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第二章 アリスは不思議の国にて待つ
第十五話 一つの象徴の終わり(7)
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◆◆◆
兵士達の士気はとどまるところを知らぬ勢いで高まっていた。
だから敵は思った。
これ以上相手を調子づかせてはならないと。
「!」
瞬間、ルイスは「それ」を感じ取った。
だからルイスは叫んだ。
「出てくるぞ!」
何が、それを尋ねる必要は無かった。
鈍い者でもそれは感じ取れた。
魔王城で何かが活動を開始したのを。
それが門から這い出し始めたのを。
そう、這い出した、そのように感じられた。
生物的な感覚。手足のようなものがある、そう思えた。
それは正解だった。
それは太い両腕で門から這い出し、背を伸ばした。
その背伸びと共に体は膨らみ、門よりもはるかに大きくなった。
「え……? な……?!」
その巨体の馬鹿馬鹿しさに、兵士の一人は思わず馬鹿馬鹿しい声を上げた。
前方にそびえ立ったもの、それは巨人の上半身に見えた。
しかし下半身が見えない。地面に埋まっているように見える。
これが敵?! 目の前の現実が一瞬信じられなかった。
こんなものと一体どうやって戦えばいい? 誰かがそう思い、直後に別の誰かが叫んだ。
「城も含めて射程内!」
それは本能的な叫びであり、
「撃て!」
隊長も反射的に命じた。
耳が破れそうな轟音と共に巨大大砲が発射される。
が、
「効かない?!」
弾丸は巨人をすり抜け、城に大きな風穴を開けた。
考えてみればそれは当たり前のことだった。
相手は魂の集合体。霧や霞を撃ったのに等しい。
穴は開いたが、それはあっという間にふさがってしまった。
そしてこの巨大な敵に対し、
(予測よりもでかい!)
ルイスは誰にも聞こえぬ声で危機感のある言葉を漏らしていた。
ナチャの予測が大きく外れることは珍しいことであった。
ゆえに、
(すまない。予想より大量の種を備蓄していたみたいだ)
ナチャは即座に謝罪の言葉を述べた。
保存目的で活動を停止させた魂は波をほとんど発しない。ゆえにナチャでも遠距離からの正確な予測は困難。
なのでナチャが謝ることでは無い。
そもそも、今はそんなことを問答している場合では無い。
だからルイスは叫んだ。
「全員、後退しろ!」
しかしそれはすぐには無理な命令であった。
大通りは走ることが困難なほどに人の列ができている。しかも今は乱戦状態。
だからルイスにはもう一度叫ぶことしかできなかった。
「来るぞ、防御しろ!」
どうやって、その最善手は虫を使えるものにしか実践できないものであった。
だからそれが出来ない者達は大盾を構えたり、遮蔽物の陰に身を潜めた。
これでなんとかしのげれば――虫を使えない者達はそう願ったが、
「「「……っ!!?」」」
それは間も無く絶望感に変わった。
巨人がさらに背伸びをしたからだ。
もはや見上げなければならないほどの大きさ。
その高さから巨人は右手を振り上げた。
上に伸ばした手先がゆうに城の頂上を越える。
その体勢から何を、それは考えるまでも無かった。
やばい、そう思った兵士達が脇の路地に走り出したのと同時に、巨人はそれをやった。
振り上げた右手で大通りを埋め尽くすように叩きつける。
「「「うわああぁ!?」」」
そして兵士達の口から飛び出した悲鳴には驚きの色が混じっていた。
風圧が生じたからだ。
ただの魂の塊が風を起こした、なんという密度、路地に飛び込んで避けた者達はそんな思いを響かせた。
そして盾で受けた者達にはそれだけでは無く、重さのような感覚まであった。
されど、その感覚は、
「「「っ!」」」
直後に焼け付くような痛みに変わった。
真後ろで防御していた感知能力者はその理由が見えていた。視覚情報に変換されていた。
ゆえに、
「……っ?!」
そのおぞましさに怖気を覚えていた。
全身にカビがついている、そう見えた。
そしてそのカビは根を植え付けようとしている、そう感じ取れた。
これは?! その答えはすぐに言葉にできた。
これは自然界に漂っているものを培養したもの、そう思えた。
魂は人間だけのものでは無い。似たようなものはそこら中に漂っている。
その中には人間に害を成すものもある。悪い菌と同じようなものだ。カビという第一印象は間違っていない。
