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第二章 アリスは不思議の国にて待つ

第十二話 すべてはこの日のために(4)

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   ◆◆◆

 バークが思考をめぐらせる中で問題の二人はぶつかり合い始めた。
 アルフレッドの突進をベアトリスが突きの連打で迎え討つ。
 過去のベアトリスが消えたせいか、それはこれまでのどれよりも激しく速い連打であったが、

「破ッ!」「!」

 五突き目の時点でアルフレッドはその軌道と速度を完全に見切り、気勢をもって叩き払った。
 ベアトリスの構えが大きく崩れる。

「疾ッ!」

 そのがら空きになった胸元に向かって、アルフレッドが疾風のように踏み込む。
 その疾風に追いつかれまいとベアトリスが後方に地を蹴る。
 だがアルフレッドのほうが速い。
 だからベアトリスは構えを整えつつ構えを変えた。
 より小回りが利くように、より速く振るために、握り手の位置を槍の中心に変えた。
 その変更は疾風よりも早く、ゆえに、

「疾ッ!」

 ベアトリスは同じ気勢で迎撃することが出来た。
 しかしアルフレッドはこの迎撃を読んでいた。
 水平に振るわれた槍先を屈んでかわす。
 だが、迎撃はこれで終わりでは無かった。
 ベアトリスは直後に槍を握る右手首を鋭く捻った。
 槍が回転を始め、槍先の反対側の部分、柄の部分がアルフレッドに襲い掛かる。
 槍の中心を握っていることを利用した二段技。
 しかしこれもアルフレッドは読んでいた。
 ゆえに、

「無駄だ!」

 アルフレッドは堂々とした気勢と共にその二段目を叩き払った。
 ベアトリスの構えが再び崩れる。
 アルフレッドは避けた低姿勢のまま踏み込み、

「でぇやっ!」

 胸を突き上げるような掌底打ちを繰り出した。
 ベアトリスはその一撃を同じ色で輝く左手で受け止めた。
 光魔法独特の炸裂音が生じ、衝突点から光の粒子が華々しく散る。

「っ!」

 その衝撃にベアトリスは忌々しげに表情を歪めながら、後方に地を蹴った。
 二人の距離が再び離れる。

「無駄だベアトリス」

 そしてアルフレッドは宣言した。

「俺の頭には君の写しがある。君がどう動くか高い確率で予想できる。運動神経とのつながりも把握してる。だから瞬時に反応できる」

   ◆◆◆

 アルフレッドのその宣言に対し、

(良い演技だ、アルフレッド)

 内心で拍手を贈っていた。

(相手の脳を写したのは相手の動きをより早く見切るため、そう思わせたいだけだろう? お前の能力ならばわざわざ写さずとも攻めきれたはずだ)

 まず第一に、アルフレッドがこの重要な戦いで『わざわざ心の声を響かせている』こと自体がおかしい。
 結果のあとにどうしてそうしようと思ったのか、そんな心の声が遅れてくることはあったが、そもそも何も声が無いことも多かった。
 つまり、アルフレッドは隠すも喋るも自由自在であるということ。自分と同じようにだ。
 しかしその点においてもアルフレッドは役者だ。時にベアトリスと思い出のやり取りをするフリをしたり、時に同居人の疑問に答えるフリをしたり、そんな風に疑われることを上手く回避している。

(しかし……)

 時間を稼いだところで普通のやり方ではあの果実は――
 バークはその言葉と共に湧き上がってきた絶望感を無理矢理おさえこんだ。
 そしてバークは静かな心で考え始めた。
 自分がアルフレッドならば、最後の手段を封印するとしたら、どうやってあの果実を取り除くか、と。
 自分はあの果実がなんなのかを探っていた時期がある。
 精霊の扱いに慣れてきた頃で、魂とはなんなのかについて自分なりに学んでいた時期でもある。
 人間の脳と魂には相性がある。
 魂と虫と精霊は規模と機能が違うだけでその材料は同じものだ。脳で作られており、脳の機能を補助している。優秀なものは補助を超えた機能を持つ。バークの精霊のように。
 そして人によってその材料や設計図、部品は異なる。
 ゆえに相性がある。血液型のように。
 虫や精霊は生き物だ。必要な材料を与え続けなければならない。
 機能や部品を単純化し、簡潔になるように整理すれば、他者の脳でも同じものを作り続けられるだろう。図面を共有するだけでいい。
 しかしあの果実は違う。単純じゃない。
 されどあの果実は上手く相手の脳に棲み付く。
 どうやって? その答えは単純だった。そのように調整されているのだ。
 対象の脳を事前に調べ、それに上手く棲み付けるように作られているのだ。それぞれに合わせた図面を描き、材料も合わせて揃えているのだ。
 材料の調達方法はもっと単純だ。信者達からだ。
 信者達は定期的に自身の魂を提供している。それだけの種類の材料が揃っていれば、個人専用の果実を作るくらいわけない。
 一度棲み付いてしまえばあとはただの作業。
 そしてその作業はえげつない。
 果実は全てを支配する。
 都合の悪い記憶は消されるが、例外的に戦闘技術に強く関わる部分は残される場合がある。ベアトリスはその類だった。
 しかしいまのベアトリスは全てを支配されている。
 それは生命活動すらもだ。
 果実は生命維持に関する部分まで乗っ取っている。
 ただ果実を破壊するだけではベアトリスの命は――

