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第二章 アリスは不思議の国にて待つ

第十四話 奇妙な再戦(2)

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   ◆◆◆

 シャロン軍は使える物資を略奪したのち、再び進撃を開始した。
 この時、魔王軍にとって良いことと悪いことがあった。
 良い事はシャロン軍の進軍が遅いこと。
 ムカデのような台座に車輪がついているが、家畜と人力による輸送ではどうしても遅くなる。
 悪いことは道路を整備していたこと。
 大砲などの重量物を前線に早く展開するために、魔王軍も道路や橋の工事を積極的に行っていた。それが仇となっていた。
 機動力のある魔法使いが主力であった以前の魔王軍には、そんな大きな道路など必要では無かった。武装と兵站の仕様がシャロン軍と同じになるように真似したことで、敵も利用できてしまうという弱点を背負ってしまったのだ。
 そして魔王軍は最大の軍事生産拠点が首都、すなわち魔王城の城下街であった。
 魔王軍はその城下街から枝を伸ばすように道路を展開してしまっていた。
 すなわち、要塞から魔王城に直通する快適な大通りが存在するのだ。
 シャロン軍はその道路を堂々と使わせてもらっていた。
 この道路の情報をルイスは事前に斥候を使って調べさせていた。大型大砲の最大の弱点は、輸送が困難であることだからだ。
 しかし快適な道路を利用してもやはりその進軍は遅かった。
 ゆえに魔王軍は迎撃の準備をする時間があった。
 そしてシャロン達が進路上にある軍事拠点をさらに二つ潰したところで、その準備は整った。
 場は遮蔽の無い平原。
 両軍はそこで再び相対することになった。
 破竹の如きシャロン軍を食い止めるために立ちふさがった相手、それはオレグであった。

   ◆◆◆

 両軍は陣形を整え、少しずつ歩み寄って距離を詰めていった。
 双方の陣形は異なっていた。
 シャロン軍の形は先とほとんど同じであった。大型大砲を守るように前に二列の部隊を並べた形。
 奇襲も想定して、大型大砲の左右と背後にも部隊が配置されている。
 前回と違うのは、最前列にも大砲が並べられていることだ。
 そして総大将であるシャロンは、最も安全である大型大砲の前でルイスと共に並び立っていた。
 対し、オレグが率いる軍の形はわかりやすいものであった。
 矢印をシャロンに向けたかのような三角の陣形。
 明らかに突撃による一点突破を狙った形。
 双方はその形を維持したまま、距離を縮めていった。
 そして双方の兵士達は理解していた。
 通常大砲の射程に入った瞬間、両軍は同時に突撃を開始する、双方の兵士達はその未来が見えていた。
『シャロン軍の兵士達の歩みには』その緊張が現れていた。
 大型大砲は沈黙している。ある理由からこのような対人戦では使用しない。
 そして歩兵はこの大型大砲を守るために配置されている。
 それが通知されていたがゆえに、シャロン軍の兵士達の歩みには緊張が現れていた。
 一方、魔王軍は違っていた。
 軍隊の見本のような、規律正しい歩み。
 機械的で気味が悪いほど。
 その機械的な動きと共に、その手にある大盾も機械的に上下に揺れていた。
 魔王軍の戦士達はみな大盾を装備していた。
 そして総大将であるオレグはシャロンとは対照的な位置に、最前の中央にいた。
 彼の今回の装備は大盾だけでは無かった。
 魔王軍では珍しい装備。全身鎧。
 しかも普通の鎧では無かった。
 明らかに厚みが違う。
 常人が着れる代物では無いことは遠目からでも明らか。『熊』の名を体現するオレグならではの専用鎧。
 巨大な鎧が歩いている、遠目にはそう見えた。
 ゆえにますます機械的な印象を受ける。
 しかしそれ以外の印象を受けている者もいた。
 二列目の中央の部隊に配置されていたその者は思わず口を開いた。

「サイラス様、こいつら、なにか……」

 それはフレディ。
 なにかおかしい、それを感じ取ったフレディは答えを求めるように、隣にいるサイラスに視線を向けた。
 同じ印象を感じ取っていたデュランとナンティも同じ視線を向けていた。
 サイラスはそれらの視線に答えた。

「ああ、確かに。なにかおかしい……だが――」

 同時になつかしさも感じる、根拠を言葉に出来ないその思いを、サイラスは口にせず飲み込んだ。
 サイラスはその感覚の原因を探したが、

「砲撃開始!」

 それが見つかる前に戦いが始まってしまった。
 最前列の大砲が火を吹いたのと同時に魔王軍は一斉に走り始めた。
 大砲の軌道は緩やかな放物線。
 魔王軍の隊列に次々と着弾。
 確実に命中している。しかし悲鳴は上がらない。響くのは金属音と肉が潰れる音だけ。
 魔王軍の勢いは止まらない。みるみる距離が詰まる。
 しかしシャロン軍には対策があった。
 砲兵の指揮官は直後にその声を上げた。

