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第二章 アリスは不思議の国にて待つ

第十話 神と精霊使い(7)

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   ◆◆◆

 虫による誘導は長く続いた。明らかにヤギの視界が届かない森の奥深くまで。
 ニオイや足跡を頼りにした追跡では無い。
 にもかかわらず長く追える理由、それはあるものが熊に取り付けられているからであった。
 それは虫。
 ヤギが襲われた際、精霊は熊に数多くの虫を貼り付けたのだ。
 蛾がりんぷんを撒き散らしていくように、熊の体から落ちた虫が足跡のかわりになっているのだ。
 しかもその虫は信号を発して位置を知らせる機能を持つ。
 だから追うことが出来るのだ。
 しかしそれにも限界があった。
 先頭を歩いていたバークはある地点で足を止めて口を開いた。

「……ここで虫の信号が途絶えている」

 貼り付いていたすべての虫が力尽きた、そう考えられた。
 バーク達はかなり歩かされていた。熊はかなりの長距離を逃げていた。
 だからバークはその場にしゃがみこみ、熊の足跡を観察した。

「足跡の間隔が少し広い。早歩きで逃げている感じだな。我々の追跡に気付いているようだ」

 これにアーティットが尋ねた。

「その足跡を追うか?」

 バークは首を振った。

「いや、これ以上追うと日が沈む前に帰れなくなる。我々はここまでだ。足跡の追跡は精霊に任せる」

 さらにバークは他の手も打つことにした。

「熊が通りそうな獣道に精霊を配置しながら戻ろう。これは手分けしてやることにする。町に着いたら監視用の精霊を周辺に配置だ。牧場の周りは特に厳重にな」

 その言葉にアーティットは質問を返した。

「この辺りは『精霊の宿り木』が少ない。栄養はろくに取れないだろう。大メシ食らいの精霊を配置してもすぐに死んでしまうぞ」

 周辺の森に詳しいアーティットならではのその指摘に、バークは少し考えてから答えた。

「……ならば『卵』を使おう。大型獣が発する音に反応して羽化する卵を作れるか?」

 アーティットは即答した。

「熊の声に反応する卵は作れるが……」

 しかしその声は歯切れの良いものでは無かった。
 アーティットはその理由を説明した。

「このあたりには熊が多い。ヤギを襲った熊の声だけを拾うってのは難しいと思うぞ」

 アーティットは「だが、」と言葉を続けた。

「目当ての熊の声に特徴があって、その音声情報があるんなら話は別だがな。ヤギに宿らせていた精霊には、ヤギの目を利用した視覚機能しか持たせてなかったんじゃなかったか?」

 これにバークは頷いて口を開いた。

「その通りだ。だが、見た目の情報は細部まで手に入っている。これを利用すれば絞込みはできるだろう」

 具体的にどうやるのか、バークは説明した。

「宿り木に精霊を待機させておき、羽化の反応があったらその位置に向かわせ、熊がいたら識別させる。これでいこう」

 戦士達全員に向かってそう言ったあと、バークは再びアーティットのほうに視線を向けて尋ねた。

「宿り木の位置情報はもってるか? アーティット」
「一応もってるが……」

 しかしその返事はまたしても歯切れの良くないものであった。
 アーティットは直後にその理由を答えた。

「じいさんから受け継いだものでな、情報が古いんだ。俺の目で確認できたものに関してはちゃんと印をつけて更新しているが……まあ、その程度のものだ」

 バークは「それでいい」と、口を開いた。

「その位置情報を私も含めて全員に教えてくれ」

 アーティットは「わかった」と答えながら、左手の平を見せるように前に出した。
 手の平から虫が次々と生まれ、飛び立つ。
 そして虫たちは場にいる皆の頭に取り付き、もぐりこんだ。
 虫は脳内の記憶領域に貼り付き、結びついて一体化した。
 瞬間、場にいる全員の脳裏に同じ地図の絵が浮かび上がった。
 感知能力で全員に同じ絵が共有されたことを確認したバークは口を開いた。

「どの宿り木を担当するかは個人の判断に任せる。互いに情報を共有、更新しあいながら作業にとりかかってくれ」

 これに戦士達が頷きを返すと、バークは全員の顔を見回しながら最後の一言を放った。

「以上だ。散開しろ!」
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