156 / 545
第二章 アリスは不思議の国にて待つ
第十四話 奇妙な再戦(9)
しおりを挟む
そしてニコライは赤い水溜りに身をゆだねながら感じ取った。
頭の中から何かが抜け出していくのを。
この体はもうダメだ、放棄する、そんな声が響いたのを。
その声を聞きながらニコライは思った。
どうしてこうなった? と。
記憶が混乱している。欠落している。
だからはっきりと思い出せない。
それでもニコライはぼろぼろになった自身の記憶を漁った。
そして一つ思い出した。見つけた。
そうだ、こいつだ。
ニコライは遠ざかるサイラスの背を見つめながら言った。
こいつが戦場を恐怖で染め始めてから、魔王軍は変わってしまったのだ。
無事に戻ってきた者でも、恐怖を忘れられずに戦えなくなってしまった。
そんな時にやつが現れたのだ。
得体の知れぬ死神。
やつは言った。
恐怖を忘れさせてやると。それだけで無く、さらに強くしてやると。
代わりにお前の魂をもらうと。
おとぎ話にありそうな悪魔の契約そのものだった。
何をされるかも簡単に予想できた。前の魔王がやっていたのと同じような、人間性を消す類の手術をされるであろうことは明らかだった。
されどその悪魔の誘惑に負ける者がいた。恐怖に屈した心はそれほどに脆くなっていた。
弱った心に悪魔はつけこむ、まさにおとぎ話の通りだ。
しかし私は拒否した。悪魔の誘惑をはねのけた。
そうだ、私は拒否した!
なのにどうしてこうなっている?!
思い出した!
変わってしまった仲間達に無理矢理――ああ、くそ、なんてことだ!
そして私は、我が部隊は変わってしまった!
死神を排除しようと動いた者もいた。しかし遅すぎた。やつは早々にどこかに姿をくらましていた。
タチの悪い流行り病のようにこのおぞましい変化は伝染していった。今では軍隊全体に広がり始めている。
そうだ、あの人は?!
この変化を恐れて軍から逃げたものは多い。指揮官級の戦士でもだ。
しかしあの人は逃げ出そうとはしなかった。この頭の中の寄生虫のようなものを取り除こうともしてくれた。
だけど出来なかった。
それからどうなった?! わからない!
無事ならば、いや、あの人は恐ろしく強い。絶対に無事なはずだ。
既に逃げてくれただろうか? これはもう魔王軍じゃない。人間の軍隊と呼べるのかどうかすら怪しい。こんなもののために義理を立てる必要は無い。
だから、どうか――
「……」
無事で、その言葉を言い切ることかなわずに、ニコライは無念の中で力尽きた。
頭の中から何かが抜け出していくのを。
この体はもうダメだ、放棄する、そんな声が響いたのを。
その声を聞きながらニコライは思った。
どうしてこうなった? と。
記憶が混乱している。欠落している。
だからはっきりと思い出せない。
それでもニコライはぼろぼろになった自身の記憶を漁った。
そして一つ思い出した。見つけた。
そうだ、こいつだ。
ニコライは遠ざかるサイラスの背を見つめながら言った。
こいつが戦場を恐怖で染め始めてから、魔王軍は変わってしまったのだ。
無事に戻ってきた者でも、恐怖を忘れられずに戦えなくなってしまった。
そんな時にやつが現れたのだ。
得体の知れぬ死神。
やつは言った。
恐怖を忘れさせてやると。それだけで無く、さらに強くしてやると。
代わりにお前の魂をもらうと。
おとぎ話にありそうな悪魔の契約そのものだった。
何をされるかも簡単に予想できた。前の魔王がやっていたのと同じような、人間性を消す類の手術をされるであろうことは明らかだった。
されどその悪魔の誘惑に負ける者がいた。恐怖に屈した心はそれほどに脆くなっていた。
弱った心に悪魔はつけこむ、まさにおとぎ話の通りだ。
しかし私は拒否した。悪魔の誘惑をはねのけた。
そうだ、私は拒否した!
なのにどうしてこうなっている?!
思い出した!
変わってしまった仲間達に無理矢理――ああ、くそ、なんてことだ!
そして私は、我が部隊は変わってしまった!
