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第二章 アリスは不思議の国にて待つ
第十二話 すべてはこの日のために(1)
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◆◆◆
すべてはこの日のために
◆◆◆
アルフレッドは元の場所に戻ってその人を待った。
同じ岩の上に座り、同じように目を閉じて。
暗く静かな意識の中で、アルフレッドは考え事をしていた。
それはやはり待ち人のこと。
ここは待ち人との思い出の場所。
しかしその待ち人は今では遠い存在になってしまっている。
大神官の右腕と言われている。
その大神官と一戦交えたことのあるバークは「勝てよ」と言ってくれた。
バークはいつから気付いていたのだろうか? 途中から心が読めなくなったため、その答えは予想することしかできない。
『手を握った時に渡されたもの』、これで真意をはかることしかできない。
アルフレッドがそこまで考えた直後、
「こんばんは、アルフレッド」
待ち人であるベアトリスが森の中から姿を現した。
その挨拶の通り、日は沈みかけ、あたりは暗くなりはじめていた。
既に夜の虫の声が森の中に響いている。
ベアトリスはその美しい虫の旋律に乗せるように、自身のすきとおるような声を響かせた。
「やっぱりあの二人は役に立たなかったのね。まあ、最初から期待していなかったけども。ですがそのおかげでわたしに順番が回ってきた」
そしてベアトリスはその綺麗な声に、男を悩ませる視線まで付け加えて言った。
「抵抗せずに従って、アルフレッド。お願いだから。あなたを傷つけたくないの」
これにアルフレッドは首を振って言った。
「いいや、従うのはきみのほうだ」
そしてアルフレッドはベアトリスの誘惑の視線を力強い視線で押し返しながら声を上げた。
「きみをこの森から連れ出す。力ずくでもだ!」
叫びながらアルフレッドは岩から飛び降り、構えた。
両腕を盾にするように前に置いた形。
その両手に刃は無い。徒手空拳。
何があろうとこの戦いで抜く気は無い、そんな思いをアリスは感じた。
(アルフレッド……)
心配そうな呼び声をあげるアリス。
しかし今のアルフレッドにはその声は届かなかった。
そしてアルフレッドの思いに対し、ベアトリスは応えた。
「気が合うわね。わたしも同じ気持ちよ」
言いながら、ベアトリスも槍を前に構え、
「あなたをわたしのものにする! 力ずくでね!」
同じ気持ちを叫ぶと同時に、ベアトリスは踏み込んだ。
踏み込みの勢いを乗せて輝く槍を突き出す。
しかし明らかに槍先が届かない間合い。
だがそれで問題は無かった。
「!」
直後、その槍先から放たれる光はアルフレッドの瞳の中でふくらんだ。
槍先から光が伸び、アルフレッドの瞳に飛び込むように迫ってきたのだ。
これをアルフレッドは構えて置いた両腕で、手甲で防御した。
金属特有の甲高い衝突音と共に、光の粒子と火花が散る。
瞬間、アルフレッドは感じ取った。
ベアトリスが本気で片目をえぐるつもりだったのを。
そしてそんな残酷な攻撃はまだ終わりでは無かった。
次々と目にも止まらぬ速さの突きが繰り出される。
しかしその全てが即死を狙ったものでは無い。
深い傷にならないように手加減されている。
速いが、魔力量が少ない。
そしてその連撃の全てに同じ感情がこめられていた。
ちょっといたぶって上下関係を教えておかないと、そんな感情。
それはかつてのベアトリスであれば決して抱かぬ感情であった。
そして支離滅裂だ。
「あなたを傷つけたく無い」、先ほどそう言ったばかりなのに、今は本気でいたぶろうとしている。
アルフレッドはその原因を感じ取っていた。
ベアトリスの頭の中に植えつけられたあの果実が活発に活動している。
いたぶるという残酷な感情は果実によって引き起こされたものだ。
