Iron Maiden Queen

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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第二章 アリスは不思議の国にて待つ

第十二話 すべてはこの日のために(2)

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 そしてその問答が終わるのを待っていたかのように、直後にベアトリスが口を開いた。

「わたしの、いえ、わたし達のものになりなさいアルフレッド! あなたはきっと、いえ、間違いなく素晴らしい神の使いになれる!」

 その言葉に、アリスは「冗談じゃない」と響かせたが、

「……」

 アルフレッドは何も答えなかった。
 閃光と手甲とのぶつかり合いで生じる火花と光の粒子の中に、生々しい赤色が滲む。
 これまでのかすり傷とは違う、少し深い傷。
 しかしアルフレッドはその痛みを無視して口を開いた。

「……むかし、きみはこの場所で俺のことを弟のような存在だと、家族と同じ存在だと言ってくれた。それは覚えているかい?」

 これに、ベアトリスは明らかな反応を示した。
 突きの速度と魔力量が下がったのだ。
 しかしその変化はごく短い時間だけであった。
 攻撃の苛烈さはすぐにその勢いを取り戻し、ベアトリスはその勢いのまま叫んだ。

「……もちろんよ! だからあなたを連れて帰るの! 本当の家族になりましょう!」

 瞬間、アルフレッドは感じ取った。
 その言葉がウソであることを。
 そんな記憶は無くなってしまっていることを。覚えていないことを。
 精霊が関係することについてはよく覚えているようだがこれはダメのようだ。
 もしかしたら、戦闘に関する部分以外はひどい虫食いのようになっているのかもしれない。
 アルフレッドは自分の体に傷が増えるのも無視しながら、そんな思考を重ねていた。
 だからアリスは、

(アルフレッド!)

 ついに焦りを含んだ声を上げてしまった。
 これに、アルフレッドは即座に答えた。
 もう少しこらえてくれ、と。
 今は相手を刺激してはいけない、会話をできるだけ長引かせないと、アルフレッドはそう言った。

(でも、このままじゃ――)

 されど納得出来ないアリスは再び声を上げる。
 だからアルフレッドは少しだけ答えることにした。
 それは立体的な図面であった。
 誰かの脳を描いたもの、それはそう見えた。
 しかしその図面はまだ完成していなかった。
 そしてそれは誰の脳か、その答えは簡単に予想がついた。
 アルフレッドはベアトリスの心の図面を描こうとしている? アリスは思わず心の声を響かせた。
 その声はベアトリスにも聞こえた。
 ゆえに、その瞬間から状況は変わった。
 アルフレッドが何かの準備をしていることに対し、ベアトリスは声を上げた。

「私の心を写してどうするつもり?」
「……」

 アルフレッドは答えない。
 その態度はベアトリスをイラつかせた。
 ベアトリスにはアルフレッドの心が読めないのだから当然だ。
 そしてそのイラつきは暴力という形で即座に表現された。
 突きの連打に精霊の攻撃が加わる。
 これに対し、アルフレッドは同じ蝶の精霊で迎撃。
 同じ蝶同士がぶつかり合い、食い合う。
 その様子を見守りながら、突きを受け続けながらアルフレッドは再び口を開いた。

「ベアトリス、君は両親のことをどう思っている?」

 ベアトリスは躊躇無く答えた。

「大好きよ! 今のわたしをよく支えてくれている!」

 アルフレッドは少し悲しげな顔で尋ね返した。

「昔の君は両親を嫌っていた。君に神官になることを強く勧めていたからね」

 君は僕と、俺と同じだった。アルフレッドは幼少時の自分を重ねながら心の声を響かせた。
 だからアルフレッドは寂しげな顔で言った。

「だけど君は変わってしまった。あの日から」

 そしてアルフレッドは表情を元に戻しながら、いや、より力強いものに変えながら叫んだ。

「俺が欲しいのは今の君じゃない! 昔の君だ! 俺はかつての君を取り戻す! そのためにここで待っていたんだ!」
 それは本心からの叫びであった。
 が、

「……」

 今のベアトリスの心には響かなかった。
 淡々と突きの連打が繰り出される。
 しかし心情の変化は起き始めていた。
 だが、それはアルフレッドの叫びが原因では無かった。
 飽きてきたのだ。
 亀のように硬い守りを少しずつ削るのは退屈だ、そう思ったベアトリスは突きの連打を止め、アルフレッドから距離を取った。

