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第二章 アリスは不思議の国にて待つ

第十四話 奇妙な再戦(8)

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   ◆◆◆

 一方、サイラスはオレグを追っていた。
 だがその距離は縮まらなくなっていた。
 邪魔されるからだ。

「疾ィッヤ!」

 目の前に立ちふさがった魔の戦士を『光る突進突き』で貫く。
 すぐさま剣を引き抜きながら体を捻り、左から襲い掛かってきた別の魔の戦士を『光る剣で』なぎ払う。
 サイラスは光魔法の使い手に覚醒していた。
 今回、号令を発動したのはデュランでは無く、サイラスであった。
 これがもう一人の自分が夢の中で言っていた改良点の一つ。
 しかしこれ以外の改良点については知らされていない。
「その時が来たら教える」と、もう一人の自分は言った。
 その時はまだ来ない。

「せぇやっ!」

 背後から襲ってきた魔の戦士の首を回転斬りで切り飛ばす。
 息つく暇も無い。
 これだけ激しい乱戦の中に身を置いているのに、まだその時では無いようだ。
 サイラスはそのもどかしさを感じながら、光る剣を振り続けた。
 しかし倒しても倒してもきりが無い。
 倒した直後に次の戦士が目の前に割り込んでくる。
 自分一人では厳しい? オレグを止められない? そんな思考が脳裏によぎった直後、その者はサイラスの眼前に現れた。
 こいつはあの時の、サイラスが記憶をたどった瞬間、

「「破ッ!」」

 その者が繰り出した光る爪とサイラスの光る剣はぶつかりあった。
 衝突点から同じ色の粒子が散り、二人の思考が交錯する。
 この手ごたえ、こちらが打ち勝った、サイラスのその思考が響いた瞬間、二人は同時に動いた。
 サイラスが踏み込みながら長剣を突き出し、男が後方に地を蹴る。
 伸びるようなその突きは男の胸をとらえるかと思えたが、

「チッ!」

 横から奇襲されるのを感じ取ったサイラスは攻撃の手を止め、後方に地を蹴った。
 直後に光弾がサイラスの眼前を通り過ぎる。
 そして距離を取り直したサイラスは構えを整えながら改めてその相手を見た。

(この男、たしか名は――)

 ニコライ。サイラスはその名を彼の名乗りのシーンと共に思い出した。
 戦いの名誉を重んじる男だった、そう記憶している。
 だが、今のこの男からはそんな印象を受けない。感じ取れない。
 この男に何があった?
 そんな疑問をサイラスが抱いた直後にニコライは再び仕掛けてきた。
 貫手の形で放たれたニコライの爪とサイラスの斬撃が交錯する。
 このぶつかり合いは五分。
 しかし状況的にはサイラスが不利であった。
 味方が押されている。この場は敵の密度が濃い。
 ゆえにサイラスはニコライから距離を取るように地を蹴った。
 ニコライに対して隙を見せないようにしながら、横から襲い掛かってきた別の敵を切り伏せる。
 そしてサイラスはニコライに対して向き直りながら思った。
 こいつも他の連中と同じだと。
 サイラスは先のぶつかり合いで感じ取れたものがあった。
 それはニコライの思考。サイラスへの評価。
 光魔法を使えるようになっただけで無く、体内での魔力制御技術も飛躍的に向上している。対象の戦闘評価をさらに上書きする必要がある、そんな思考。
 淡々としており、機械的。
 こいつも不気味なくらいに他の連中と同じだ、サイラスがそう思った瞬間、