死神を排除しようと動いた者もいた。しかし遅すぎた。やつは早々にどこかに姿をくらましていた。
タチの悪い流行り病のようにこのおぞましい変化は伝染していった。今では軍隊全体に広がり始めている。
そうだ、あの人は?!
この変化を恐れて軍から逃げたものは多い。指揮官級の戦士でもだ。
しかしあの人は逃げ出そうとはしなかった。この頭の中の寄生虫のようなものを取り除こうともしてくれた。
だけど出来なかった。
それからどうなった?! わからない!
無事ならば、いや、あの人は恐ろしく強い。絶対に無事なはずだ。
既に逃げてくれただろうか? これはもう魔王軍じゃない。人間の軍隊と呼べるのかどうかすら怪しい。こんなもののために義理を立てる必要は無い。
だから、どうか――
「……」
無事で、その言葉を言い切ることかなわずに、ニコライは無念の中で力尽きた。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです
yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~
旧タイトルに、もどしました。
日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。
まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。
劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。
日々の衣食住にも困る。
幸せ?生まれてこのかた一度もない。
ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・
目覚めると、真っ白な世界。
目の前には神々しい人。
地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・
短編→長編に変更しました。
R4.6.20 完結しました。
長らくお読みいただき、ありがとうございました。
おさがしの方は、誰でしょう?~心と髪色は、うつろいやすいのです~
ハル*
ファンタジー
今日も今日とて、社畜として生きて日付をまたいでの帰路の途中。
高校の時に両親を事故で亡くして以降、何かとお世話になっている叔母の深夜食堂に寄ろうとした俺。
いつものようにドアに手をかけて、暖簾をぐぐりかけた瞬間のこと。
足元に目を開けていられないほどの眩しい光とともに、見たことがない円形の文様が現れる。
声をあげる間もなく、ぎゅっと閉じていた目を開けば、目の前にはさっきまであった叔母さんの食堂の入り口などない。
代わりにあったのは、洞窟の入り口。
手にしていたはずの鞄もなく、近くにあった泉を覗きこむとさっきまで見知っていた自分の姿はそこになかった。
泉の近くには、一冊の本なのか日記なのかわからないものが落ちている。
降り出した雨をよけて、ひとまずこの場にたどり着いた時に目の前にあった洞窟へとそれを胸に抱えながら雨宿りをすることにした主人公・水兎(ミト)
『ようこそ、社畜さん。アナタの心と体を癒す世界へ』
表紙に書かれている文字は、日本語だ。
それを開くと見たことがない文字の羅列に戸惑い、本を閉じる。
その後、その物の背表紙側から出てきた文字表を見つつ、文字を認識していく。
時が過ぎ、日記らしきそれが淡く光り出す。
警戒しつつ開いた日記らしきそれから文字たちが浮かび上がって、光の中へ。そして、その光は自分の中へと吸い込まれていった。
急に脳内にいろんな情報が増えてきて、知恵熱のように頭が熱くなってきて。
自分には名字があったはずなのに、ここに来てからなぜか思い出せない。
そしてさっき泉で見た自分の姿は、自分が知っている姿ではなかった。
25の姿ではなく、どう見ても10代半ばにしか見えず。
熱にうなされながら、一晩を過ごし、目を覚ました目の前にはやたらとおしゃべりな猫が二本足で立っていた。
異世界転移をした水兎。
その世界で、元の世界では得られずにいた時間や人との関わりあう時間を楽しみながら、ちょいちょいやらかしつつ旅に出る…までが長いのですが、いずれ旅に出てのんびり過ごすお話です。

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜
舞桜
ファンタジー
「初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎」
突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、
手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、
だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎
神々から貰った加護とスキルで“転生チート無双“
瞳は希少なオッドアイで顔は超絶美人、でも性格は・・・
転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?
だが、死亡する原因には不可解な点が…
数々の事件が巻き起こる中、神様に貰った加護と前世での知識で乗り越えて、
神々と家族からの溺愛され前世での心の傷を癒していくハートフルなストーリー?