「弾を変えて水平射撃!」

 その指示が来ることを分かっていた砲兵達は迅速にその指示に反応し、そしてそれは間も無く発射された。
 それは「ぶどう弾」。
 要は散弾である。こぶしほどの大きさの弾丸を多数同時に一斉発射する砲撃。
 見てから避けられる攻撃では無い。
 だが、これだけが原因でオレグ達の過去の奇襲は失敗したわけでは無かった。
 原因はもう一つあった。
 それは新型の銃。
 最前列で大砲と共に並んでいる兵士達はそれを既に構えていた。
 新型には見た目に特徴的な部品があった。
 銃身後部からレバーのようなものが右上に伸び生えているのだ。
 兵士達はその奇妙な新型銃を一斉に発射した。
 銃撃が連なって戦場に響く。
 それだけではこれまでの銃と大差無いように見える。
 だが、違いは直後に明らかになった。
 兵士は銃身後端部にあるそのレバーに手をかけ、左に捻りながら引いた。
 すると、その引く動作と連動してカバーが下に開いた。
 それは弾丸の挿入口であり、そこは銃身の底の部分であった。
 これまでの火縄銃のような、装填を銃身の先端から行う前装式とは異なる、手元から装填する構造。
 それは我々の世界でいうところの「ボルトアクション式」と呼ばれる構造であった。
 さらに直後に兵士が取り出した弾もこれまでのものとは違っていた。
 まるで短い紙巻タバコのよう。
 中には弾丸と火薬、そしてもう一つあるものが包まれている。
 兵士達はその紙製の薬莢を装填し、レバーを戻してカバーを閉めた。
 引き金に指をかけ、狙いをさだめる。
 そして引き金を引いた瞬間、その銃において最も特徴的な部品が駆動した。
 それは鋭い釘。
 レバーを戻す動作で内部のバネが引き絞られており、引き金を引くことでその力が開放され、鋭い釘を前方に押し出す仕掛けになっているのだ。
 そして押し出された釘は紙製薬莢に後ろから突き刺さる。
 しかしそれだけでは点火しない。
 ゆえにその紙製薬莢にはあるものが含まれていた。
 それは雷汞(らいこう)。
 以前、進路を阻まれたルイスの部下が、障害物を除去するために使ったものだ。
 それが持つある特徴に、ルイスはひらめきを得ていた。
 雷汞、いわゆる雷酸水銀は衝撃で起爆する。その起爆力を点火薬に使えないかと思ったのだ。
 実験は成功した。ルイスはすぐに雷酸水銀の量産を開始させた。
 材料は水銀と濃硝酸とエタノール。
 エタノールの調達は簡単だった。純度の高い酒の存在とその作り方をもう知っていたからだ。
 水銀は既に医療目的で使われており、硝酸も鉱石から目的の金属を取り出す冶金(やきん)用途ですでに使われていたので、入手はそれほど難しくなかった。
 だが、どうしても量産が間に合わないものがあった。
 それは金属製の薬莢。
 ルイスは最初、細長い弾丸と薬莢を一つに合体させたものを兵士達に配るつもりであった。
 しかし決戦の日程には間に合わなかった。なのでやむを得ず、ルイスは紙で代用した。
 これは予想外に上手くいった。連射しても紙づまりを起こすことも無かった。
 紙なので梱包に融通が利くため、弾頭は既に流通していた丸い弾丸を使うことができた。あまり物を使いまわすことが出来たのである。これも嬉しい予想外であった。
 紙製薬莢の内部にある雷汞に釘の先端が突き刺さり起爆、そして発射される仕組み。
 装填もレバーを引いて弾薬を入れて戻すだけ。
 これまでの銃と比べると圧倒的に動作量が少ない。
 先端に手を伸ばす必要が無いため、どんな姿勢でも射撃できる。
 ゆえに、最前列の兵士達は地面に伏せていた。
 二列目の兵士がしゃがみの姿勢で撃ち、三列目の兵士は立ったまま狙う。
 この三列の形と新型の銃、この組み合わせで繰り出される銃撃は、これまでのものとは比較にならない連射となっていた。
 まさに銃撃の嵐。
 銃声に切れ目がまったく無い。一つの轟音が長く響き続けている、そう聞こえるほど。
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