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第二章 アリスは不思議の国にて待つ

第十三話 女王再臨(11)

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   ◆◆◆

 夜――

「……」

 サイラスは寝具の上で考え事をしていた。
 サイラスは悩んでいた。
 数日後にシャロンを復活させることになったからだ。
 以前の自分なら何とも思わなかったが、今は違う。彼女の秘密をいろいろ知ってしまったからだ。
 だから悩んでいる。彼女とどう接すればいいかわからないのだ。
 ルイスから心を隠す技術は教えられた。隠したい記憶領域の経路を切断しておくなどのやり方だ。
 思い出さなければ脳波は出ない。虫に近距離から走査されない限り読み取られる心配は無い。
 だが、彼女に対して隠し事をすることに後ろめたさのようなものを感じている。
 はっきりと自覚している。自分は彼女の境遇に同情心のようなものを抱いている。
 しかし彼女からすれば大きなお世話かもしれない。
 彼女は今の境遇に納得している。そのように作られているからだ。
 秘密を教えても彼女は困るだけかもしれない。
 だがそれでは、ずっとこの感情を抱えたまま彼女と接し続けることになる。
 なんとかしてこの感情を消したい。
 だから、

(秘密は話さずに、この感情を解消する方法は無いか――?)

 寝具の中でサイラスは都合の良い解決策を探した。
 そしてそんなことを考えているうちにようやく、睡魔が襲ってきてくれた。

「……」

 サイラスはその感覚に抗うことはしなかったが、思考は止めなかった。
 だが眠い頭ではちゃんとした考え事などできない。
 ゆえに、

(とりあえず秘密は隠したまま、遠まわしに聞いてみるか……)

 思考は至極普通なところに着地した。
 しかしそれで満足したサイラスはまどろみに身をゆだね、意識を闇の中に沈めた。

   ◆◆◆

 そしてその日は訪れた。
 場所はある屋敷の広間。
 その広間に大勢の人達が集められていた。
 すべて関係者だ。
 彼女の秘密を知っている人間であり、すなわち王族とそれに近しい者達。
 その者達はみな家族や知り合いで固まり、それぞれ同じテーブルを囲んでいた。
 テーブルの上には食事と飲み物が並んでいる。
 まるでこれから宴会でも開かれるかのよう。
 それは間違いでは無かった。
 彼らは祝い事の宴会をするつもりで集まっていた。
 そして間も無く、その祝い事の主役が彼らの前に姿を現した。
 十代後半に見える女性。
 それが生まれ変わった新しいシャロンの姿であった。
 その見た目に一人の男が「若いな」という普通の感想を漏らし、ある女性は「うらやましい」という個人的な感想を漏らした。
 前とはまったく違うその風貌に会場がどよめく。
 そのどよめきには、これから行われるシャロンの自己紹介に対しての期待感も含まれていた。
 見た目に対して「元気がありそうでいい」や「若すぎて少し頼りない」など好き勝手な感想を言いながら、古参の関係者たちは前回の自己紹介を思い出していた。
 今回は何を言ってくれるのか、それを期待しながらその口が開くのを待っていた。
 だが最初に動いたのは唇では無かった。
 最初に動いたのは右腕。
 その右手から蜘蛛のように電撃魔法の糸が垂れ流される。

「……!」

 いったい何を、そんなどよめきの声に会場が支配される。
 しかしシャロンは答えず、かわりに指を動かした。
 まるで編み物をするかのように。
 それはまさにその通りだった。
 多数伸びた糸はうごめき、からみ合い、そして一つの形を編み上げた。
 それは狼。
 魔王が見せたものと同じ魔法のぬいぐるみ。同じ技。
 シャロンはその手作りの獣を観客席にむかって放った。