様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、
目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“
そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪
*神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのか?のんびりできるといいね!(希望的観測っw)
*投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい
*この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

ペットになった
アンさん
ファンタジー
ペットになってしまった『クロ』。
言葉も常識も通用しない世界。
それでも、特に不便は感じない。
あの場所に戻るくらいなら、別にどんな場所でも良かったから。
「クロ」
笑いながらオレの名前を呼ぶこの人がいる限り、オレは・・・ーーーー・・・。
※視点コロコロ
※更新ノロノロ

モブ転生とはこんなもの
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。
乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。
今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。
いったいどうしたらいいのかしら……。
現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
他サイトでも公開しています。
転生王子はダラけたい
朝比奈 和
ファンタジー
大学生の俺、一ノ瀬陽翔(いちのせ はると)が転生したのは、小さな王国グレスハートの末っ子王子、フィル・グレスハートだった。
束縛だらけだった前世、今世では好きなペットをモフモフしながら、ダラけて自由に生きるんだ!
と思ったのだが……召喚獣に精霊に鉱石に魔獣に、この世界のことを知れば知るほどトラブル発生で悪目立ち!
ぐーたら生活したいのに、全然出来ないんだけどっ!
ダラけたいのにダラけられない、フィルの物語は始まったばかり!
※2016年11月。第1巻
2017年 4月。第2巻
2017年 9月。第3巻
2017年12月。第4巻
2018年 3月。第5巻
2018年 8月。第6巻
2018年12月。第7巻
2019年 5月。第8巻
2019年10月。第9巻
2020年 6月。第10巻
2020年12月。第11巻 出版しました。
PNもエリン改め、朝比奈 和(あさひな なごむ)となります。
投稿継続中です。よろしくお願いします!
砂界で始める鍛冶錬金《アルス・マグナ》~魔法医学で獣人とドワーフを救う地下工房。大地を枯らした竜も助け、楽園作りのスローライフを目指します。
蒼空チョコ@モノカキ獣医
ファンタジー
「ついにこの時が来た。邪神が蘇るっ!」
貧しき土地、獣人領で育ったエルはその日、邪神の生贄として命を失った。
しかし彼には比類なき魔法の才能があり、死後に発動させた魔法で蘇る。
「お前の今後の処遇が決まった。獣人領はお前を国外追放とする!」
憤ってしまいそうな扱いだが、『捉 え 違 え て は い け な い』
獣人領はマナが荒れ狂い、人が住むには適さない土地だった。それを人の住める環境にする儀式こそ、邪神の復活。
しかし、そうして土地が豊かになると神造遺物《天の聖杯》から力を授かった人間領の“勇者”が略奪と人さらいを繰り返し、戦争となる。
だからこそ、獣人領の人々はエルを従者テアと共に逃がしてくれたのだった。
エルは邪神から餞別に《時の権能》を授かり、砂界と呼ばれる乾燥地帯である目標を胸に第二の人生を始める。
「ここは獣人領のすぐ隣。《時の権能》を使いこなして、もしここを楽園にできたらみんなを迎えられる。それってすごく楽しい第二の人生だと思わない?」
そんな願いのもとに彼はドワーフの地下集落に工房を構える。
そして魔道具を作り、珪肺や重金属汚染など鉱山病を患うドワーフを手始めに救い始めた。
「油断しまくりの勇者をぶちのめしてさぁ、あの竜も解放してさぁ。砂界の緑化までできたら最高だよね」
根本的な問題も解決しなくてはいけない。
そのためにエルはこの砂界が枯れ果てた原因となった二頭の竜を救い従えることを目標とする。
数多の国を侵略する勇者を倒し、乾燥した大地を楽園として獣人を救う。そんな願いを丸ごと叶える『大いなる術』をここに始める。
略奪者だった勇者をぶちのめし、獣人たちが幸せを取り戻す! ときどき魔法医療のスローライフ物語。

異世界でのんびり暮らしたい!?
日向墨虎
ファンタジー
前世は孫もいるおばちゃんが剣と魔法の異世界に転生した。しかも男の子。侯爵家の三男として成長していく。家族や周りの人たちが大好きでとても大切に思っている。家族も彼を溺愛している。なんにでも興味を持ち、改造したり創造したり、貴族社会の陰謀や事件に巻き込まれたりとやたらと忙しい。学校で仲間ができたり、冒険したりと本人はゆっくり暮らしたいのに・・・無理なのかなぁ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる