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第二章 アリスは不思議の国にて待つ
第十三話 女王再臨(6)
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その結果どうなったか、ルイスはそれを語り始めた。
「相性の良い、大工と気が合う体を選ぶのが理想。しかしそんな都合の良い相手はめったに見つからない。だから抵抗力の弱い、やる気や行動力の低い大工の体を選ぶのが基本となる。彼らはそれを知らずに実行し、当然のように問題が起きた。人格が増え、体の支配権を巡ってぶつかり合いが起きるようになった」
ルイスはそこで一度言葉を切った。
菓子をつまみ、口に入れる。
そのために言葉を切ったのでは無いことは、サイラスにはわかっていた。
古い記憶を掘り出し、整理しながら言葉を選んでいるからだ。
そして口内の菓子が喉を降りた直後、ルイスは再開した。
「その戦いは激しく、本人自身の人格も直接攻撃を受けるようになった。たまらず彼らは体を入れ替えたが、運が悪いことに次も、そのまた次も相性の悪い体に移ってしまった。戦いによる記憶や人格の損傷は激しく、修復が出来ないまま次の体に逃げることもあった。その際、宿主の人格や記憶の残骸も混じってしまうようになった」
ボロボロになって逃げて、次の体でもボロボロにされる、そんなことを繰り返したらどうなるか、ルイスはその答えを述べた。
「そんなことを繰り返すうちに、その者の人格はメチャクチャになった。多重人格者よりもひどい状態になった。人間の思考や感情は時に記憶に引きずられるが、数多くの他人の記憶や人格がごちゃまぜになってしまったせいで、どれが本当の自分かわからない狂人になってしまったのだ」
そして直後、ようやく話の中にルイス本人が登場した。
「そんな時にわたしは彼女と出会った。事情を聞いた私は同情し、助けようとしたが、私の技術ではそれはどうにもならなかった。だからわたしは一つの提案を彼らにした。その提案は受け入れられ、私はある者の力を借りることにした。それがアリスだ」
これにサイラスは納得して口を開いた。
「アリスが人格を修復してくれた恩人ということか」
が、ルイスは首を振って言った。
「いいや、修復とは違う。言っただろう? 私は『提案した』と。結論から言うと、元通りにする、なんてことはアリスにも出来なかった。何者にもそんなことは出来ないことはわかっていた。欠損している部品が多すぎたからな」
だから何を『提案』したのか、ルイスはその答えを述べた。
「だから私は『治すのでは無く、新しく作り変える』ことを提案したのだ」
え? じゃあ、今のシャロンは――
サイラスがそれを尋ねるよりも早く、ルイスが口を開いた。
「アリスは人格を一から作り上げることを得意としていた。手際が良く、大工との工事合戦をしても多重人格などの問題が起きることはまず無い。まさに頼るにはこれ以上無い相手だと思った。それは正解で、アリスは混沌と散らばった彼女の人格を掌握するだけで無く、その乱雑さを戦闘技術に活かすほどだった」
そしてルイスはサイラスが聞きたかった答えを述べた。
「お前が先ほど思った通り、シャロンというのはその時に作られた都合の良い人格だ。その日が彼女の誕生日と言える。彼女はそう思っていないがね。シャロンの記憶は都合良く組み上げられている」
それが具体的にどういうことなのか、サイラスは確認するように尋ねた。
「ということは、彼女は非常事態にも柔軟に対応できるように、状況に合わせて都合良く人格が組みかえられているということか? 自分という存在が突然急に大きく変わったり、無くなったりする、そんな境遇にあるということか?」
ルイスは頷いて答えた。
「そうだ。それに対して彼女は嫌悪感を抱かないように作られている」
この答えに、
「……」
サイラスは沈黙を返した。
その沈黙の理由が読まずともわかったゆえに、ルイスは口を開いた。
「気持ちはわかるが、アリスはそこまで酷いやつじゃないから安心しろ。アリスはシャロンという人格を尊重している。経験などによって発達し、変化する思考を無理矢理ねじまげたりはしていない。だから彼女はお前のことを好いている」
突然のその言葉にサイラスはとまどったが、自覚はあったゆえに驚きはしなかった。
その自覚を感じ取ったルイスはからかうように言った。
「わかっているんだったら、その気持ちに強く応えてやったらどうだ? 拒否する理由など無いのだろう?」
それはその通りだった。
しかしその気持ちに変化が起きたのは確かであった。
サイラスはシャロンに対して自覚できるほどの同情を抱いていた。
この気持ちをどうすればいいのか、
「……」
サイラスは静かに考え始めていた。
その思考を遮らぬようにルイスも黙っていたが、言いたいことがあったゆえに、しばらくしてから口を開いた。
「お前が最初に言った通り、アリスの必要性は現在では薄い。我々の心を扱う技術が進歩したからだ」
その言葉にサイラスの思考は中断し、離れていた視線が自然とルイスのほうに向いた。
それを感じ取ったルイスは言葉を続けた。
「かつては人の心をゼロから組み上げることは難しかったが、今は違う。アリスのように速くはできないが、私でも数日の時間をかければ出来る。だから、アリスが今も彼らに消されずに残っている理由は、恩人であるという事実だけなのかもしれないな」
その言葉でようやく、二人の事情も知らずに軽々しく口を出したことをサイラスは反省した。