「!」

 瞬間、アルフレッドは感じ取った。
 ベアトリスが何をするつもりなのかを。
 だから二人は同時に動き始めた。
 奇しくも、いや、互いを知り合う仲ゆえに必然と言うべきか、二人の動きは同じものであった。
 それは円の動き。
 アルフレッドは精霊をさらに展開しながら、対クラリス戦で見せた動きを始めた。

「こぉぉぉぉぉ……」

 独特の呼吸による『合図』と共に、両腕を左右に大きく広げる。
 そして股間を守るように右手を下に、左手は頭上に。
 両手は止まらず、右手は左に、左手は右に。
 自分の目の前に大きな円を描くように、アルフレッドは両腕を回し始めた。
 クラリス戦で見せた時と同じ目で追える動き。
 対し、ベアトリスの動きは対照的に速かった。
 槍の中心を握り、そこを支点にして手さばきだけで回転させる。
 重量のある長物であるにもかかわらず、使っているのは右手のみ。
 槍先がかすんで見える速さ。
 輝く槍先が描く光の軌跡が完全に繋がって一つの輪に見える。
 錬度の高さが見て取れる手さばき。
 そしてその回転に吸い込まれるかのように、ベアトリスの蝶が槍の周りに集まる。
 それはアルフレッドの蝶も同じであった。
 アルフレッドの手の動きに追従するように蝶が集まる。
 直後、二人の動きに変化が起きた。
 二人同時に、左手で防御魔法を展開。
 そしてベアトリスは槍を握る右手に粒子を込めた。
 槍先に集まっていた光の魔力と蝶が右手の粒子に引き寄せられ、集まる。
 アルフレッドも同じことをしていた。
 腰だめに構えたアルフレッドの右手に魔力と蝶が集結する。
 その収束が十分なものになった瞬間、

「「破ッ!」」

 二人は同時に気勢を上げた。
 気勢と共に繰り出された拳と槍先が眼前にある防御魔法の中心を突き破る。
 盾の形を維持出来なくなり、バラバラになり始める。
 しかしそれは霧散することは無かった。
 渦を描きながら、拳と槍先に収束する。
 既に集まっていた魔力と混ざり合い、結合していく。
 これ以上は手拳が、槍がもたない、その判断もまた同時であった。
 押し出すように粒子を放出すると同時に拳と槍を引く。
 次の瞬間に収束は限界を向かえ、弾けて嵐となった。
 虫の群れが混ざった光の濁流。
 アルフレッドとベアトリスが同じ型から放ったその二つの嵐は、二人を結ぶ直線状の中心でぶつかり合った。
 光の蛇がぶつかり合い、互いを食い合う。
 そのぶつかり合いは互角に見えた。
 が、虫のほうは違った。
 アルフレッドの虫はそのぶつかり合いを突破し、ベアトリスに襲いかかった。
 すべての精霊を攻撃に使用したため、ベアトリスの防御が遅れる。
 ゆえに、

「っ!」

 アルフレッドの虫がベアトリスの体に張り付き、体内に侵入する。
 瞬間、アルフレッドは感じ取った。
 ベアトリスの脳に棲みついているアレが、自衛のために動き始めたのを。
 迎撃のための虫を血管内に放ったのを。
 間も無く、体内で見えない戦いが始まった。
 ベアトリスの虫とアルフレッドの虫がぶつかり合う。
 数の差が大きく、アルフレッドの虫はみるみるうちに数を減らしていったが、数匹がベアトリスの脳にたどりついた。

「……!」

 そして生じた感覚にベアトリスの表情は静止した。
 その虫はベアトリスの脳を攻撃するために侵入したのでは無かった。
 虫はある記憶を映像と共に運んできただけであった。
 その映像はベアトリスの記憶には既に無かった。
 されど、ベアトリスの心を揺らすには十分なものであった。
 自分がアルフレッドの身代わりになって教会の追ってに捕まった記憶だ。
 危なくなったら一緒に逃げよう、そんな約束もしていた。
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