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第二章 アリスは不思議の国にて待つ

第十二話 すべてはこの日のために(7)

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 その叫びとともにアルフレッドの両手が輝いた。
 両手の中に光の玉が生まれ始める。
 しかしそれは魔力の塊では無かった。
 虫の塊。
 いや、その表現もこの場では適切では無かった。

(これは……!)

 それは果実だった。
 小さいが、それは紛れも無く果実だった。
 だからアリスは驚いた。
 果実を生み出すことの困難さを知っているからだ。
 自分は巨大な精霊の宿り木から生み出されたが、それでも数日かかった。
 教会もそうだ。数多くの信者から魂を奪い、時間をかけて練り上げている。
 しかしアルフレッドはそれを短時間で完成させた。
 それは驚くべき事実だった。
 が、

「……っ!」

 それは人間の限界を超えた行為であった。
 アルフレッドの表情は苦痛に歪んだ。
 それは演技では無かった。
 そして問題はもう一つあった。
 既にアリスが尋ねたことだ。
 アリスはもう一度それを声にした。

(でも、壊すだけでは――)

 しかしその言葉は途中で遮られた。
 アルフレッドが一つの映像を提示したからだ。
 それはかつてのベアトリスとの思い出の記憶であった。
 幼いアルフレッドが蝶を受け取っている映像。
 その映像の中で、幼いアルフレッドは受け取った蝶をその身に宿し、自分のものにしていた。

「!」

 その映像でアリスはようやく気づいた。
 アリスは即座にそれを言葉にした。

(あなたとベアトリスは――)

 相性が良いのか、と。
 そして気づいたことはもう一つあった。
 ベアトリスの記憶の中にも同じ映像があったことを。
 早送りで一瞬だったが、流れたことを。
 アルフレッドが「覚えているかい?」と質問したときだ。
 かつてのベアトリスは覚えていた。二人は魂を共有できることを。
 ならばあとは試すだけ。
 だからアルフレッドは直後に、

「雄雄ォ、」

 気勢と共に踏み込み、

「りゃあっ!」

 全身全霊をかけて生み出した果実を、ベアトリスの顔面をわしづかみにして叩き込んだ。

「「!」」

 瞬間、アリスとベアトリスは同時に同じものを感じ取った。
 それは映像。過去の記憶。
 ベアトリスがアルベルトと過ごした幼少時の思い出の記憶。
 それらの映像は全てベアトリスからの視点になっていた。
 幼い頃の二人は魂だけで無く、記憶も交換して遊んでいたのだ。
 いや、遊んでいたというアリスの認識は直後に間違いであることが判明した。
 神官にさせられる、親が望んでる、自分が自分でなくなってしまう、その家庭問題をアルフレッドと共有するためだったのだ。
 そしてその記憶には奇妙な感情も含まれていた。
 それは「寂しさ」だった。
 家庭問題という境遇の共有によってアルフレッドが抱いた感情は、「共感」だけでは無かったのだ。
 その記憶交換によって、二人には違う部分があることも明らかになったのだ。
 幼いアルベルトはその映像の中で言った。

「ときどき、頭の中で雑音がする」と。

 当時のベアトリスにはアルフレッドが何を言っているのか分からなかった。アルフレッドの問題を共有できなかった。
 だから寂しさを覚えたのだ。
 そしてその雑音は年と重ねるごとに共に小さくなり、いつしか一つのだけの声が残った。
 アルフレッドはその一つになった声の主を、「もう一人の自分」と呼ぶようになった。
 ある日、もう一人の自分は言った。

