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第二章 アリスは不思議の国にて待つ

第十五話 一つの象徴の終わり(9)

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   ◆◆◆

 サイラスよりも早く気付いていたシャロンは既に部隊の向きを反転させ、戦いの準備を整えていた。
 シャロンは近づいてくる奇襲部隊を見つめながら口を開いた。

「城を守るために大砲を背後から制圧しにきたって感じでは無いわね」

 明らかに相手の敵意は自身に向いていた。感じ取れた。
 だから奇襲部隊を率いているのが誰かまでわかってしまった。

「魔王様みずから城を離れてまで私に会いに来てくれるなんて、恐悦至極って感じね」

 ふざけた台詞を薄い笑みと吐くシャロン。
 しかしその目はまったく笑っていなかった。
 感じ取れていたからだ。
 だからシャロンは直後に、

「でも残念だわ」

 言葉を付け加えた。

「オレグは最期まで自分というものを守り通したけど……あなたは変わってしまったのね」

 変わってしまった、その言葉は心だけを指したものでは無かった。
 キーラは見た目まで変わりつつあった。
 魂が続々とキーラのもとに集まっている。
 かつてのキーラの心はどこにも感じられない。
 ゆえに、シャロンには哀れに見えた。
 だからシャロンは口を開いた。

「いいわ。相手をしてあげる。心を捨ててでもわたしに勝ちたいと言うのであれば、その気持ちに全力で応えてあげるわ」

 そしてオレグと同じ場所に送ってあげる、そんな思いをシャロンは響かせた。

 シャロンは知らなかった。
 もう死んでもキーラはオレグに会えないのだ。

   ◆◆◆

「行け!」

 シャロンとキーラが対峙している、それを感じ取ったルイスはサイラスに向かって声を上げた。
 いいのか? そんな思いをサイラスが響かせた直後にルイスは答えた。

「ここは私に任せろ! こいつはもう死に体だ!」

 こいつを倒したらすぐにそっちに向かう、そんな思いがその声には混ざっていた。
 だからサイラスは、

「なら任せた!」

 ルイスを信じて巨人に背を向け、走り出した。

   ◆◆◆

 シャロンは一つ気付いていなかった。
 キーラが変わった点、それは心を無くしたことだけでは無いのだ。
 双方ともに陣形を整えながら近づいていく。
 その前進と共にキーラは少しずつ変わっていった。
 集まる魂を身にまとい、変容していった。
 それを見てシャロンもようやく気付いた。
 キーラは戦い方まで変わっていることに。
 その見た目はもはや魔法使いの王の姿では無かった。
 その全身は糸のようなもので包まれていた。
 全身にまとわりつき、神経網に突き刺さっていた。
 髪の毛穴からも。
 ゆえに青白い髪の毛が伸びて全身にからみついているようにも見えた。
 しかし変化はまだ続いていた。
 キーラの背後に、背中に続々と魂が集まる。
 そして集まった魂は塊となり、一つの形を作り上げた。

「……なんだあれは?」

 それを見た兵士の一人が思わず声を上げる。
 これに、近くにいた兵士が答えるように口を開いた。

「……ドラゴン?」

 自信の無い答え。
 しかしそれはそのように見えた。
 おとぎ話に出てくる怪物のように見えた。
 キーラがその怪物を背負っているように見えた。
 間も無く、変化は最終段階に入った。
 キーラの糸がドラゴンにからみつき、繋がったのだ。
 まるで人形使いの糸。
 キーラがドラゴンを操っているのか、それとも逆なのか、それはわからない。
 しかしそれはそのように見えた。

   ◆◆◆

「行こう、ベアトリス!」
「え?!」

 突然のアルフレッドの声に、ベアトリスは驚きの声を返した。
 行くってどこに? 思わずそう聞き返しそうになった。
 それを聞かれるよりも早く、アルフレッドは答えた。

「アリスの宿主が倒されたら元も子も無い!」

 そう言ってアルフレッドは走り出した。
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