人間はみなこれに耐性を持っている。虫が体内で仕事をしてくれる。虫も魂も特別なものじゃない。シャロンなどが特別なのは、それを体外に放出するだけでなく、改造して機能を持たせられる点だ。
しかしこのカビは普通じゃない。大きさもそうだが、攻撃性も異常だ。何者かに手を加えられたとしか思えない。
ゆえに、その感知能力者は反射的に頭部を見た。
やはり、そう思ったのと同時に能力者は目の前にいる者の頭部に手をかざした。
やはりこのカビは普通では無かった。
攻撃に方向性のようなものが感じ取れる。頭を目指してる。
虫という抗体を生み出しているのは脳だ。そこを破壊されたら抵抗できなくなる。
かざした手から虫を流し込む。
治療と呼べるその作業を始めたと同時に能力者は気付いた。
患者の口から吸い込まれているのを。
まずい、自分も吸い込んでる、思わず能力者はもう片方の手で口を覆うと同時に声を上げた。
「布で口を覆え!」
相手はとても小さな物体の集合、おそらく多くが素通りするだろうが、それでも多少の効果はある。
わけもわからず、その声に反応して口を覆う兵士達。
その混乱の中でたった二人だけが、ルイスとサイラスが反撃のために動いていた。
二人とも無傷。
先の攻撃を完璧によけたわけでは無い。カビをはらんだ風圧は受けた。
しかし二人は同時に大量の虫を展開して防御。
ゆえに、突進する二人の体は光るりんぷんを纏っているように見えた。
そして先に仕掛けたのは、
「ぅ雄ォ!」
前を走るルイス。
走りながら右手を振るい、ムカデを放つ。
その巨大な顎が巨人の胸を撫で、深くえぐる。
その豪快な一撃に負けじと、サイラスが強く地を蹴る。
踏み込むと同時に長剣を一閃。
銀色の刃が腹に深く食い込み、トゲだらけの糸が突き刺さる。
が、
「!」
ほとんど効いていない、それをサイラスは感じ取った。
なぜか、その答えが言葉になりかけた瞬間、
「上だ!」
ルイスの声が響いた。
それは下半身付近への攻撃は効果が薄いという意味を含んだ声であった。
なぜなら、腹部はただの台座だからだ。
重要な器官が無い、ただの土くれの塊のようなもの。
攻撃は無駄では無いが、長剣で壊し尽くすには途方も無い攻撃回数がいる。
だから狙うべきは上、そしてその中でも――
サイラスが見上げると同時に、直後の言葉をルイスが声で響かせた。
「急所を狙え!」
具体的にどこか、聞き返すまでも無くわかりやすい箇所が複数あった。
演算回路が密集している箇所、体を制御していると思われる部分があった。
その中でも特に目立つ部分があった。
それは頭部。
演算回路がひときわ大きい。
一番安全な高所に最も重要な器官を置いている、そう見えた。
こいつは見た目どおり人間を模倣している、そう思えた。
だからサイラスは叫んだ。
「砲手、狙えるか?!」
大型大砲の射手は即座に応えた。
「やってみます!」
兵士達の士気はとどまるところを知らぬ勢いで高まっていた。
だから敵は思った。
これ以上相手を調子づかせてはならないと。
「!」
瞬間、ルイスは「それ」を感じ取った。
だからルイスは叫んだ。
「出てくるぞ!」
何が、それを尋ねる必要は無かった。
鈍い者でもそれは感じ取れた。
魔王城で何かが活動を開始したのを。
それが門から這い出し始めたのを。
そう、這い出した、そのように感じられた。
生物的な感覚。手足のようなものがある、そう思えた。
それは正解だった。
それは太い両腕で門から這い出し、背を伸ばした。
その背伸びと共に体は膨らみ、門よりもはるかに大きくなった。
「え……? な……?!」
その巨体の馬鹿馬鹿しさに、兵士の一人は思わず馬鹿馬鹿しい声を上げた。
前方にそびえ立ったもの、それは巨人の上半身に見えた。
しかし下半身が見えない。地面に埋まっているように見える。
これが敵?! 目の前の現実が一瞬信じられなかった。
こんなものと一体どうやって戦えばいい? 誰かがそう思い、直後に別の誰かが叫んだ。
「城も含めて射程内!」
それは本能的な叫びであり、
「撃て!」
隊長も反射的に命じた。
耳が破れそうな轟音と共に巨大大砲が発射される。
が、
「効かない?!」
弾丸は巨人をすり抜け、城に大きな風穴を開けた。
考えてみればそれは当たり前のことだった。
相手は魂の集合体。霧や霞を撃ったのに等しい。
穴は開いたが、それはあっという間にふさがってしまった。
そしてこの巨大な敵に対し、
(予測よりもでかい!)
