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第二章 アリスは不思議の国にて待つ

第十四話 奇妙な再戦(3)

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 その激しい銃撃に魔王軍の戦士達は次々と倒れていった。

「……」

 ルイスはその様子を黙って見ていた。
 しかし今回はその顔に満足の色は無かった。
 魔王軍の勢いがまったく衰えていないからだ。
 ゆえに、

「……」

 今回はシャロンも退屈そうな顔はしていなかった。
 衰えるどころか、魔王軍は少しずつ加速している。
 だからシャロンは声を上げた。

「全隊、後退射撃!」

 既に最前列の中央は引き撃ちを始めているが、シャロンは「走れ」という思いを込めてその声を響かせた。
 間も無くその思いは全体に伝わり、後退を開始。
 しかし相手のほうがはるかに速い。
 だからシャロンは続けて声を上げた。

「左右の部隊は前進! 敵軍を挟み込め!」

 敵の部隊は三角の形。
 ゆえに中央は突出しやすい。
 最前を走っているのは総大将であるオレグ。
 彼が部隊を牽引している。勢いづかせている。
 その牽引は速すぎるほど。全体が細長くなり始めている。
 伸び始めたその部隊を挟み撃ちにするために、シャロン軍の両翼は前に出た。
 そして明らかに突出しすぎている中央への制裁は間も無く始まった。
 オレグを狙い撃ちにするかのように、大砲がぶどう弾を一斉に発射。
 ×字を描くような交差射撃。
 それにさらに正面にいる兵士の銃撃が加わる。
 常人には即死確定としか思えない攻撃。
 しかしそれでも、優秀な感知能力者であれば回避できる、弾丸の隙間を縫うことができると思うだろうか?
 まず、銃撃も砲撃も音速を少し超えている。この時点で音波は役に立たない。
 使える情報は相手の脳波と己の目だけ。
 だからオレグは敵の攻撃意識の方向を読み、射撃の密度が薄そうな方向に向かって回避行動を取っていた。
 しかしオレグにできたのはそれだけ。
 問題はぶどう弾であった。
 砲撃主の心を読んでも大した意味が無いのだ。弾がどのように散らばるのかを知らないからだ。
 だからオレグは目に頼った。
 脳をフル回転させ、世界が緩慢に感じられるほどの状態でそれを見つめた。
 しかしその行為に大した意味は無かった。
 やはり弾が速すぎた。
 自分に直撃する軌道の弾だけを絞り込めた時点で既に目の前。
 音速を超えている散弾の雨が目の前、だ。
 その時点で回避行動に大した意味が無いことをオレグは理解した。高速演算ゆえに理解できてしまった。
 今から回避行動のために筋肉に命令を送ってもどれほども動けない、それがわかってしまうのだ。
 ゆえにオレグにできたことは、盾に「守ってくれ」と祈ることだけであった。
 シャロンはより速い高速演算でそんなオレグに注目していた。
 だからシャロンもその思いに共感していた。
 わたしでもその状況はどうにもならない、祈ることしかできない、それが理解できたからであった。
 そしてぶどう弾はオレグに直撃した。
 緩慢な時間の中でオレグはその音を聞いた。
 盾が割れる音。
 死の到来を告げるかのようなその音の直後、オレグの体に痛みが走った。
 鎧がひしゃげる音の中に骨が砕ける音が混じる。
 左肩が砕け、右わき腹がえぐられる。
 その痛みで、オレグはもう一つ音が混じっていることに気付いた。

「ぐおぉぉっ!」

 それが自分の悲鳴であることを理解するのにオレグは数瞬の時間を要した。自分が叫んでいることに気付いていなかった。
 その悲鳴と共に視界が揺れ、浮遊感に包まれ始める。
 後ろに吹き飛んで受身も取れずに倒れる、高速計算のおかげでそれが瞬時にわかってしまった。
 しかしその計算結果は直後に別の者のある行動によって書き換えられた。
 一人の戦士が真後ろに駆け寄っていた。
 戦士は吹き飛んできたオレグの体を受け止め、倒れぬための支えとなった。
 そして吹き飛んだオレグと入れ替わるように、六人の戦士が真横を駆け抜けて前に飛び出した。
 くしゃくしゃになったオレグの盾の代わりをするかのように、前に立ち並ぶ。
 次の瞬間に、彼らはその代わりの仕事を果たした。
 金属音と共に赤い花が舞い散る。
 一人が人の形を失い、二人が蜂の巣になり、三人がその場に崩れ、オレグを守る壁が崩壊する。
 されど直後に、追いついてきた新たな戦士達が崩れた三人を守るように前に飛び出した。
 崩れた三人も、かつて盾だった残骸を握り締めたまま、立ち上がろうとしている。
 そしてオレグは気付いた。
 自分の体が勝手に前に進んでいるのを。
 支えてくれている戦士が押してくれているのを。
 そして感じ取った。
 速く、前へ、という戦士の心の声を。
 その声を発しているのは支えているその者だけでは無かった。
 次々と横を駆け抜けていく戦士達もみな同じ心の声を響かせている。
 だからオレグは思った。
 自分も走らなくては、と。
 その思いに抵抗するかのように体は痛みに包まれている。
 左肩は完全に砕けている。
 右わき腹は見るも無惨。赤くぐちゃぐちゃになっている。
 内臓が破裂しているだけでなく、ひしゃげて割れた鎧の金属板が深々と突き刺さっている。
 服と鎧のおかげで内臓がこぼれてない、そうわかるほどの傷。
 しかし両足はまだ生きている。
 ならば、と、オレグは応えた。
 速く、前へ、と。

   ◆◆◆

「……!」

 その凄まじい前進を目の当たりにしてようやく、サイラスはなつかしさの原因に気付いていた。
 あの時の自分達と同じなのだ。
 魔王を倒し、魔王城を占拠したばかりの自分達が包囲奇襲を受けたあの時と。
 あの時の我々もあのように走っていた。
 お互いをかばい合いながら走っていた。
 あの時の我々は逃げるためにそうした。
 こいつらは逆だ。攻めるためにそうしている。
 我々を倒すために、こいつらはあの時の自分達のマネをしているのだ。
 サイラスはそう思った。
 が、

(いや、)

 何か違う、サイラスは直後に己の思考を改めた。
 真似しているのは間違い無いだろうが、こいつらはそれだけでは無い。さらに何かをしている。
 そう思う理由の根拠までサイラスは気付いていた。
 だが、サイラスはそれを心の声にすることは出来なかった。
 なぜなら、

「サイラス!」

 後ろから響いたシャロンの声に思考が中断されたからだ。
 そしてサイラスが振り返ると同時にシャロンは声を上げた。

「このまま接近戦になったらマズい!」

 ならばどうすればいいのか、それがわかっていたゆえにサイラスは用件を尋ねることはしなかった。
 間も無く、彼女はそれを言った。

「だからこっちも同じもので対抗する!」

 言いながら、シャロンは針のような剣を抜いて発光させた。
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