そしてこの瞬間、サイラスの中に新たな好奇心が湧き上がっていた。
アリスとかいう同居人と話してみたい、そう思ったのだ。
「相性の良い、大工と気が合う体を選ぶのが理想。しかしそんな都合の良い相手はめったに見つからない。だから抵抗力の弱い、やる気や行動力の低い大工の体を選ぶのが基本となる。彼らはそれを知らずに実行し、当然のように問題が起きた。人格が増え、体の支配権を巡ってぶつかり合いが起きるようになった」
ルイスはそこで一度言葉を切った。
菓子をつまみ、口に入れる。
そのために言葉を切ったのでは無いことは、サイラスにはわかっていた。
古い記憶を掘り出し、整理しながら言葉を選んでいるからだ。
そして口内の菓子が喉を降りた直後、ルイスは再開した。
「その戦いは激しく、本人自身の人格も直接攻撃を受けるようになった。たまらず彼らは体を入れ替えたが、運が悪いことに次も、そのまた次も相性の悪い体に移ってしまった。戦いによる記憶や人格の損傷は激しく、修復が出来ないまま次の体に逃げることもあった。その際、宿主の人格や記憶の残骸も混じってしまうようになった」
ボロボロになって逃げて、次の体でもボロボロにされる、そんなことを繰り返したらどうなるか、ルイスはその答えを述べた。
「そんなことを繰り返すうちに、その者の人格はメチャクチャになった。多重人格者よりもひどい状態になった。人間の思考や感情は時に記憶に引きずられるが、数多くの他人の記憶や人格がごちゃまぜになってしまったせいで、どれが本当の自分かわからない狂人になってしまったのだ」
そして直後、ようやく話の中にルイス本人が登場した。
「そんな時にわたしは彼女と出会った。事情を聞いた私は同情し、助けようとしたが、私の技術ではそれはどうにもならなかった。だからわたしは一つの提案を彼らにした。その提案は受け入れられ、私はある者の力を借りることにした。それがアリスだ」
これにサイラスは納得して口を開いた。
「アリスが人格を修復してくれた恩人ということか」
が、ルイスは首を振って言った。
「いいや、修復とは違う。言っただろう? 私は『提案した』と。結論から言うと、元通りにする、なんてことはアリスにも出来なかった。何者にもそんなことは出来ないことはわかっていた。欠損している部品が多すぎたからな」
だから何を『提案』したのか、ルイスはその答えを述べた。
「だから私は『治すのでは無く、新しく作り変える』ことを提案したのだ」
え? じゃあ、今のシャロンは――
サイラスがそれを尋ねるよりも早く、ルイスが口を開いた。
「アリスは人格を一から作り上げることを得意としていた。手際が良く、大工との工事合戦をしても多重人格などの問題が起きることはまず無い。まさに頼るにはこれ以上無い相手だと思った。それは正解で、アリスは混沌と散らばった彼女の人格を掌握するだけで無く、その乱雑さを戦闘技術に活かすほどだった」
そしてルイスはサイラスが聞きたかった答えを述べた。
「お前が先ほど思った通り、シャロンというのはその時に作られた都合の良い人格だ。その日が彼女の誕生日と言える。彼女はそう思っていないがね。シャロンの記憶は都合良く組み上げられている」
それが具体的にどういうことなのか、サイラスは確認するように尋ねた。
「ということは、彼女は非常事態にも柔軟に対応できるように、状況に合わせて都合良く人格が組みかえられているということか? 自分という存在が突然急に大きく変わったり、無くなったりする、そんな境遇にあるということか?」
ルイスは頷いて答えた。
「そうだ。それに対して彼女は嫌悪感を抱かないように作られている」
この答えに、
「……」
サイラスは沈黙を返した。
その沈黙の理由が読まずともわかったゆえに、ルイスは口を開いた。
「気持ちはわかるが、アリスはそこまで酷いやつじゃないから安心しろ。アリスはシャロンという人格を尊重している。経験などによって発達し、変化する思考を無理矢理ねじまげたりはしていない。だから彼女はお前のことを好いている」
突然のその言葉にサイラスはとまどったが、自覚はあったゆえに驚きはしなかった。
その自覚を感じ取ったルイスはからかうように言った。
「わかっているんだったら、その気持ちに強く応えてやったらどうだ? 拒否する理由など無いのだろう?」
それはその通りだった。
しかしその気持ちに変化が起きたのは確かであった。
サイラスはシャロンに対して自覚できるほどの同情を抱いていた。
この気持ちをどうすればいいのか、
「……」
サイラスは静かに考え始めていた。
その思考を遮らぬようにルイスも黙っていたが、言いたいことがあったゆえに、しばらくしてから口を開いた。
「お前が最初に言った通り、アリスの必要性は現在では薄い。我々の心を扱う技術が進歩したからだ」
その言葉にサイラスの思考は中断し、離れていた視線が自然とルイスのほうに向いた。
それを感じ取ったルイスは言葉を続けた。
「かつては人の心をゼロから組み上げることは難しかったが、今は違う。アリスのように速くはできないが、私でも数日の時間をかければ出来る。だから、アリスが今も彼らに消されずに残っている理由は、恩人であるという事実だけなのかもしれないな」
その言葉でようやく、二人の事情も知らずに軽々しく口を出したことをサイラスは反省した。
そしてこの瞬間、サイラスの中に新たな好奇心が湧き上がっていた。
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