「!」

 サイラスの背中に悪寒が走った。
 ニコライが何かの合図を出したのだ。
 何をするつもりだ、そのイメージは既にニコライの心に映し出されていた。
 それは多人数連携。あの時自分を苦しめたあの技。
 あの時は見せ付けるようにニコライはその技の名を響かせたが、今回は淡々と始まった。
 ニコライと同時に数人の戦士が地を蹴る。
 正面から三人、左右斜め後ろから一人ずつ。
 奇襲を含めた合計五人の突進連携。
 交差点で受ければ即死!
 ゆえにサイラスもまたほぼ同時に地を蹴っていた。
 右斜め後ろに跳び下がりながらの回転斬りで一人目の胴を薙ぐ(なぐ)。
 即座に刃を切り返しながら踏み込み、左斜め後ろから迫っていた二人目を斬る。
 この時点で残りの三人は真横。
 距離を取るように地を蹴って時間を稼ぎながら、サイラスは構えを変えた。
 刃を地に水平に保ちながら、剣を握る右手を胸元に引き絞る。
 腰を捻り、力をためながら握り手を顔の真横に。
 刃を目の高さに合わせながら、狙いを定める。
 直後に双方の距離は詰まった。
 三人の爪が濁流のように組み合わさって繰り出される。
 その迫る爪に対し、

「雄ォッ!」

 サイラスは気勢と共に全身にためた力を解き放った。
 その気勢にはサイラス以外の声も混じっていた。
 この戦場で集めた死者達の声。
 サイラスに改造された者達の怨嗟の声。
 その声を刃に乗せて、サイラスは突きを放った。
 閃光のような突きが爪を穿ち、払う。
 その一撃は光魔法の輝きゆえにまさしく白き閃光のようであったが、感知能力者には違う色に見えていた。
 それはまるで黒い刃。
 心に黒い針を突き刺すかのような突き、仲間からはそう評されていた。
 その黒を切り裂かんと白い爪が振るわれる。
 その白を塗りつぶそうとするかのように黒い直線が奔る(はしる)。
 嵐のような白の中に黒い直線が幾重にも折り重なる。
 その二色のぶつかり合いは互角に見えたが、

「雄雄雄ォッ!」

 サイラスの気勢の高まりと共に天秤は大きく傾いた。
 黒い筆先が加速し、白を圧倒し始める。
 剣閃の音が繋がって一つの長い音に聞こえるほどの加速。
 そして白が目立たなくなると同時に新たな色が、鮮血が加わった。
 間も無く白い筆は動かなくなり、同時にサイラスも手を止めた。
 そして残ったのは穴だらけになった戦士の体から流れ出る赤色だけ。
 サイラスはその鮮やかな色を一瞥した後、構えを整えながら思った。
 本当に変わったな、と。
 その赤色の中にニコライの体は無かった。
 サイラスは三人まとめて圧倒するつもりだった。
 しかしニコライは二人を盾にしてやりすごしたのだ。
 記憶が確かならば、この男はそんなことをする輩では無かったはず。
 そして直後にサイラスはニコライの思考を感じ取った。

「負傷無し。自身の連携能力に依然変化無し」

 まるで強い者が弱い者を盾にすることが当たり前のような思考。
 そしてニコライは淡々とした思考を続けて響かせた。

「人数を増やし、連携の形を変えて再度仕掛ける」と。

 同時に合図が出されたこともサイラスは感じ取った。
 これにサイラスは苛立ちを覚えた。
 手ごわいとは感じないが、時間を稼がれるのが厄介だ。
 オレグとの距離が開いてしまう。
 次でケリをつけたい。そのためにサイラスは叫んだ。

「二人共、手を貸してくれ!」

 直後、

「「応!」」

 サイラスの後方から二人の気勢と、肉を断つ音が二つ同時に響いた。
 一つは真っ二つにしたかのような豪快な音。
 もう一つは斬撃の中に肉を焼く音が混じっていた。
 音の主はやはりデュランとナンティ。
 そして倒された二人は次の連携に加わる予定の者達であった。
 後方の安全を確保したサイラスは跳び下がって二人と合流。
 宣言通り、迫るニコライの連携の形は先とは違っていた。
 二列の形。前に二人、後ろにニコライを中心とした三人。
 これに、

