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第二章 アリスは不思議の国にて待つ

第十話 神と精霊使い(8)

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   ◆◆◆

 虫が使えないアルフレッドは一足先にバークリックの家に戻り、みなの帰りを待った。
 バーク達は日が沈む直前になってようやく戻ってきた。
 そしてバークは戦士達の疲労をねぎらうため、共に遅い夕食をとった。
 これにはアルフレッドもご一緒させてもらった。
 食事が終わる頃には完全に夜になっていた。
 今日はもう遅いし、あとは寝るだけだろう、アルフレッドはそう思っていた。
 だが、やる気満々の戦士が一人いた。
 アーティットは寝室に向かうアルフレッドを捕まえ、口を開いた。

「約束だ。ちょっと付き合ってもらうぞ」

   ◆◆◆

 そして二人は町のはずれにある広場で対峙した。
 照明は月明かりのみ。
 ゆえに二人の姿は影をまとっており、輪郭はおぼろげ。

「準備はいいか?」

 そのおぼろげな輪郭を揺らしながらアーティットが問う。

「ああ。問題無い」

 即答するアルフレッド。
 その威勢の良い返事に、アーティットは二人を見つめる観戦者に向かって口を開いた。

「クラリス、開始の合図を頼む」

 クラリスは頷き、口を開いた。

「双方、構えて」

 そしてクラリスは片手をまっすぐに上げ、

「はじめ!」

 手刀で眼前を真っ二つにするように、勢いよく振り下ろした。

「雄ォ!」

 開始と同時に踏み込んだのはアーティット。
 大ナタと同じ長さの木刀を真横に一閃。
 刀身がかすむほどの速さ。
 体内で星を爆発させて繰り出した一撃。
 木刀とはいえ、直撃すれば死に至る。
 だが、アーティットの心にそんな心配は微塵も無かった。
 こんな奇襲などアルフレッドには通じないことはわかっていたからだ。
 事実、アーティットの耳に響いたのは空を切った音だけであった。
 アルフレッドは後方に地を蹴ってかわしていた。
 双方の間合いは開いたまま。
 ゆえに、アーティットは左に振り切った木刀を切り返しながら踏み込んだ。
 そして繰り出されたのは左下から右上に振り上げる逆袈裟(ぎゃくけさ)。
 さらに振り上げた木刀を真下に振り下ろす唐竹割りに繋げる。
 しかしどちらも当たらない。
 なぜ当たらないのかアーティットは感じ取れていた。アルフレッドの心を読んでいた。
 アルフレッドは太刀筋を見切っているわけでは無い。
 常にこちらの剣の間合いから離れるように移動しているだけだ。
 こちらが踏み込めば同じ速度で下がる。
 徹底して回避のみ。
 今のアルフレッドに受けるという選択肢は無かった。
 そもそも剣を構えていない。
 その両手は徒手空拳のまま。
 アルフレッドもナタと同じ形状の木刀を有している。
 だが、それは腰の右にある鞘に挿されたままであった。
 アルフレッドは機を待っていた。
 アルフレッドは感知能力者では無い。
 そしていまは夜。月明かりがあるとはいえ、不利は否めない。
 ゆえにアルフレッドは目が慣れるのを待っていた。
 その思考をアーティットは読めていた。
 だからアーティットは、

「でぇやぁっ!」

 アルフレッドの目が慣れる前に勝利をもぎとろうと、速攻をしかけていた。
 心を読めるわけでは無いが、アルフレッドはその狙いが読めていた。
 だから回避に徹している。
 高速演算で音などの情報をすべて拾いながら、適切な間合いを計る。
 そして反撃の機は訪れつつあった。
 攻撃の初動がはっきりと識別できるようになってきていた。
 水平斬りや逆袈裟などの、既に見たことのある軌道は特にわかりやすい。
 ゆえにアルフレッドは回避方法を少し変えた。
 大きく避けるのではなく、小さな動きで避ける。紙一重を狙う。
 斬撃で生じる風圧を肌で感じることができる距離を保つ。
 より反撃をしやすくするための間合い管理。
 そして間もなく、