ならば、まだ彼女は心のどこかに残っている可能性がある。「傷つけたく無い」という気持ちはかつてのベアトリスからのものである可能性が高い。
だからアルフレッドは防御しながら精霊を展開し、
「ベアトリス、この精霊の作り方は君が教えてくれたんだ。覚えているかい?」
かつてのベアトリスに向けて尋ねた。
これに、ベアトリスも同じ蝶の精霊を展開しながら答えた。
「ええ、もちろんよ! 使い方までわたしが教えた!」
答え終わると同時にベアトリスはそれを使った。
繰り出す槍と共に精霊を放つ。
激しい横雨のような突きの連打に、蝶の攻撃が加わる。
これに対し、アルフレッドの選択はまたしても防御。
突きを手甲で、蝶を蝶で受け止める。
亀のように防御を続けるアルフレッド。
そんなアルフレッドにベアトリスは言葉を浴びせた。
「よく覚えているわ! ここでわたしが教えた! あなたとわたしはここでよく一緒に遊んでいた! 森に深く入ってはいけないという親の言いつけを無視してね!」
そしてベアトリスは笑みを浮かべて言った。
「その思い出の場所で待っていてくれたなんて、本当に嬉しい! 体が震えるくらい素敵だわ!」
笑みが狂気に走らせたかのように、言葉と共にベアトリスの攻撃は苛烈さを増した。
突きと同時に放たれる閃光が太くなる。魔力量が目に見えて増え始める。
「……っ!」
その苛烈さにアルフレッドの顔が歪み始める。
手甲で受けても、迸る魔力が皮膚を裂く。
だからアルフレッドは張り合うように両手を強く輝かせた。
閃光の嵐を光る両手で払う。
しかしそれでも状況は不利。
アルフレッドは受け流しているだけ。どうしても連打に押される。
強く打ち払って相手の体勢を崩さないと不利が続くだけ。
ゆえに、
(アルフレッド?!)
どうして反撃しないのかと、アリスが声を上げた。
これに、アルフレッドは(まだだ!)と答えた。
まだ早い、と。
なにを待っているの? アリスが当然のように問う。
これに、アルフレッドは(まだ調べなければならないことがある!)と答えた。
一体何を調べているのか、それもアリスは尋ねたが、その答えが返ってくることはなかった。
すべてはこの日のために
◆◆◆
アルフレッドは元の場所に戻ってその人を待った。
同じ岩の上に座り、同じように目を閉じて。
暗く静かな意識の中で、アルフレッドは考え事をしていた。
それはやはり待ち人のこと。
ここは待ち人との思い出の場所。
しかしその待ち人は今では遠い存在になってしまっている。
大神官の右腕と言われている。
その大神官と一戦交えたことのあるバークは「勝てよ」と言ってくれた。
バークはいつから気付いていたのだろうか? 途中から心が読めなくなったため、その答えは予想することしかできない。
『手を握った時に渡されたもの』、これで真意をはかることしかできない。
アルフレッドがそこまで考えた直後、
「こんばんは、アルフレッド」
待ち人であるベアトリスが森の中から姿を現した。
その挨拶の通り、日は沈みかけ、あたりは暗くなりはじめていた。
既に夜の虫の声が森の中に響いている。
ベアトリスはその美しい虫の旋律に乗せるように、自身のすきとおるような声を響かせた。
「やっぱりあの二人は役に立たなかったのね。まあ、最初から期待していなかったけども。ですがそのおかげでわたしに順番が回ってきた」
そしてベアトリスはその綺麗な声に、男を悩ませる視線まで付け加えて言った。
「抵抗せずに従って、アルフレッド。お願いだから。あなたを傷つけたくないの」
これにアルフレッドは首を振って言った。
「いいや、従うのはきみのほうだ」
そしてアルフレッドはベアトリスの誘惑の視線を力強い視線で押し返しながら声を上げた。
「きみをこの森から連れ出す。力ずくでもだ!」
叫びながらアルフレッドは岩から飛び降り、構えた。
両腕を盾にするように前に置いた形。
その両手に刃は無い。徒手空拳。
何があろうとこの戦いで抜く気は無い、そんな思いをアリスは感じた。
(アルフレッド……)
