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第二章 アリスは不思議の国にて待つ

第十四話 奇妙な再戦(4)

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   ◆◆◆

 一方、後方にいるルイスは違う部分に注目していた。
 それはサイラス達が抱いた違和感についてだった。
 ルイスは感じていた。

(……『アレ』に似ている)、と。

 ルイスはサイラスが言葉にしなかった違和感の正体をより正確に掴んでいた。
 脳波に乱れが無いのだ。
 これだけの人間が集まっているのだから、普通は様々な思考や感情が交錯する。
 しかしこいつらにはそれが無いのだ。
 あの時のサイラス達ですら、命を散らす直前などでは様々な感情が交錯していた。
 仲間のためとはいえ、この世の未練の一切を捨てきった者などなかなかいない。
 だが、こいつらは違う。
 死に対してすら一切の感情を発しない。
 響くのは、勝利のためにという思いだけ。
 ほぼ全員がそんな心になっている。
 光魔法を利用した号令ではこうはならない。あれは特定の感情などを全体に強く共感させるだけだ。ひどく興奮するなど、精神状態が変わるだけだ。他の感情を捨てるものでは無い。
 こいつらも共感を利用しているのは間違い無い。しかしこいつらはそれだけでは無い。
 おそらく、こいつらは、

(全員、脳を改造しているな)

 その可能性が高い、ルイスはそう思っていた。
 虫を使えるレベルの感知能力者においては、それ自体は珍しいことでは無い。
 シャロン達が倒したかつての魔王はそうだった。兵士達の脳を改造して使っていた。戦いにおいて不要な記憶や恐怖を消すという改造をしていた。

(しかし――)

 しかし、今の魔王であるキーラはこんな手を使う人間では無いと思っていた。
 情報では、キーラは善人だと聞いている。個人の心を尊重する人間だと聞いている。
 別の誰かが勝手にやったことかもしれない。そっちのほうが可能性が高いと自分は思い込んでいる。キーラに対しての評価の情報が間違っている可能性はあるが。
 いくら考えてもこれについては推測にしかならない。
 そしてなにより、

(……やはり『アレ』に似ている)

 ある一つの古い記憶がルイスの心を乱していた。
 が、

(……まさか、な)

 たまたま似ているだけだろう、ルイスはそう思い込むことにした。

   ◆◆◆

 そして間も無く、オレグはそれを感じ取った。
 敵軍のある地点から強大な波が放たれたのを。
 後光が溢れるように、光の輪が広がったのを。
 その波が兵士達の脳に共振し、伝染するように広がっていくのを。
 相手が何をしたのか、オレグは分かっていた。
 しかしオレグが抱いた感情は安堵。
 なぜなら、

(良かった。そこにいるのか)

 索敵し続ける必要が無くなったからだ。
 虫を使わずともわかるほどにわかりやすい。
 おかげで脳への負荷が減らせる。
 あとはそこに走るだけだ。
 そんなわずかな心の余裕が生まれたゆえに、オレグは気付けた。
 大きな存在が遠方から近づいてきていることに。

(……『やつ』では無いな)

 それが知り合いでは無いことをオレグは感じ取った。
 やつの知り合いか何かだろうか?
 それとも、ここに腹を満たしに来ただけの、ただの太った死神か?

(……)

 今はどうでもいい、そう思ったオレグは思考を中断しようとした。
 が、直後に目の前で起きたある光景に、その思考は再開された。
 自分の盾になって仲間達がまた倒れた。
 こんなことを自分は命令していない。
 だが、今の作戦は「最大戦力である自分を敵総大将にぶつける」、そうなっている。周りの兵士達の脳波からそれがわかる。
 そんな作戦は立てていない。しかし全体に共有されている。
 最初は「有利な接近戦に持ち込むために突撃する」、それだけだった。
 だが、いつの間にか作戦が変わり、それが全体に共有された。
 今の仲間達の脳は『そうなっている』。
『やつ』がそうした。
 相手との戦力差に応じて作戦を変更する、今の仲間達の頭脳はみんなそうなっている。
 勝利のために個人個人が最適な行動を取る、そうなっている。
 ここを突破されたら市街地と魔王城は目の前だ。ここが最後の防衛線。

(だから、そのために、)

 シャロンを倒してこの場をしのぐ、オレグはそう結論付けて足を前に出し続けた。
 シャロンを倒してもまた復活する、一時しのぎにしかならない、時間稼ぎにすらならないかもしれない、そんな思考をねじ伏せてオレグは走り続けた。
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