み込む。
 それはまるで山火事で生じる熱波のようであった。
 これをシャロンは冷却魔法を混ぜた防御魔法で受けた。
 熱と魔力が凄まじい速度で反応し、目に痛いほどに輝く。
 削りあうような音が響くほどの反応。

「……っ!」

 それでも左右から流れてくる熱がシャロンの肌を撫で荒らす。

「「「ぐああああぁっ!」」」

 強力な防御を展開出来ない味方の悲鳴が熱と共に昇り響く。

(反撃を……!)

 手を出さなければ味方の被害が増えるだけ、そう思ったシャロンはブレスが終わると同時に右手を突き出した。
 だがそれはキーラも同じだった。相手を封殺する、そんな思いと共に赤い球を放っていた。
 生じた赤い槍がぶつかり合う。
 そして生じた衝撃波の中でシャロンは見た。
 ドラゴンが次の攻撃動作に入っているのを。
 いや、最初は攻撃だと思わなかった。
 変形、それはまさしくそう見えた。
 ドラゴンの両肩から羽が伸び始めたのだ。
 それは天高く、巨人よりも高く伸びた。
 そして気付いた。
 これは、

(電撃魔法の網!)

 であると。
 炎の使い手だけで無く、電撃魔法の使い手まで集めているのか?! そんな言葉がシャロンの心に浮かんだが、その真偽は今はどうでもいいことだった。
 そして変形が止まると同時にドラゴンは両腕を振り上げた。
 見ると、両腕は羽と糸で繋がっていた。
 まさか、再びのその言葉も正解だった。
 ドラゴンは抱きしめるように両腕を振った。
 その動作に羽が追従し、

「「「ぐおおおおぉっ?!」」」

 網を投げたようにシャロン達を包み込み、その身に紫電を走らせた。
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