「うゎっ!」

 眼前まで迫られた観客の一人が驚きの声を上げる。
 直後に狼は方向転換。
 まるではしゃぐ犬のように、観客席の中を駆け回る。

「きゃあっ!」「っ!」「おいおい?!」

 足をなでられ、頭上を飛び越えられた観客達のかわいい悲鳴が会場に次々と響く。
 そして場を荒らしまわった狼は満足したかのように、中央のテーブルの上に座った。
 終わった? 観客達がそんな思いを抱いた直後、その期待は裏切られた。
 狼が赤く光りだしたのだ。
 まさか、そう思った直後にそれは現実になった。
 遠吠えするように背をそらした狼が鼻先から燃え始めたのだ。
 危ない、そんな声をある一人が上げようとした直後、さらに驚くべきことが起きた。
 狼が真上に飛び上がり、空中で「ぱん」という控えめな音と共に爆発したのだ。
 糸で出来たその身が粉々になり、火の粉が飛び散る。
 しかしまだ終わりでは無かった。
 爆ぜた狼の体の中から、鳥が五羽飛び出したのだ。
 その身は狼と同じように燃えていた。
 火の粉を舞い散らせながら観客達の頭上を飛び回る。
 観客達はそれを黙って見上げていた。
 火事になってしまうのではないか、そんな心配をする者はもういなくなっていた。
 そして間も無く気付いた。
 散っている火の粉におかしい点があることに。
 まるで意思を持って飛んでいるような――ある一人がそう思った直後、鳥達は燃え尽き、大量の火の粉を散らせた。
 その火の粉は雨とならず、その者が思った通りに動いた。
 渦を描きながら集合する。
 これは炎魔法を纏った虫の群れ? 一人が気付いた直後にその集合体は動き出し、シャロンの手元に戻った。
 そして見計らっていたかのように火は消え、ただの虫の集まりになったそれにシャロンは再び電撃魔法の糸を纏わせた。
 虫と糸が混ざり合い、うごめき、新たな一つの形を編み上げる。
 そして出来上がったのは人型のぬいぐるみ、人形であった。
 人形は一歩前に歩み出で、観客達に向かってお辞儀をした。
 旅芸人がするような、洒落たお辞儀。
 そのお辞儀の姿勢が完成してから、シャロンは口を開いた。

「いかがだったかしら? 口で言うよりも見せたほうが早いと思ったのだけど」

 この言葉で、観客達はようやくさきほどのアレが技を見せるための演出であることに気付いた。
 そして直後に観客達は拍手と共に声を上げた。

「素晴らしい!」
「これほどの魔法の使い手はなかなかいないぞ」
「魔王にひけを取らないのではないか?」

 魔王にひけをとらない、その言葉に共感したある男が杯を揚げ、周りの歓声に負けないひときわ大きな声で言った。

「強き王の誕生に乾杯!」

 その声に他の者達も続いた。

「乾杯!」「乾杯!」「乾杯!」

 それを合図に宴会は始まった。

「……」

 その様子を、サイラスは広間の隅から見ていた。
 サイラスは先の言葉に思うところがあった。
 強き王の誕生、それは間違っていない。新しい彼女は怪物と呼べるほどに強い。彼女を調整した身だからよくわかっている。
 だが言葉が足りない。正しくは「都合の良い強き王の誕生」だ、と。
 しかしそれを言葉にするような無粋なマネはしなかった。
 だが、隣にいるルイスはその小さな心の声を拾っていた。
 だからルイスは言った。

「あまり物事を悲観的にとらえすぎないほうがいいと思うぞ?」

 そしてルイスは楽観的に言った。

「今回のシャロンは本当に凄まじいな。過去最高かもしれない。いまの演出だけでも魔法に関しては魔王と同等に見える」

 されど次の思いは声には出さなかった。

(しかしあそこまで強く調整した覚えは無いのだがな。アリスが何かしたかな?)

 この予想には自信があったのだが、アリスを問い詰めようとは思っていなかった。
 なぜなら、

(シャロンには強い魔法使いとして振舞ってほしくは無いのだが……まあいい。次の戦いで魔法使いの時代が終わることは証明される)

 ルイスには自信があった。
 ルイスは確認するかのようにその自信を再び言葉にした。

(魔王やシャロンがどれだけその力を誇示しようとも、この流れはもう止まらない)

 そしてルイスは手に持っていた杯をあおった。
 その酒の味はいつもよりも深く感じられた。
 それは魔法使いの時代が終わることへの確信だけが理由では無かった。
 自分が生き続ける理由も終わりつつあると感じているからだ。
 他人の生を奪ってこれまで生きながらえてきた。
 しかしそんな生への執着は消えつつある。
 この体を最後にしてもいいかもしれない、ルイスはそう思っていた。

 ルイスは気付いていない。知らない。
 もう一つ、大きな流れが既に存在していることを。
 下手をすれば世界のあり方が再び戻ってしまう、そんな流れが存在していることを。

   第十四話 奇妙な再戦 に続く
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