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第二章 アリスは不思議の国にて待つ
第十三話 女王再臨(7)
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◆◆◆
ルイスは気付かなかった。
「……フフ」
その事実に、シャロンの中にいるアリスは微笑んだ。
腰掛けている椅子に深く座り直し、足を組む。
夢の中だから座ること自体に意味は無い。これはアリスの気分の問題。
そしてアリスはその気分のままに口を開いた。
「ルイスに隠れて色々やることがこんなに楽しいなんて、わたしは悪い女になってしまったのかしら」
そしてご機嫌な理由はもう一つあった。
ルイスが自分のことを今も高く評価してくれていることだ。
だが、正確な評価じゃない。サイラスに良い印象を植え付けるための過大評価だ。自分でもわかっている。
強い大工とぶつかれば危うい。やる気の無い大工が相手であれば、ルイスが評価した通りだと自負している。
しかしその事実はいまのアリスにとって些細なことであった。
そしてアリスはご機嫌な声色で隠れてやっていることを声に出した。
「シャロンは毎晩こっそり動いているのに……『毎朝作り直す』だけで大体の痕跡は消せるのに。それに気付かないなんてルイスも年なのかしら」
それは独り言では無かった。
だから、
「ねえ、あなたもそう思わない?」
アリスは机で作業をしている職人の男に向かって尋ねた。
職人はチラリとアリスのほうに視線を向けながら答えた。
が、
「……かもしれないな」
その答えは彼がよく使う定型文であった。
この味気無い答えにアリスは内心で溜息をつきながら再び口を開いた。
「それじゃあ、今日もそろそろ始めましょうか」
その言葉の直後、アリスから見て前方の照明が落ちた。
照明は間も無く復旧した。
が、その光は先とはまったく違うものを照らし出していた。
まるでその部分だけが切り取られ、別のものが瞬間移動してきたかのよう。
それはどう見ても外の景色であった。
銀色の雪原。
その雪原の上に、一人の女が立っていた。
それはシャロンだった。
そしてアリスは口を開いた。
「いつもと同じ乱戦じゃ飽きるから、今日はちょっと趣向を変えてみましょうか」
そう言ってアリスが指を鳴らすと、その銀色の舞台に新たな役者が追加された。
それはオレグだった。
これに職人は作業を中断し、アリスに尋ねた。
「彼の心は写せていないはずだが?」
わかっていた質問であったがゆえに、アリスは即答した。
「ええ、そうよ。これは見よう見真似で作った人形」
アリスは言葉を続けた。
「筋力は同等に再現できていると思う。心は読めなかったけど、過去の戦闘から彼の癖と思われる動きをできるだけ抽出してみたわ」
だから――その先の言葉をアリスは薄い笑みと共に述べた。
「だから、良い調整相手になるはずよ」
その笑みには自信の色が含まれていた。
職人はその自信を信じなかったが、それでもやる価値はあると思えた。
ゆえに職人は、「そうだな」と頷いた。
賛同を得たアリスはその自信のままに再び口を開いた。
「条件はあの時を再現するわ。シャロンは相手の心を読めない。相手はシャロンの心を読める」
オレグがシャロンの心を完璧に読めていたのかどうかはわからないが、より厳しい条件になるようにアリスは考えていた。
そしてアリスは艶かしさを強調するように足を組みなおし、笑みはそのままに開始を宣言した。
「では、始めてちょうだい」
その言葉が響き終わると同時に、シャロンとオレグは雪を蹴ってぶつかり合った。
ルイスは気付かなかった。
「……フフ」
その事実に、シャロンの中にいるアリスは微笑んだ。
腰掛けている椅子に深く座り直し、足を組む。
夢の中だから座ること自体に意味は無い。これはアリスの気分の問題。
そしてアリスはその気分のままに口を開いた。
「ルイスに隠れて色々やることがこんなに楽しいなんて、わたしは悪い女になってしまったのかしら」
そしてご機嫌な理由はもう一つあった。
ルイスが自分のことを今も高く評価してくれていることだ。
だが、正確な評価じゃない。サイラスに良い印象を植え付けるための過大評価だ。自分でもわかっている。
強い大工とぶつかれば危うい。やる気の無い大工が相手であれば、ルイスが評価した通りだと自負している。
しかしその事実はいまのアリスにとって些細なことであった。
そしてアリスはご機嫌な声色で隠れてやっていることを声に出した。
「シャロンは毎晩こっそり動いているのに……『毎朝作り直す』だけで大体の痕跡は消せるのに。それに気付かないなんてルイスも年なのかしら」
それは独り言では無かった。
だから、
「ねえ、あなたもそう思わない?」
アリスは机で作業をしている職人の男に向かって尋ねた。
職人はチラリとアリスのほうに視線を向けながら答えた。
が、
「……かもしれないな」
その答えは彼がよく使う定型文であった。
この味気無い答えにアリスは内心で溜息をつきながら再び口を開いた。
「それじゃあ、今日もそろそろ始めましょうか」
その言葉の直後、アリスから見て前方の照明が落ちた。
照明は間も無く復旧した。
が、その光は先とはまったく違うものを照らし出していた。
まるでその部分だけが切り取られ、別のものが瞬間移動してきたかのよう。
それはどう見ても外の景色であった。
銀色の雪原。
その雪原の上に、一人の女が立っていた。
それはシャロンだった。
そしてアリスは口を開いた。
「いつもと同じ乱戦じゃ飽きるから、今日はちょっと趣向を変えてみましょうか」
そう言ってアリスが指を鳴らすと、その銀色の舞台に新たな役者が追加された。
それはオレグだった。
これに職人は作業を中断し、アリスに尋ねた。
「彼の心は写せていないはずだが?」
わかっていた質問であったがゆえに、アリスは即答した。
「ええ、そうよ。これは見よう見真似で作った人形」
アリスは言葉を続けた。
「筋力は同等に再現できていると思う。心は読めなかったけど、過去の戦闘から彼の癖と思われる動きをできるだけ抽出してみたわ」
だから――その先の言葉をアリスは薄い笑みと共に述べた。
「だから、良い調整相手になるはずよ」
その笑みには自信の色が含まれていた。
職人はその自信を信じなかったが、それでもやる価値はあると思えた。
ゆえに職人は、「そうだな」と頷いた。
賛同を得たアリスはその自信のままに再び口を開いた。
「条件はあの時を再現するわ。シャロンは相手の心を読めない。相手はシャロンの心を読める」
オレグがシャロンの心を完璧に読めていたのかどうかはわからないが、より厳しい条件になるようにアリスは考えていた。
そしてアリスは艶かしさを強調するように足を組みなおし、笑みはそのままに開始を宣言した。
「では、始めてちょうだい」
その言葉が響き終わると同時に、シャロンとオレグは雪を蹴ってぶつかり合った。
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