心配そうな呼び声をあげるアリス。
しかし今のアルフレッドにはその声は届かなかった。
そしてアルフレッドの思いに対し、ベアトリスは応えた。
「気が合うわね。わたしも同じ気持ちよ」
言いながら、ベアトリスも槍を前に構え、
「あなたをわたしのものにする! 力ずくでね!」
同じ気持ちを叫ぶと同時に、ベアトリスは踏み込んだ。
踏み込みの勢いを乗せて輝く槍を突き出す。
しかし明らかに槍先が届かない間合い。
だがそれで問題は無かった。
「!」
直後、その槍先から放たれる光はアルフレッドの瞳の中でふくらんだ。
槍先から光が伸び、アルフレッドの瞳に飛び込むように迫ってきたのだ。
これをアルフレッドは構えて置いた両腕で、手甲で防御した。
金属特有の甲高い衝突音と共に、光の粒子と火花が散る。
瞬間、アルフレッドは感じ取った。
ベアトリスが本気で片目をえぐるつもりだったのを。
そしてそんな残酷な攻撃はまだ終わりでは無かった。
次々と目にも止まらぬ速さの突きが繰り出される。
しかしその全てが即死を狙ったものでは無い。
深い傷にならないように手加減されている。
速いが、魔力量が少ない。
そしてその連撃の全てに同じ感情がこめられていた。
ちょっといたぶって上下関係を教えておかないと、そんな感情。
それはかつてのベアトリスであれば決して抱かぬ感情であった。
そして支離滅裂だ。
「あなたを傷つけたく無い」、先ほどそう言ったばかりなのに、今は本気でいたぶろうとしている。
アルフレッドはその原因を感じ取っていた。
ベアトリスの頭の中に植えつけられたあの果実が活発に活動している。
いたぶるという残酷な感情は果実によって引き起こされたものだ。
ならば、まだ彼女は心のどこかに残っている可能性がある。「傷つけたく無い」という気持ちはかつてのベアトリスからのものである可能性が高い。
だからアルフレッドは防御しながら精霊を展開し、
「ベアトリス、この精霊の作り方は君が教えてくれたんだ。覚えているかい?」
かつてのベアトリスに向けて尋ねた。
これに、ベアトリスも同じ蝶の精霊を展開しながら答えた。
「ええ、もちろんよ! 使い方までわたしが教えた!」
答え終わると同時にベアトリスはそれを使った。
繰り出す槍と共に精霊を放つ。
激しい横雨のような突きの連打に、蝶の攻撃が加わる。
これに対し、アルフレッドの選択はまたしても防御。
突きを手甲で、蝶を蝶で受け止める。
亀のように防御を続けるアルフレッド。
そんなアルフレッドにベアトリスは言葉を浴びせた。
「よく覚えているわ! ここでわたしが教えた! あなたとわたしはここでよく一緒に遊んでいた! 森に深く入ってはいけないという親の言いつけを無視してね!」
そしてベアトリスは笑みを浮かべて言った。
「その思い出の場所で待っていてくれたなんて、本当に嬉しい! 体が震えるくらい素敵だわ!」
笑みが狂気に走らせたかのように、言葉と共にベアトリスの攻撃は苛烈さを増した。
突きと同時に放たれる閃光が太くなる。魔力量が目に見えて増え始める。
「……っ!」
その苛烈さにアルフレッドの顔が歪み始める。
手甲で受けても、迸る魔力が皮膚を裂く。
だからアルフレッドは張り合うように両手を強く輝かせた。
閃光の嵐を光る両手で払う。
しかしそれでも状況は不利。
アルフレッドは受け流しているだけ。どうしても連打に押される。
強く打ち払って相手の体勢を崩さないと不利が続くだけ。
ゆえに、
(アルフレッド?!)
どうして反撃しないのかと、アリスが声を上げた。
これに、アルフレッドは(まだだ!)と答えた。
まだ早い、と。
なにを待っているの? アリスが当然のように問う。
これに、アルフレッドは(まだ調べなければならないことがある!)と答えた。
一体何を調べているのか、それもアリスは尋ねたが、その答えが返ってくることはなかった。
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