(……)

 だから結局、『あの場所の特徴』を利用した『最終手段』に賭けるしか無い――結論が同じところに着地してしまったのと同時にバークは思考を止めようとした。
 が、

(いや、まだ可能性はある)

 一つ見落としていることにバークは気付いた。
 果実を破壊しつつベアトリスを殺さない可能性。

(もしも、アルフレッドが『そうなのだとしたら』――)

 だとしたらまだ可能性はある。バークはそんな希望を瞳に滲ませながら二人の戦いのほうに意識を戻した。

   ◆◆◆

(アルフレッド!)

 同じ疑問の叫びをアリスも上げていた。
 どうやって? と。
 その叫びと同時にアルフレッドの輝く手と槍がぶつかり合う。
 光の粒子が散り、二人の構えが崩れる。
 だがアルフレッドのほうが建て直しが早い。
 即座に構えを戻し、踏み込む。
 なのでベアトリスの対応は先ほどから後退と防御の二択のみ。
 ほぼ逃げっぱなしである。
 アルフレッドが一方的に攻め続けている形。
 ゆえに、

「雄雄ォッ!」

 場に響くのはアルフレッドの気勢ばかり。
 だが、その全ての攻めには手加減が施されていた。目に見えていた。
 明らかに直撃しても姿勢が崩れるだけ。骨や内臓にダメージが出ないように速度を抑えられている。
 だから、

「このわたしをなめるなあ!」

 ベアトリスは怒りに吼えた。
 瞬間、ベアトリスの頭の中が輝いた。感知能力者にはそう見えた。
 直後、全身の筋肉も同じように光った。そう見えた。
 その輝きは間も無く手から槍に伝わった。
 あまりの魔力量に、槍先が白く膨張したかのように見える。
 そして繰り出された一撃は、

「破ァッ!」

 アルフレッドを肉の塊に変える、そんな圧力のある一撃であった.
 力任せに斜めに振り下ろされたその力は、眼前に銀色の孤を描くだけでは終わらなかった。
 銀色の孤は疾走する三日月となって槍先から放たれ、地面に食い込んだ。
 光魔法独特の炸裂音と共に砂煙が舞い上がる。
 しかしそこにアルフレッドの姿は既に無かった。
 アルフレッドは距離を取りながらベアトリスの真横に回りこんでいた。
 ベアトリスの視線はこちらに向いていない。
 回り込みに反応出来ていない。そう見えた。
 が、

(!? 気付かれてる!)

 アリスの警告が響くと同時に、ベアトリスの瞳は機械的な動きで「ぎょろり」とアルフレッドのほうに向いた。
 その瞳の動きから数瞬遅れて、

「せぇえやぁっ!」

 ベアトリスの体は動き、槍が再び振るわれた。
 地面に食い込んだ槍先を抜かず、真右に回りこんだアルフレッドに向かって力任せに槍を振るう。
 がりがりと、輝く槍先が地面を削りながらアルフレッドの下半身に迫る。
 あまりにも力任せな足払い。
 しかしそれでもアルフレッドの足首を両断する威力が見て取れた。
 まるで白い線を引いたかのように削られた地面は輝いている。
 その輝きの中では小さな白い蛇がのた打ち回り、そして飛び出していた。
 だから、

(上に跳んではダメよ!)

 アリスは再び警告した。
 いまのベアトリスは人間の限界を超えた力を出している。そんな相手に対して空中に逃げるのは自殺行為。ふわりと浮かんだところを滅多切りにされるのがオチだろう。
 それはアルフレッドもわかっていた。
 むしろ、アルフレッドはその次まで見えていた。
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