上 下
98 / 545
第二章 アリスは不思議の国にて待つ

第十話 神と精霊使い(2)

しおりを挟む
   ◆◆◆

 南の民たちは森を大切にしていた。
 切り開かれている場所は港の周辺と畑、そして道路の部分だけであった。
 住居に関しては違った。
 もとからある木を出来るだけ切り倒さない工夫がされていた。
 柱の一部として利用したりしていた。いわゆるツリーハウスもここでは珍しいものでは無かった。
 しかし常にそのように都合良く利用できるわけではない。
 回りこむために廊下が曲がりくねったり、やたらと階段が多くなったりと、明らかに不便なものになっている家屋がほとんどであった。
 まるでおとぎ話から出てきたような町並み。
 外部の者が見ればその幻想的な町並みに心奪われるだろうが、長く住んでいる住人にとっては不便なだけであった。
 だが住人は誰も文句を言わない。
 いや、誰もというのは間違いであった。例外はいた。
 その者は町のはずれに住んでいた。
 森の中と言って間違いでは無い場所。
 背の高い木々が乱立しており、昼間であっても薄暗い。
 ゆえに、

「痛っ!」

 その家の唯一の住人である青年は、廊下の曲がり角に足の小指をぶつけた。

「ああ、もう、なんでこんなにグネグネしてるんだよ、この廊下は」

 それはこの家が密集している木を切り開かずに建てられたからだ。
 よくわかっているその答えを自問自答しながら、青年は足を再び前に出した。
 が、次の瞬間、

「っ!?」

 床がぬけ、少年の足は廊下に埋まった。
 床板が腐っていたのだ。

「……このボロ屋め」

 文句をたれながら足を抜く。
 そして青年はこの問題を無視して廊下を渡ってしまおうかと思ったが、なんとか踏みとどまった。
 これは無視できない。この廊下は暗いから放っておけば大きな怪我につながる可能性が高い。
 だからなんとかしないと、そう思った青年は何をすべきかを確認するように呟いた。

「木の板か、床板のかわりになるものを手にいれないと」

 青年は突如できた外出の理由に少し憂鬱になりつつも、しょうがないと気を取り直し、足を前に出した。

   ◆◆◆

 青年は町にある店を訪ねた。
 家具や木材などを扱っているお店だ。
 だが、

「すまないな。渡せる木材は無いよ」

 店主の返事はよくないものであった。
 さらに、

「しばらくは木材は手に入らないと思う。神官達がきつい規制をかけててね」

 よくない返事はさらに悪い情報に変わった。
 店主はその理由を述べた。

「少し前の話だが、木が大量に切られたんだ。たぶん新しい船を作るんだと思う。その時にうちの木材も全部買われてしまってね。それでしばらくは木を切るのをひかえるようにと、神官が規制をかけたんだ」

 この場合の「ひかえるように」は、「やったら罰を与える」という意味だ。だから規制をかけている。神官は強い言葉をあまり使わないため、行動から考えを読まなければならない。
 しかし青年はまだあきらめる気は無かった。
 だから青年は尋ねた。

「どこかに備蓄を残してそうな店は無い?」
「うーん……そうだなあ」

 店主は少し考えてから答えた。

「港のそばの店を当たってみたらいいかもしれない」
「港のそばっていうことは、つまり……」
「ああ、そうだ。アルフレッド、お前の実家だ」
「……」
「イヤなら俺がかわりに――」

 アルフレッドと呼ばれた青年は店主の言葉をさえぎるように口を開いた。

「いや、大丈夫だよ。行ってみる。ありがとう」

   ◆◆◆

 港のそばには様々な交易品を扱う店があった。
 巨大な倉庫を有する巨大な店。
 外国の船から買い取って売るだけで無く、船を出して買い付けもやっている。
 あの店主が言っていたことは正解であった。そのための新たな船が建造されていた。
 そして巨大な店内は今日もそれなりに繁盛していた。
 扱っているものが安いものから高級品まで様々であるため、客層の幅は広い。
 しかしそこに店主の姿は無かった。
 店主はあまり店に顔を出さない。いつも別の仕事をしている。
 その店主は今日は珍しく店の奥にいた。
 店の奥には民家に繋がる通路があった。
 店主の家だ。
 店と同じく大きく豪華な家。
 財力の高さが一目でわかる。
 店主は店の奥に運び込ませておいた麻袋を一つ抱え上げ、通路から家の中へと入った。
 通路の先にあるドアは居間に繋がっており、そこでは妻がくつろいでいた。
 夫は玄関からでは無く、この通路から家に帰ってくることのほうが多い。
 ゆえに普段ならば妻は「おかえりなさい」と言うところだが、今日は違う言葉を響かせた。