ルイスは誰にも聞こえぬ声で危機感のある言葉を漏らしていた。
ナチャの予測が大きく外れることは珍しいことであった。
ゆえに、
(すまない。予想より大量の種を備蓄していたみたいだ)
ナチャは即座に謝罪の言葉を述べた。
保存目的で活動を停止させた魂は波をほとんど発しない。ゆえにナチャでも遠距離からの正確な予測は困難。
なのでナチャが謝ることでは無い。
そもそも、今はそんなことを問答している場合では無い。
だからルイスは叫んだ。
「全員、後退しろ!」
しかしそれはすぐには無理な命令であった。
大通りは走ることが困難なほどに人の列ができている。しかも今は乱戦状態。
だからルイスにはもう一度叫ぶことしかできなかった。
「来るぞ、防御しろ!」
どうやって、その最善手は虫を使えるものにしか実践できないものであった。
だからそれが出来ない者達は大盾を構えたり、遮蔽物の陰に身を潜めた。
これでなんとかしのげれば――虫を使えない者達はそう願ったが、
「「「……っ!!?」」」
それは間も無く絶望感に変わった。
巨人がさらに背伸びをしたからだ。
もはや見上げなければならないほどの大きさ。
その高さから巨人は右手を振り上げた。
上に伸ばした手先がゆうに城の頂上を越える。
その体勢から何を、それは考えるまでも無かった。
やばい、そう思った兵士達が脇の路地に走り出したのと同時に、巨人はそれをやった。
振り上げた右手で大通りを埋め尽くすように叩きつける。
「「「うわああぁ!?」」」
そして兵士達の口から飛び出した悲鳴には驚きの色が混じっていた。
風圧が生じたからだ。
ただの魂の塊が風を起こした、なんという密度、路地に飛び込んで避けた者達はそんな思いを響かせた。
そして盾で受けた者達にはそれだけでは無く、重さのような感覚まであった。
されど、その感覚は、
「「「っ!」」」
直後に焼け付くような痛みに変わった。
真後ろで防御していた感知能力者はその理由が見えていた。視覚情報に変換されていた。
ゆえに、
「……っ?!」
そのおぞましさに怖気を覚えていた。
全身にカビがついている、そう見えた。
そしてそのカビは根を植え付けようとしている、そう感じ取れた。
これは?! その答えはすぐに言葉にできた。
これは自然界に漂っているものを培養したもの、そう思えた。
魂は人間だけのものでは無い。似たようなものはそこら中に漂っている。
その中には人間に害を成すものもある。悪い菌と同じようなものだ。カビという第一印象は間違っていない。
人間はみなこれに耐性を持っている。虫が体内で仕事をしてくれる。虫も魂も特別なものじゃない。シャロンなどが特別なのは、それを体外に放出するだけでなく、改造して機能を持たせられる点だ。
しかしこのカビは普通じゃない。大きさもそうだが、攻撃性も異常だ。何者かに手を加えられたとしか思えない。
ゆえに、その感知能力者は反射的に頭部を見た。
やはり、そう思ったのと同時に能力者は目の前にいる者の頭部に手をかざした。
やはりこのカビは普通では無かった。
攻撃に方向性のようなものが感じ取れる。頭を目指してる。
虫という抗体を生み出しているのは脳だ。そこを破壊されたら抵抗できなくなる。
かざした手から虫を流し込む。
治療と呼べるその作業を始めたと同時に能力者は気付いた。
患者の口から吸い込まれているのを。
まずい、自分も吸い込んでる、思わず能力者はもう片方の手で口を覆うと同時に声を上げた。
「布で口を覆え!」
相手はとても小さな物体の集合、おそらく多くが素通りするだろうが、それでも多少の効果はある。
わけもわからず、その声に反応して口を覆う兵士達。
その混乱の中でたった二人だけが、ルイスとサイラスが反撃のために動いていた。
二人とも無傷。
先の攻撃を完璧によけたわけでは無い。カビをはらんだ風圧は受けた。
しかし二人は同時に大量の虫を展開して防御。
ゆえに、突進する二人の体は光るりんぷんを纏っているように見えた。
そして先に仕掛けたのは、
「ぅ雄ォ!」
前を走るルイス。
走りながら右手を振るい、ムカデを放つ。
その巨大な顎が巨人の胸を撫で、深くえぐる。
その豪快な一撃に負けじと、サイラスが強く地を蹴る。
踏み込むと同時に長剣を一閃。
銀色の刃が腹に深く食い込み、トゲだらけの糸が突き刺さる。
が、
「!」
ほとんど効いていない、それをサイラスは感じ取った。
なぜか、その答えが言葉になりかけた瞬間、
「上だ!」
ルイスの声が響いた。
それは下半身付近への攻撃は効果が薄いという意味を含んだ声であった。
なぜなら、腹部はただの台座だからだ。
重要な器官が無い、ただの土くれの塊のようなもの。
攻撃は無駄では無いが、長剣で壊し尽くすには途方も無い攻撃回数がいる。
だから狙うべきは上、そしてその中でも――
サイラスが見上げると同時に、直後の言葉をルイスが声で響かせた。
「急所を狙え!」
具体的にどこか、聞き返すまでも無くわかりやすい箇所が複数あった。
演算回路が密集している箇所、体を制御していると思われる部分があった。
その中でも特に目立つ部分があった。
それは頭部。
演算回路がひときわ大きい。
一番安全な高所に最も重要な器官を置いている、そう見えた。
こいつは見た目どおり人間を模倣している、そう思えた。
だからサイラスは叫んだ。
「砲手、狙えるか?!」
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