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第二章 アリスは不思議の国にて待つ
第十話 神と精霊使い(1)
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◆◆◆
神と精霊使い
◆◆◆
ヘルハルトが根城にしている森はずっと南まで繋がり広がっていた。
恐ろしく広大な緑色の迷宮。
外部の者は足を踏み入れようとはしない。
だが人の気配が無いわけでは無かった。
太古の時代から住む部族達の姿があった。
しかし、そんな彼らですら近づかない領域があった。
それは海に面した南端付近の森。
全体として高温多雨だが、地域によって気候は多少異なる。特に気温の南北差は大きい。
海に面した南端部は常夏であるが、北部は防寒具が必要になるほど冷え込む時がある。
その暖かい南の森は「神に守られた土地」と言われていた。
それは比喩表現では無かった。
ゆえに北の部族達は近寄ろうとはしないのであった。
◆◆◆
北と南の生活レベルには大きな差が存在した。
北の部族達が自然と共に暮らしているのに対し、南は対照的に文明的であった。
南はサイラス達の生活と大差無い。
地域由来の差はある。雨が多いゆえに高床式の住居が多いなどだ。
しかしそれだけである。海に面した港町が多く、外部との貿易は活発。ゆえに人々の生活の中には外国からの輸入品が多数見られる。
南は閉鎖的というわけでは無い。
しかし北の部族達は近寄らない。
北の部族と南の住人達は敵対しているわけでは無い。
なのに近寄らないのは理由があった。
だが、ほとんどの部族達はその理由を忘れてしまっていた。
部族としての自己同一性を守る、残っている理由はそれだけであった。
そして忘れられたその理由は「神」と関係があった。
◆◆◆
南の港町の各所には「信仰の場」と呼ばれる建物があった。
植物のツタやつる、様々な花の文様で装飾された建物。
城と呼べるほどの大きさでは無いが、普通の民家の数倍はある。
そしてその重々しい門を開けて中に入ると、長椅子が並んだ広間がある。
その広間で最初に目を引かれるもの、それは巨大な絵。
両手を合わせて祈りをささげる女の頭から木が生えている、そんな奇妙なものを描いた絵画。
描かれている木は生気にあふれ、絵画一面に枝を伸ばし、様々な実をつけている。
それ自体は美しいが、全体を見るとやはり不気味な印象はぬぐえない。
女の色彩が薄く描かれているゆえに、まるで女が木に寄生されているようにも見える。
そんな巨大な絵が広間の奥にかけられていた。
広間には既に多くの住人が集まっていた。
彼らはこれから始まるある儀式を待っていた。
絵画の下には祭壇があった。
絵や外壁の装飾と同じく、草木をモチーフにした祭壇。
絵と比べても見劣りしないほどに豪華で大きい。
それは「受肉の祭壇」と呼ばれていた。
集まった住人達はその祭壇を見つめ、儀式の始まりを待っていた。
そして間もなく儀式は始まった。
左奥のドアが開き、三人の神官が広間に入場する。
神官達はみな絵の女と同じ衣装を身にまとっていた。
そのうちの一人は両腕に何かを抱えていた。
それは赤ん坊だった。
三人の神官は祭壇の前に並び、赤ん坊を祭壇の上に置いた。
そして中央に立っていた年長者と思われる神官が声を上げた。
「『精霊使い』である私が『神』の声を代弁する!」
精霊使い、その者はそう名乗って言葉を続けた。
「神に仕えし者達よ、聞け! この赤子は神に選ばれた!」
広間に響くほどの大声であったが、赤ん坊が目覚める気配は無かった。
しかし死んでいるわけでは無い。呼吸で胸が上下しているのがわかる。
既に何かをされている、それは間違いなかった。
「祝福せよ! 新たな『神子』の誕生を!」
そして神官は声を上げながら懐からなにかを取り出した。
みせつけるようにそれを持つ手を掲げる。
だが、その手には何も無いように見えた。
しかし違った。
魂や虫の存在を感じ取れる者達にはそれが見えていた。
丸い形状をした虫の集合体。
感知能力者である信者達にはそれは金色に光っているように見えた。
ゆえにそれには見たままの名がついていた。
神官は直後にその名を叫んだ。
「神の許可のもと、この赤子に『黄金の果実』を与える!」
発光して見えるほどに養分を蓄えた力強い虫の塊、それが黄金の果実。
神官はそれを掲げたまま視線を赤子のほうに落とし、
「神の祝福をその身に宿し、我等にさらなる繁栄をもたらしたまえ!」