「あら、それは何?」

 その麻袋はなんだと妻が尋ねると、夫は答えた。

「トウモロコシという野菜の種だ。はるか東の大陸のものでな。こっちでも栽培できるかどうか試してみようと思って取り寄せてみたんだ」

 そして夫は表情を渋いものに変えながら言葉を続けた。

「そのための農地を作るために、森を切り開く許可をもらいに行ったんだが……だめだったよ」

 夫は明らかにイラついた様子で言った。

「まったく神官達め、自分達が何かをするときは遠慮無く木を切るくせに。どこまでも身内に甘い連中だ」

 その言葉に反応した妻は口を開いた。

「アルフレッドが儀式を拒絶していなければこんなことには――」

 だが、妻のその言葉は夫には許せるものでは無かった。
 だから、

「あいつの話はするな」

 夫は妻の言葉を重い口調で遮った。
 しかし夫は妻の言葉で思い出したことがあった。
 だから夫はそれを尋ねた。

「そういえばダミアンはどうだった? 神官になるための試験を受けたはずだろう? 受肉の儀式はたしか今日だったのでは?」

 妻は答えた。

「だめでしたよ。怒らせたくないからあなたには直接言えなかったんでしょう。『今回も選ばれたのは赤ん坊だけ』でした」

 これに夫は怒ることは無かったが、不満は漏らした。

「まあ、あいつは感知能力者としてはぜんぜん駄目だからな……しかし、また神官が増えるのか。もうこの町の住人の三割は神官なんじゃないのか?」

 その通りであったが、妻は言葉を付け加えた。

「儀式を受けただけで神官としての仕事はしていない、名ばかりの人達ばかりですけれど……このまま神官が増えれば、身内にいない私たちの肩身は狭くなっていくでしょうね」

 その未来は簡単に想像できた。今でも狭いからだ。
 だから夫は提案した。

「じゃあ、優秀な能力者の養子でも取るか?」

 それは妻には悪くない提案に思えた。
 手っ取り早く神官になってもらって、今の息子のように離れたところで生活してもらえば、わずらわしくも無く、肩身の狭さも消える。もしかしたら神官が握っている利権の甘い汁も吸えるかもしれない。
 だから妻は、

「それは悪くない手かもしれないですね。ですが、神官になれるほどの感知能力者を手放す親がいるのでしょうか……?」

 同意を返すと同時に、疑問も返した。
 夫はすぐに思いついた答えを返した。

「奴隷商人に聞いてみることにしよう。なあに、金欲しさに優秀な子を手放すやつなんてめずらしくない。一人くらいすぐに手に入るかもしれないぞ」

 そうと決まれば早速、そう思った夫が立ち上がろうとした瞬間、召使いの声が居間に響いた。

「旦那様、よろしいでしょうか?」

 なんだ、と、夫が用件を聞くと召使いは答えた。

「御子息様がいらっしゃいました」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

伊賀忍者に転生して、親孝行する。

風猫(ふーにゃん)
キャラ文芸
 俺、朝霧疾風(ハヤテ)は、事故で亡くなった両親の通夜の晩、旧家の実家にある古い祠の前で、曽祖父の声を聞いた。親孝行をしたかったという俺の願いを叶えるために、戦国時代へ転移させてくれるという。そこには、亡くなった両親が待っていると。果たして、親孝行をしたいという願いは叶うのだろうか。  戦国時代の風習と文化を紐解きながら、歴史上の人物との邂逅もあります。

