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第二章 アリスは不思議の国にて待つ

第十四話 奇妙な再戦(13)

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 ここまでか。さすがのオレグでもそう思わざるを得なかった。
 だが、オレグはただで死ぬつもりでは無かった。
 せめて一人、目の前にいるこの男だけでも道連れにする、そんな覚悟を抱いた瞬間、

「待って」

 その声が場に響いた。
 まったく声色が違うが、発音の特徴はまったく変わっていなかった。
 あの女の声だ、オレグがそう思ったのと同時に、彼女は場に姿を現した。
 声色の通りの若々しい姿。
 シャロンはその生まれ変わった自分を見せ付けるようにオレグの前に立った。
 直後、

「シャロン」

 最初に口を開いたのはサイラスであった。
 無駄な危険を冒す必要は無い、そんな戒めの思いを含んだ声であったが、

「大丈夫。心配しないで」

 シャロンは余裕の表情でそう言った。
 むしろその顔は楽しんでいるようにすら見えた。
 シャロンはその表情のまま、オレグに向かって口を開いた。

「冥土のみやげに、あなたの望みを叶えてあげるわ」

 言いながらシャロンは細長い剣を抜いた。
 そしてその鋭い切っ先をオレグに向かって突き付け、シャロンは共有している望みを言葉にした。

「相手をしてあげる。一対一でね」

 たどり着けないと思った目標がむこうからやってきた、しかも一騎討ちを提案してくれた、まさにこれ以上無い好機。
 であったが、それはオレグの感情を逆撫でする行為でもあった。
 オレグは直後にその逆撫でされた感情を、

「我を……侮るなぁっ!」

 吐き出すと同時にシャロンに向かって踏み込んだ。
 大盾を前に構えた体当たり。
 瞬間、

(読める!)

 オレグはシャロンの思考を感じ取った。
 シャロンは直後にその通りに、巨大な防御魔法を展開した。
 魔王と同等、いや、より強固な光の壁。
 されどオレグはそのまま突っ込んだ。
 自信があったからだ。
 だからぶつかり合うと同時にオレグはその自信を心の叫びに変えた。

(押し破るッ!)

 その叫び通り、オレグはシャロンを押し始めた。
 そしてオレグは再び感じ取った。
 シャロンがぶつかり合いから離脱するために回避行動を取る、その思考を感じ取れた。
 方向は右、そこまで感じ取れたオレグは追撃のために足に魔力を込めた。
 瞬間、

「!」

 突然シャロンの人格が、思考が突然増えた、そう感じられた。
 同時に、光の壁の向こうでシャロンが何かを始めたのを、魔力が大量に放出されたのも感じ取れた。
 そして防御魔法にも変化が現れた。
 赤くなり始めたのだ。
 炎魔法の輝き。光の壁が高熱を帯び始めている、それに気付いたのとほぼ同時に、

「っ!」

 オレグの視界は白一色に染められた。
 これは?! その答えをオレグは知っていた。
 炎魔法と冷却魔法を大きく反応させたのだ。
 冷却魔法が熱を奪うときに強い光を発することを利用しためくらまし。
 かつての魔王も使っていた技。
 そしてその白い視界の中でオレグは手ごたえを失った。
 防御魔法を解除して離脱した、それは間違い無かった。
 が、

(?!)

 増えたシャロンの思考がそれぞれ独立して移動し始めた理由は即座に思いつかなかった。
 四つに増えた思考がそれぞれ体を得て自由に動き出した、そうとしか感じ取れなかった。
 距離を取りながら正面に一人残り、二人が左右に回りこみ、もう一人が真上を飛び越えるように跳躍した。
 だからオレグは身を低くして頭上からの攻撃の距離を稼ぎつつ、左右の二体を攻撃した。
 大盾で右の気配を殴りつつ、左拳で左の気配を打つ。
 瞬間、

(人形?!)

 その手ごたえの軽さからオレグは答えに気付いた。
 これはキーラも使うあの技!? その答えを驚きと共に響かせたのと同時に、オレグの視界は回復した。
 答えは正解だった。
 正面と左右の三体は電撃魔法の糸で作られた人形!
 しかも普通の人形では無い。
 騙しやすいように、電気の力で生体活動の音が再現されている。
 思考もだ。頭部にシャロンの魂が詰まっている。
 それを見てオレグはようやく過ちに気がついた。
 この人形に打撃は有効では無い。引き裂くか、押しつぶさなくてはならない。
 しかしもう手遅れだった。

「っ!」

 直後にオレグの左腕に電流が走った。
 見ると、左の人形はオレグの左腕に胸を貫かれたままであった。
 いや、貫かれているという表現はもはや正確では無かった。
 それはオレグの左腕にからみついていた。
 そして人形はその状態のまま、両腕を触手のように伸ばした。
 両腕に束ねられていた糸がほどけ、オレグの体に巻きつく。
 鎧の隙間から、亀裂から、破れたわき腹からもぐりこみ、紫電を流し始めた。

「ぐぅうっ!」

 間も無く右の人形もからみつき始める。
 感電し、体が中から焼けるその痛みの中でオレグは見た。
 正面の人形がこちらに体当たりするように踏み込んでくるのを。
 その体の色が変わり始めているのを。
 心臓のように胸部におさめられた光球が赤く輝き始めたのを。
 まずい、動け! オレグは叫んだが、