赤子の頭部に向かって、果実を振り下ろした。
神と精霊使い
◆◆◆
ヘルハルトが根城にしている森はずっと南まで繋がり広がっていた。
恐ろしく広大な緑色の迷宮。
外部の者は足を踏み入れようとはしない。
だが人の気配が無いわけでは無かった。
太古の時代から住む部族達の姿があった。
しかし、そんな彼らですら近づかない領域があった。
それは海に面した南端付近の森。
全体として高温多雨だが、地域によって気候は多少異なる。特に気温の南北差は大きい。
海に面した南端部は常夏であるが、北部は防寒具が必要になるほど冷え込む時がある。
その暖かい南の森は「神に守られた土地」と言われていた。
それは比喩表現では無かった。
ゆえに北の部族達は近寄ろうとはしないのであった。
◆◆◆
北と南の生活レベルには大きな差が存在した。
北の部族達が自然と共に暮らしているのに対し、南は対照的に文明的であった。
南はサイラス達の生活と大差無い。
地域由来の差はある。雨が多いゆえに高床式の住居が多いなどだ。
しかしそれだけである。海に面した港町が多く、外部との貿易は活発。ゆえに人々の生活の中には外国からの輸入品が多数見られる。
南は閉鎖的というわけでは無い。
しかし北の部族達は近寄らない。
北の部族と南の住人達は敵対しているわけでは無い。
なのに近寄らないのは理由があった。
だが、ほとんどの部族達はその理由を忘れてしまっていた。
部族としての自己同一性を守る、残っている理由はそれだけであった。
そして忘れられたその理由は「神」と関係があった。
◆◆◆
南の港町の各所には「信仰の場」と呼ばれる建物があった。
植物のツタやつる、様々な花の文様で装飾された建物。
城と呼べるほどの大きさでは無いが、普通の民家の数倍はある。
そしてその重々しい門を開けて中に入ると、長椅子が並んだ広間がある。
その広間で最初に目を引かれるもの、それは巨大な絵。
両手を合わせて祈りをささげる女の頭から木が生えている、そんな奇妙なものを描いた絵画。
描かれている木は生気にあふれ、絵画一面に枝を伸ばし、様々な実をつけている。
それ自体は美しいが、全体を見るとやはり不気味な印象はぬぐえない。
女の色彩が薄く描かれているゆえに、まるで女が木に寄生されているようにも見える。
そんな巨大な絵が広間の奥にかけられていた。
広間には既に多くの住人が集まっていた。
彼らはこれから始まるある儀式を待っていた。
絵画の下には祭壇があった。
絵や外壁の装飾と同じく、草木をモチーフにした祭壇。
絵と比べても見劣りしないほどに豪華で大きい。
それは「受肉の祭壇」と呼ばれていた。
集まった住人達はその祭壇を見つめ、儀式の始まりを待っていた。
そして間もなく儀式は始まった。
左奥のドアが開き、三人の神官が広間に入場する。
神官達はみな絵の女と同じ衣装を身にまとっていた。
そのうちの一人は両腕に何かを抱えていた。
それは赤ん坊だった。
三人の神官は祭壇の前に並び、赤ん坊を祭壇の上に置いた。
そして中央に立っていた年長者と思われる神官が声を上げた。
「『精霊使い』である私が『神』の声を代弁する!」
精霊使い、その者はそう名乗って言葉を続けた。
「神に仕えし者達よ、聞け! この赤子は神に選ばれた!」
広間に響くほどの大声であったが、赤ん坊が目覚める気配は無かった。
しかし死んでいるわけでは無い。呼吸で胸が上下しているのがわかる。
既に何かをされている、それは間違いなかった。
「祝福せよ! 新たな『神子』の誕生を!」
そして神官は声を上げながら懐からなにかを取り出した。
みせつけるようにそれを持つ手を掲げる。
だが、その手には何も無いように見えた。
しかし違った。
魂や虫の存在を感じ取れる者達にはそれが見えていた。
丸い形状をした虫の集合体。
感知能力者である信者達にはそれは金色に光っているように見えた。
ゆえにそれには見たままの名がついていた。
神官は直後にその名を叫んだ。
「神の許可のもと、この赤子に『黄金の果実』を与える!」
発光して見えるほどに養分を蓄えた力強い虫の塊、それが黄金の果実。
神官はそれを掲げたまま視線を赤子のほうに落とし、
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赤子の頭部に向かって、果実を振り下ろした。
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