「せぇやっ!」

 その機はついに訪れた。
 繰り出された型は斜めに振り下ろす袈裟斬り。
 何度も見た軌道。
 ここだ、そう思ったアルフレッドは一歩踏み込んだ。

「破ッ!」

 気勢と共に迫る木刀に向かって手刀を繰り出す。
 生身で木刀とぶつかりあえば打ち負けるのが普通。しかも筋力と体重は相手のほうが上だ。
 されど、アルフレッドの放った手刀は発光していた。
 斜めに振り下ろされる木刀を受け流しながら払うように一閃。
 木刀と手刀が描く二本の線が十字に交差し、光の粒子が火花のように散る。

「!」

 瞬間、焦りの色を浮かべたのはアーティットのほうであった。
 攻撃を受け流されながら崩された、その言葉が脳裏に浮かぶよりも早く、アーティットは回避行動を取った。
 体を捻って身をそらしながら左に地を蹴る。
 直後、アーティットの目の前に光の線がまっすぐに走った。
 アルフレッドが繰り出した反撃の踏み込み突き。
 感知能力者で無ければ反応できなかったであろう一撃。
 反射によるものでは無い、アーティットは読んで避けた。
 だからアルフレッドの考えも、次の手もわかっていた。
 こっちの構えが整う前にたたみ掛けてくるつもりだ。
 突き出した左拳を引き戻しながら右、さらに左。
 軌道も間合いも手に取るようにわかる。
 ゆえに、アーティットはその二発を最小限の動作で避けた。
 繰り出される拳に対し、後退しながら背を浅くそらす。
 触れるか否か、そこでアルフレッドの腕が伸びきる。
 そんな紙一重の回避と同時に、アーティットは反撃の準備を整えた。
 木刀を握る右手が発光する。
 その光が伝染するように、木刀も同じ輝きに染まった。
 その輝きが二人の像をはっきりと闇夜の中に照らし出す。
 こうなると夜であることの有利はほとんど役に立たない。
 だが、その有利は既にあまり機能していない。
 ゆえにここからは存分に力を振るう。
 そしてアーティットはアルフレッドの拳をかわすと同時に、

「むんっ!」

 上段に構えた輝く木刀を振り下ろした。
 右に地を蹴ってこれをかわすアルフレッド。
 その回避は読めていた。
 だからアーティットは振り下ろした木刀を即座に切り返し、

「おらぁっ!」

 逃げたアルフレッドの方向に踏み込みながら左斜め上に振り上げた。
 左下から迫る光る斬撃を、右下から振り上げる軌道の手刀で迎え撃つアルフレッド。
 先と同じように十字に交錯する。
 が、

「っ!」

 今度はアルフレッドのほうが打ち負けた。
 木刀に押しのけられるような形で姿勢が崩れる。
 即座に木刀を切り返して追い討ちを放つアーティット。
 体勢を立て直すのは間に合わない。
 だからアルフレッドはそのまま後ろに転がった。
 反射的な行動。
 思考が短く、行動に移るまでが瞬間。ゆえにアーティットの反応はわずかに遅れた。
 しかしアルフレッドの回避は動作時間の長い後転。
 アルフレッドほどでは無いが、アーティットも同じ高速演算の使い手。
 ゆえに反応が遅れたことで追撃の好機を逃すことにはならなかった。
 後転中のアルフレッドに向かって踏み込み、一閃。
 アルフレッドは反応出来ていない。
 この勝負、勝った、緩慢な世界の中でアーティットはそう思った。
 が、直後、

「!?」

 アーティットは驚きに目を見開いた。
 アルフレッドが迎撃の動作に入ったのだ。
 この試合で初めて、アルフレッドは腰の得物に手をかけた。
 後転の回転軌道を横にねじり、その捻りの力を乗せながら抜刀。
 その刀身もアーティットと同じ輝きをまとっていた。
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