「サイラス!」

 デュランが声を上げた。
 この連携は危険だ、と。
 その理由をデュランは心の声で響かせた。

(前の二人は特攻だ!)と。

 命を投げ捨ててこちらに組み付いてくる、特攻拘束。
 これをサイラスは理解していた。
 そしてサイラスは既に手を打っていることを答えた。

(だから『そこの二人』にも手を貸してもらった)と。

 いや、手というよりは体だな。などと冗談じみた訂正をしたのと同時に、その二人は立ち上がった。
 赤い水溜りの中で寝ていた二人。
 穴だらけにした時に、サイラスは仕込んでいたのだ。
 こいつらに恐怖は効かないが、人形には出来る。
 そして相手が人数を増やして来ることもわかっていた。そのための頭数。
 しかし乗っ取ったばかりなので繊細な動作はできない。
 だが、うってつけの仕事があった。
 それは、

(二人を止めろ!)

 同じ特攻拘束。

「「ぐおああぁ!」」

 二つの人形が苦悶の雄たけびと共に飛びかかる。
 そして死体と戦士はぶつかり合い、もつれあった。
 直後、

「ずぇりゃっ!」

 デュランが豪快に一閃。もつれた四体を一刀両断。
 舞い散った血しぶきを浴びにいくかのようにサイラスが踏み込み、

「りゃりゃりゃあああっ!」

 気勢を繋げながら突きを連打。
 嵐のようなニコライ達の白い爪と黒い直線が再びぶつかり合う。
 しかしこのぶつかり合いの拮抗は瞬く間に崩れた。
 サイラスの横から回り込んだナンティが左の戦士を撫で斬ったからだ。
 直後に右の戦士が穴だらけになる。
 そしてニコライが不利を悟った瞬間、その身に影が差した。
 見上げると、そこには太陽を遮るように跳躍したデュランの姿があった。
 サイラスの背中を踏み台にして飛んだと思える高さ。
 その高さから、大きく振り上げた大剣を豪快に振り下ろそうとしている、そう見えた。
 だからニコライは後方に跳び下がろうとしたが、

「っ!」

 地を蹴ろうとした直前、その行為は両足に走った痛みと共に止められた。
 ニコライの両足は紫電に包まれていた。
 サイラスが放った電撃魔法の糸が両足に絡み付いていた。
 されど、この状況でもニコライの思考は機械的であった。
 無傷での離脱は不可能であると判断したニコライは、普通は選べない選択肢を迷わず選んだ。
 振り下ろされる無骨な刃に向かって左腕を振り上げる。
 光る爪が一方的に打ち砕かれ、その手のひらに刃が食い込む。
 手から鮮血が噴出し、その腕が縦に切り裂かれ始める。
 これでいい、ニコライは予定通りにその感触に身をゆだねた。
 刃と腕のぶつかり合いの反動を利用して上半身をひねる。
 両足が自然とその動きに追従し、刃に押しつぶされることなく体がその軌道から離れる。
 そのまま勢いを利用して斜め後ろへの後転動作を開始。
 回転の力で糸を引きちぎりながら距離を取る。
 そうしてニコライは腕一本と引き換えにデュランの一撃を避けた。
 だが、サイラス達の連携はまだ終わっていなかった。
 サイラスとナンティの二人がデュランの左右を通り抜けて迫ってきている。
 後転が終わると同時に追撃される。離脱は間に合わない。
 だからニコライはまたも機械的に思考を切り替えた。
 ならば残った右腕で相討ちを狙う、と。
 ニコライは即座にその右爪を輝かせたが、

「!」

 銃声と共にその姿勢はさらに崩れた。
 フレディの狙撃であった。
 胸に穴が開き、よろめく。
 そこへ、

「「破ッ!」」

 サイラスとナンティの気勢が響き、三人は一つの点になるかのように交錯した。
 地上に大きな×字を描くように、二本の剣閃が奔る。
 そして中心点にいたニコライはその身から派手に赤色を噴出した。
 胴を瞬時に二度連続でなで斬りにされたゆえに、その身はコマのように回っていた。
 まるで悪趣味なおもちゃのように、回転しながら鮮血を周囲にばらまく。
 三回転ほどしたところで、その身は糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
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