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~

イノナかノかワズ
ファンタジー
 助けて、刺されて、死亡した主人公。神様に会ったりなんやかんやあったけど、社畜だった前世から一転、ゆるいスローライフを送る……筈であるが、そこは知識チートと能力チートを持った主人公。波乱に巻き込まれたりしそうになるが、そこはのんびり暮らしたいと持っている主人公。波乱に逆らい、世界に名が知れ渡ることはなくなり、知る人ぞ知る感じに収まる。まぁ、それは置いといて、主人公の新たな人生は、温かな家族とのんびりした自然、そしてちょっとした研究生活が彩りを与え、幸せに溢れています。  *話はとてもゆっくりに進みます。また、序盤はややこしい設定が多々あるので、流しても構いません。  *他の小説や漫画、ゲームの影響が見え隠れします。作者の願望も見え隠れします。ご了承下さい。  *頑張って週一で投稿しますが、基本不定期です。  *無断転載、無断翻訳を禁止します。   小説家になろうにて先行公開中です。主にそっちを優先して投稿します。 カクヨムにても公開しています。 更新は不定期です。

Re:crossWORLD 異界探訪ユミルギガース

LA note (ら のおと)
ファンタジー
 舞台は、大阪万博が開催される前の年、2024年9月13日、西宮市の高校に通う生徒たちを乗せたバスが何もかもが巨大な異世界へ……そこで主人公達は朝のニュースで特集されていた10年前に行方不明になった幼稚園児達と出会う。しかも彼ら彼女らは10年前と同じ子どもの姿のままだった。一体この世界はどういう仕組みなのか?みんなで力を併せて謎を解き、元の世界へ戻る方法を探して行く。彼らは旅を続けて行くうちに元の世界へ戻る為に素材を集め、やがて機動巨神の力を手に入れる。ただそれこそが世界を混沌へと導く引き金となるとも知らず。ゆるい展開から彼らの成長により知らず知らずにダークファンタジーSFな展開へと!  幅広い年齢層はもちろんイラストはLA note自身が描いたどこか昔懐かしい面影の謎の美女や美少女から昔懐かしい主人公。そしてそれらを取り巻くちょっとアホな仲間達が織りなす異世界探訪記。現実世界と未来、過去がリンクしシリーズ毎に違うストーリー展開と同じ人物からの別視点。それらが複雑に絡み合い予測不能のストーリー展開となっています。 「灰色の月と赤い魔女」 「color by numbers」 投稿予定!も併せて是非読んでください。 表紙/全挿絵 LA note(ら のおと)

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

あのヒマワリの境界で、君と交わした「契約(ゆびきり)」はまだ有効ですか?

朝我桜(あさがおー)
ファンタジー
※小説家になろうから移設中!  赤き血の眷属『紅血人(フェルベ)』と青き血の眷属『蒼血人(サキュロス)』の間の100年にも及ぶ戦争。  だけどそんな長きにわたる戦争も終わった今日。  俺は国境付近で青い髪の少女アセナと出会った。  さかのぼること二年前、晴れて【霊象獣(クレプタン)】から人々を守る【守護契約士】なった俺ことアンシェル。  だけどある時、自分のミスで大先輩に大けがを負わせてしまったんだ。  周囲の人々は気に病むなと言ってくれたけど、俺はいたたまれない日々を過ごしていた。  でもそんなとき出会ったのが、そう……アセナだったんだ。    敵国のスパイに追われていたので一時保護しようとしたんだけど、どういうわけか渋り始め、事情を聞かないことを条件に俺は二人は護衛契約を結んだ。  まぁ……確かに惚れた腫れたの話じゃないといったらウソになる。  ただの色恋沙汰だったら、どんなに良かったことか。  案の定、彼女には秘密があって……。(全48話)

通史日本史

DENNY喜多川
歴史・時代
本作品は、シナリオ完成まで行きながら没になった、児童向け歴史マンガ『通史日本史』(全十巻予定、原作は全七巻)の原作です。旧石器時代から平成までの日本史全てを扱います。 マンガ原作(シナリオ)をそのままUPしていますので、読みにくい箇所もあるとは思いますが、ご容赦ください。

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

処理中です...