「私に考えがある」と。

 その提案に対して、もう一人の自分はこう付け加えた。

「私はお前の体を改造できる。お前の望みを達成するためにどう改造すればいいのかも分かっている」と。

   ◆◆◆

「……!」

 虫を使って覗き見ているバークは興奮を隠せなかった。
 高速演算による時間が遅くなったかのような緩慢な感覚の中で、集めた情報を整理していた。
 その興奮の理由は一つだった。
 アルフレッドが自分の予想を覆したからだ。
 ベアトリスを救うには気絶させるしか無い、そう思っていた。
 しかしそれは絶望的と言えるほどに困難なことであることをバークは知っていた。
 あの果実のせいだ。
 あの果実は脳の機能を一部改造している。戦闘継続力を上げるためだ。
 結果、意識の低下や遮断に対しての抵抗力が上がっている。
 軽い脳震盪程度であれば数秒で回復する。
 睡眠も普通の人間とは違うものになっている。睡眠中でも警戒力はまったく低下しない。
 首を絞めて空気の供給を遮断しても、蓄えてある虫をエネルギー源にして一定時間動き続ける。
 虫で脳を直接攻撃する場合は既に言った問題が起きる。あの果実は生存に関する機能と直結している。
 ゆえに、力づくで意識不明にすることは非常に難しい。
 だから普通の手段でベアトリスを救うことは無理だと思っていた。
 しかし今は違う。アレならば、同じ性能の果実をぶつけるのであればもしかしたら、そう思えていた。

   ◆◆◆

「ぅ雄雄雄ぉ!」「ぐうううぅっ!」

 アルフレッドの気勢とベアトリスの苦痛の声が重なって響き渡る。
 アルフレッドが掴んでいるベアトリスの頭の中では、二つの果実がぶつかり合っていた。
 果実はお互いを食い合っていた。
 いや、それだけでは無かった。
 アルフレッドの果実は壊すと同時に新しく作り直していた。
 ゆえに、アルフレッドの頑丈な臓器の生産力をもってしてもその侵攻は遅い。基本的な条件が不利すぎる。
 ベアトリスの脳は弱っているが、それでもその進みは歯がゆい速度。
 このためにベアトリスを弱らせた。激しく攻め続けてくれるように演技をした。
 ベアトリスが動けなくなるように全身の神経を痛めつけたのもこのためだ。手足で抵抗されてはどうにもならない。
 ベアトリスの果実はすぐにそのことに気づいて手を打った。
 防御が手薄になることも躊躇せず、体の神経の修復に虫を回す。
 そうはさせるかと、アルフレッドも精霊を展開。
 しかし当然、その行為はアルフレッドの攻撃の手が緩まることに繋がる。
 されど二人とも分かっていた。
 ベアトリスの身体能力が回復すれば状況は一転する可能性が高いことを。
 だから二人とも脳の方では無く、ベアトリスの体のほうに虫をどんどん回すようになった。
 ゆえに二人の体が蛍の群れに包まれるまで数秒ほどの時間も要さなかった。
 しかしこの数秒という時間は高速演算をしているアルフレッドにとって短い時間では無かった。
 そして重い数秒でもあった。
 このままだと、あと十秒弱でベアトリスの身体能力が完全回復してしまうからだ。
 さらにその残り時間の減少は加速している。ベアトリスがどんどん虫を回している。
 そして状況は直後に変わった。

(右手が振れる程度に回復した!)(回復された!?)

 その思考は同時に響き、ゆえに二人は同時に動いた。
 槍で叩き払うのは間に合わない、そう判断したベアトリスは即座に右手から槍を放し、光る拳を繰り出した。
 その一撃を迎えるはアルフレッドの左手。
 ベアトリスの光る右拳をアルフレッドの光る左手が包み込むように受け止める。
 衝撃と共に光の粒子が散る。
 それが合図になったかのように状況はさらに傾いた。
 今度は、

(左足が!)

 回復寸前になったのだ。
 しかしこの計算と判断はアルフレッドのほうが速かった。
 ゆえに先手を取って動いた。
 足裏を発光させた右足を振り下ろし、ベアトリスの左足の甲を砕く勢いで踏みつけて拘束する。
 しかしこの拘束は一時しのぎに過ぎない。
 完全回復されれば、全力で抵抗されれば解除されてしまう。
 そしてアリスは気づいてしまった。計算できてしまった。
 このままでは、

(間に合わない!)

 ことを。
 今のやり方では脳内の制圧が終わる前に回復されてしまう。
 だからアルフレッドは勝負に出た。
 体の神経への攻撃を中断し、すべての戦力を脳への攻撃に回す。
 狙いは一点。
 脳内にある虫を生産する臓器だ。
 ここを制圧出来れば抵抗力は激減する。時間を稼げる。
 そしてその制圧まであと少しのところまで来ている。
 しかしベアトリスの回復も目前。
 ゆえに、

(お願い!)

 神の分身であるアリスはより大きな神に願った。
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