「う?!」

 その叫びは同時に走った痛みによってさえぎられた。
 真後ろにいる本体から背中を刺されたのだ。
 光る針先が背中の装甲を貫通していた。力強くねじ込まれていた。
 そしてその針先は急所である背骨を完璧にとらえていた。
 神経が切断され、オレグの両足から力が抜け始める。
 その回復はどうあがいても間に合わなかった。

「ぐぁっ!」

 目の前で人形が爆発。
 背中を刺されたままであるがゆえに、そこを支点にしてブリッジするように背中が大きくのけぞる。
 シャロンは倒れてくるその巨体の下にもぐりこむように身を低くしていた。
 脇の下に置かれた左手は強く輝いていた。
 両足のバネをさらに力強くするように魔力を込める。
 左手の輝きも同時にその強さを増していく。
 そしてその輝きが目に痛いほどになった瞬間、

「破ッ!」

 シャロンは両足のバネを開放し、真上に飛び上がるように立ち上がりながら輝く左手をオレグの背中に叩きつけた。

「がっは!」

 左手から巨大な光る傘のような防御魔法が開き、オレグの体が真上に押し上げられる。
 浮かされた、オレグがその浮遊感を感じ取った直後、左右にいた人形が追いかけるように跳躍した。
 その二つの体も赤く輝いていた。
 追いつくと同時に爆発。

「ぐおぉ?!」

 爆風によってその巨体がさらに高く浮き上がる。
 シャロンはその背を真下から見上げていた。
 左手は突き上げられたままだった。
 その手の色の輝きは白から赤に変わっていた。
 間も無くその手から同じ色の球が、爆発魔法が生まれた。
 しかしそれは普通の爆発魔法では無かった。
 キーラが使うものと同じ、爆発力を一方向に収束させた代物。
 しかも大きい。片手で、しかも短時間で生み出したとは思えないほど。
 まさしく超絶破壊魔法と呼べる代物。
 狙いはもう定まっていた。時間的な猶予もある。
 だからシャロンは、

“逝かせてあげる! 派手にね!”

 心の叫びを大きく響かせ、それを放った。

「おおおおぉっ!」

 オレグはまだ叫んでいた。
 シャロンの叫びをより大きな声で消そうとするかのように。
 もがくように。あらがうように。
 されど、

「――っ!」

 その抵抗の叫びは直後の轟音の中に消えた。
 それはまさに残酷な花火だった。
 赤い玉から伸びた赤い槍がオレグを串刺しにした瞬間、爆発四散。
 血と肉片と臓物が飛び散って兵士達の体に降り注ぐ。
 しかし皆その残酷さよりも、

「「「……!」」」

 凄まじさのほうに心を奪われていた。

(強すぎる……!)

 そしてそれを最初に言葉にしたのはサイラスであった。
 振り返ってみればあっという間であった。
 秒殺と言っていい速さ。あのオレグをだ。
 最初からシャロンをオレグにぶつけていればよかったのではないか、そんな思いを抱いてしまうほど。
 その思いに対してシャロンは口を開いた。

「ううん、それは違うわサイラス」

 首を振りながらそう言ったあと、シャロンは言葉を付け加えた。

「彼がもし無傷のままわたしのところにたどり着いていたら、どうなるかはわからなかった」

 そしてシャロンは心の声でさらに付け加えた。
 彼がぶどう弾の直撃を受けた時点で勝敗は決していたと。
 それは本心からのものであったが、

「「「……」」」

 それは謙遜しすぎだと思う者がほとんどであった。
 しかしこの時、まったく違うことを考えている者が一人いた。
 それはルイスだった。
 見ている場所も違っていた。
 ルイスは爆発した空をまだ見上げていた。
 オレグの魂が死神達に捕まり、連れ去られたからだ。
 だからルイスは友人の報告を待っていた。
 間も無く、その友人は頭上の雲から降臨した。
 ルイスは即座に尋ねた。

「どうだった?」

 友人は答えた。

「連中は犠牲者達の魂を引き連れて魔王城のほうに向かったよ。昔と同じように、せっせと魂を集めてるみたいだね」

 予想できていたその答えにルイスは「そうか」とだけ返した。
 ルイスは死神達の動きだけに注目していた。
 戦いの状況は気にしていなかった。勝敗がどうなるかはわかっていたからだ。
 だからルイスは気になっていることを友人に尋ねた。

「本体はそこにいると思うか?」

 友人は首を振った。

「でかいやつはいるけど違うと思うよ。遠くからちょっと感知しただけだけど、思考が機械的だった。あれは命令を遂行するだけの分身じゃないかな。本体はやっぱり南だと思う。そっちは守りが異常なほどに堅いからね」

 友人のその答えに対し、ルイスは一つの推測を立てた。
 もしかしたら、相手はまだ準備の段階なのかもしれないと。
 相手はとんでもなく大規模な何かをやろうとしているのかもしれない。そのために魂を集めているのかもしれない。
 ならばここだけでは無く、各地で行動を起こしている可能性がある。
 その可能性に対してやるべきことは一つだけだった。
 ルイスはそれを声に出した。

「できるだけ早くこの戦いは終わらせたほうがいいだろうな。時間をかけるほどにこちらが不利になる、そんな気がする」
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