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第二章 アリスは不思議の国にて待つ

第十二話 すべてはこの日のために(9)

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   ◆◆◆

(お礼など必要無い。むしろ感謝しているのはこっちのほうだ)

 蝶を受け取ったバークは薄い笑みを浮かべた。
 そしてバークは帰還した火の粉から詳細な情報を受け取り、その場で解析にかかっていた。
 アルフレッドはまた自分を驚かせてくれた。
 巨大な精霊を使った大規模攻撃だろうとは予想できていたが、まさか神話のドラゴンを再現するとは。
 ドラゴンには主に二つの使い方が記録されている。
 一つは単純に兵器としての使い方。
 そしてもう一つが、アルフレッドが最後に見せたやり方だ。
 かつて、人間はドラゴンを身に着けていた。
 しかし神経や脳への負荷が大きく、使い手の戦士生命をかけた行動だったと伝えられている。

(いや、)

 直後にバークは自分の言葉を改めた。
 身に着けていた、などという表現は正しくない可能性が高い。
 身に着けさせられていた、が正解だと思われる。
 この地にはかつて複数の神木があり、それぞれに神が住んでいた。
 されど多くの神は人間のことを道具、または飢えを満たすための餌として扱っていたようだ。
 だから身に着けさせられていたという表現も間違いである可能性が高い。
 地上制圧用のドラゴンの部品、そういう扱いだったかもしれない。
 だから戦争が起きた。
 だから太古の祖先達は神木を切った。人間の味方をした一つの神のための一本だけを残して、だ。

(……)

 思考が無関係な方向に進んでしまったことに気づいたバークはそこで一瞬思考を止めた。
 太古の再現が正確に出来ていたかどうかなど、どうでもいいからだ。
 問題はそこじゃない。
 わかったことは、アルフレッドのおかげで神話の信憑性が増したことだ。
 ならば、やつらが森を管理していることにも合点が行く。唯一残った最後の神木を制圧しようとしていることもだ。
 大神官が自分にこだわる理由も明らかになった。やつが自分のことを恐れているのがはっきりとわかった。間違い無く『自分は相性が良い』。

(そしておそらく、)

 アルフレッドはあの攻撃を、ドラゴンを出来れば使いたく無かったのだろう。
 あれはベアトリスのために用意されたものには見えない。ドラゴン自体には攻撃の機能しか無かったからだ。
 だからアルフレッドはわざわざドラゴンを分解して果実の材料にした。
 ゆえに、あれは恐らく、

(対教会との決戦用に用意したのだろうな……)

 今回のアルフレッドの暴動は事前に計画していたものでは無く、突発的なものであったことは心を読んで既に判明している。その戦いの中で思いついたのだろう。
 ゆえに温存したかった。なぜなら、教会もこの場所のことを知ってしまうからだ。
 これだけの現象が起こせる場所をやつらが見過ごすとは思えない。
 だから、

(さっそく、やらなければならない仕事ができたようだ)

 バークは立ち上がり、クラリスと共に行動を開始した。

   ◆◆◆

 ベアトリスは夢を見ていた。
 場所は二人でよく遊んだ場所。

(わたしはなんでここに……?)

 ベアトリスは混乱していた。
 夢だとも気づいていない。

(ええっと……なにかをしなくちゃいけないと思ってた……ような)

 上手く集中できない。
 思考がまとまらない。

(いや違う? なにかをやらされていた? わからない……)

 ベアトリスが考えるのをあきらめかけた時、場面に変化が起きた。
 突如、二人の子供が現れたのだ。
 幼い時の自分とアルフレッドだ。
 蝶や虫を作って遊んでいる。
 色々試して実験している。
 その場面は徐々に早送りになっていった。
 場面も次々と変わる。
 それらの中には覚えていないものもあった。
 しかし新鮮さは無かった。

(懐かしい……どうして忘れていたんだろう)

 あるのは疑問だけ。
 これはなんなのだろう、何が起きているのだろう、なにかされているのだろうか? そんな疑問。
 疑問の答えは見つからぬまま、舞台はある決定的な場面を写した。
 アルフレッドと一緒に逃げ出した場面だ。
 でも自分は捕まった。そうしなければアルフレッドが逃げられなかったから。
 この後どうなった?
 たしか――

(そうだ……この後わたしは……わたしは!)

 とてもおぞましい、その記憶の封印が解かれかけたその瞬間、

“彼女の動悸が激しくなってきているわ、アルフレッド”

 舞台の上から、空から声が響いた。
 知らない女の声。
 直後、

“わかってる”

 今度はよく知っている声が響いた。
 アルフレッド? ベアトリスは呼びかけようとしたが、声は出なかった。

“ここからはどうするつもり?”

 そして見上げるベアトリスを無視するかのように声は、会話は続いた。

“ここからの彼女の意識と感情は果実に操作されて生み出されたものだ。だからここからは記憶だけを残す。そして操られていたという自覚を植えつける。そうすれば混乱無く記憶と経験を引き継げるはずだ”
“……そうね。それが無難かもね。大人の部分の経験と記憶を全て消したら彼女の精神は幼児化してしまう”
“ここからはちょっと手がかかる。手伝ってくれ、アリス”
“もちろんよ。さあ、はじめましょう”

 その言葉が終わると同時に、何かが始まった。
 舞台から照明が落ちるように、場は闇に包まれ始めた。
 突然夜になったかのように真っ暗になる。
 足元すら見えない。
 そして間も無く、ベアトリスの意識もまたその闇と同じ色に染まった。
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