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第二章 アリスは不思議の国にて待つ

第十話 神と精霊使い(3)

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   ◆◆◆

「お会いになるそうです。こちらへどうぞ」

 入ることを許されたアルフレッドは緊張の面持ちで足を踏み入れた。
 どうしてこんなことに、アルフレッドはそう思っていた。後悔していた。
 顔を合わせるつもりは無かった。店のほうに顔を出したらここに案内されて、そして会うことになってしまった。
 召使いを通して木材とお金を交換して終わり、それだけのはずだった。
 向こうも会いたくは無いはずだ。
 なのに招かれた理由、それはアルフレッドには一つしか思い浮かばなかった。
 だからアルフレッドは憂鬱だった。
 アルフレッドはその重い表情のまま居間に到着した。

「座りなさい、アルフレッド」

 第一声を放ったのは父親のほうであった。
 命令的な口調であったが、「座れ」ではないゆえにまだ優しいほうであった。

「……」

 アルフレッドは挨拶も無しに対面側のソファーに腰掛けた。
 直後に父は尋ねた。

「今日は何の用だ?」

 アルフレッドは答えた。

「木材が余っていたらわけてほしい。お金はちゃんと払う」

 久しぶりの親子の会話とは思えぬ温かみの無い応答。
 だが、双方ともにそれが当然というような表情であった。
 そして父は口を開いた。
 しかしその口から出た言葉は直前の問いに対しての答えでは無かった。

「……アルフレッド、儀式をちゃんと受ける気は無いか?」

 父から出たその言葉はアルフレッドにとって言語道断のものであった。
 ゆえに、

「断る」

 即答。
 アルフレッドはこれまでに何度も説明した理由をもう一度述べた。

「父上、何度も言ったはずです。あれは善いものでは無い。相手の脳を乗っ取り、支配するものです」

 これに父は反論した。

「しかしアルフレッド、神官達の性格や素行は儀式の前後でまったく変わっていないぞ。いつも通りに変わらず生活し、仕事を続けている」

 アルフレッドは説明した。

「記憶や経験まで全部乗っ取られるのだから当たり前でしょう」
「……」

 父は反論を重ねようとはしなかったが、納得はしていない様子であった。
 だからアルフレッドは神官になれない理由を付け加えた。

「それに何度も言ったように、私はもう感知能力者ではありません。神官の素質はとうの昔に失っています」

 それは反論のしようが無い言葉に思えたが、

「それについては問題はありませんよ?」

 直後、廊下のほうから響いた声に、一同は視線を向けた。
 そこには神官の格好をした女が立っていた。
 年はアルフレッドと同じくらい。
 その女のことをよく知っているアルフレッドはその名を呼んだ。

「ベアトリス……きみも来ていたのか」

 ベアトリスと呼ばれた女は答えた。

「あなたの気配を感じたので、つい勝手にお邪魔してしまいました。失礼をお許しください」

 これにアルフレッドの父は口を開いた。

「かまわない。きみならいつでも歓迎だ。おい、お茶をお出しして」

 父が妻に視線を向けながらそう言うと、妻は即座に立ち上がろうとした。
 これをベアトリスは静止するように口を開いた。

「おかまいなく。長居するつもりはありませんので。それに、この話は奥様にも聞いておいてほしい」

 そしてベアトリスはアルフレッドのほうに向き直ってから口を開いた。

「素質が無いから神官になれないとおっしゃっていましたが、それについては問題無いですよ? 試験の基準が変わったので。感知能力者じゃなくても神官になれるようになったのです。現に、感知能力に目覚めているはずが無い赤子が選ばれているでしょう?」

 じゃあなんでダミアンはダメだったんだ? アルフレッドの父はそれを聞きたくなったが、それよりも先にアルフレッドが口を開いた。

「それは、あの果実が善くないものだと見抜くことが出来る人間がいなくなったからだろう?」

 これに、ベアトリスはわざとらしく首をかしげ、大げさに肩をすくめながら答えた。

「さあ? 私は大神官様の心を読んだことはありませんので……どうして赤子に果実を与えるようになったのか、どうして試験の基準が変わったのか、その理由までは存じません」
「……」

 ウソか真かわからぬその言葉に、アルフレッドは何も聞き返さなかった。
 無駄だと思ったからだ。
 アルフレッドが黙っていると、ベアトリスは「それに、」と言葉を付け加えた。

「あなたは私の許婚ですから。勝手に決められた婚約相手ですが、私はあなたのことを気に入っていますし。私が口添えすればなんとかなると思いますよ?」

 たしかになんとかなるだろう。アルフレッドはそう思ったが、あの果実を頭に入れるのは論外であった。
 アルフレッドはその理由をあえて口に出した。

「……ベアトリス、きみは神官になる前はあの果実のことを嫌悪していたことを覚えているかい?」

 ベアトリスは頷いて答えた。

「もちろん。ですがちゃんとした理由はありませんでした。まだ子供でしたからね。果実がなんなのかよくわかっていないのに、理由も無く直感だけで嫌っていました」

 そしてベアトリスは一呼吸分の間を置いたあと、「だから、」と言葉を続けた。

「あなたも果実を受け入れればわかりますよ。これが悪いものでは無いことが」
「……」

 アルフレッドは沈黙を返した。
 沈黙の理由は父親が先ほど抱いた思いと同じであった。
 話を続けても平行線だろうというあきらめであった。
 だからアルフレッドは、

「……すまないが、なんと言われても俺は神官になるつもりは無い」

 拒絶の意思を表しながら一同に背を向け、

「それでは用事があるのでこれで帰らせていただきます」

 背中を向けたまま別れの挨拶を述べて場から立ち去った。
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