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第二章 アリスは不思議の国にて待つ
第九話 ヘルハルトという男(13)
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◆◆◆
案内されたのは奥の部屋だった。
森の中であるうえに小さな窓が一つしか無いため薄暗い。
そのため昼間であるにもかかわらず、ろうそくが何本も灯っていた。
まるで病室だ、サイラスはそう思った。
なぜなら、唯一の窓際に置かれているベッドの上には、一人の若い女が寝かされていたからだ。
かなり若い。十台なかばごろに見える。
その少女の周りに三人の女が囲むように立っていた。
見守るようにでは無く、囲んでいると感じたのはあるもののせいだ。
左の壁ぎわに配置されているテーブルの上には、図面らしきものが何枚も乱雑に重ねられていた。
ろうそくに照らされて浮かんでいるその内容はサイラスには意味不明のものであった。
だから囲んでいると感じた。あの少女は実験台にされている、そう思ったからだ。
そんなサイラスが抱いた思いに対し、
「その通り。見た通りだ」
ルイスは正解だと応えた。
そしてルイスはサイラスから意識を外し、囲んでいる女の一人、老婆に向かって話しかけた。
「その子が書簡に書いてあった『有望株』か?」
これに老婆は頷きを返した。
「ええ。今回は豊作でございます。『前回もそうでした』が、『ルイス様の検査を通るものが少なく』、結果としてあのような弱い素体が選ばれることになってしまいましたが……」
その言葉にサイラスは引っかかった。
ルイスが重要な作業をやっていることが明らかだからだ。
そんなものが自分に務まるだろうか? 最近大工の声が聞こえ始めたばかりの自分に? 無理としか思えない。
しかしルイスは勝手に話を進めた。
「わかった。それでは私とサイラスでその子を見ることにする」
これに老婆は小さな礼を返し、口を開いた。
「よろしくお願いします」
他の女性達も老婆にならって小さく一礼。
そして老婆は女性達を引き連れて部屋から出て行った。
廊下から響く足音が離れていく。
その距離が十分なものになった直後、
「では始めよう」
ルイスは何かの開始を宣言した。
何を、と聞く前にルイスは答えた。
「ここで何が行われているのか、それはお前の想像通りだ。ここでシャロンの新しい体を選んでいる」
「……」
「そんなに緊張しなくていい。大した仕事じゃない。大工の声が聞こえるのであれば、誰にでも出来る仕事だ。やることは至極単純。シャロンの魂をこの素体に入れて、拒絶されないかどうかを大工の声で判断する。それだけだ」
確かに単純であった。
だが、サイラスには問題があった。
サイラスはようやくそれを声に出した。
「待て。お前は私に勝手に期待しているようだが、私は大工の声を普段から聞けるわけでは無いぞ?」
その言葉に、ルイスは「そういえばそうだったな」と返し、尋ねた。
「夢の中でしか聞いたことが無いのだったな?」
これにサイラスが「ああ」と頷くと、ルイスは「ちょうどいい」と言ってテーブルに歩み寄った。
テーブルの上には図面の他に、粉末の入ったガラス瓶があった。
ルイスはそれを手に取りながら言った。
「これは飲めば強制的に眠ることが出来る」
ベッドの上で寝ている彼女に使っている薬なのだろう。
ルイスはそれをスプーンで少しすくい、コップの中に入れた。
同じテーブルの上にあった水差しで水を注ぎ、かるくかき混ぜる。
そうしてわずかに濁った液体を、ルイスはサイラスに手渡した。
「……」
しかしサイラスはすぐには口をつけなかった。
サイラスは少し迷っていた。
シャロンの秘密は知りたいが、この仕事を引き継ぎたいという気持ちはやはり無い。
だが、これを飲んだら引き返せなくなるような気がする。
「……」
だからサイラスは迷っていた。
しかし魅力的な要素はある。
この技術を学べば擬似的な不死になれる可能性があるからだ。
不死、永遠の命、その言葉は甘美であった。
今の状況で無防備になるのは少し怖いが、話に乗る価値はある。
サイラスはそれを結論とし、コップの中の液体を飲み干した。
案内されたのは奥の部屋だった。
森の中であるうえに小さな窓が一つしか無いため薄暗い。
そのため昼間であるにもかかわらず、ろうそくが何本も灯っていた。
まるで病室だ、サイラスはそう思った。
なぜなら、唯一の窓際に置かれているベッドの上には、一人の若い女が寝かされていたからだ。
かなり若い。十台なかばごろに見える。
その少女の周りに三人の女が囲むように立っていた。
見守るようにでは無く、囲んでいると感じたのはあるもののせいだ。
左の壁ぎわに配置されているテーブルの上には、図面らしきものが何枚も乱雑に重ねられていた。
ろうそくに照らされて浮かんでいるその内容はサイラスには意味不明のものであった。
だから囲んでいると感じた。あの少女は実験台にされている、そう思ったからだ。
そんなサイラスが抱いた思いに対し、
「その通り。見た通りだ」
ルイスは正解だと応えた。
そしてルイスはサイラスから意識を外し、囲んでいる女の一人、老婆に向かって話しかけた。
「その子が書簡に書いてあった『有望株』か?」
これに老婆は頷きを返した。
「ええ。今回は豊作でございます。『前回もそうでした』が、『ルイス様の検査を通るものが少なく』、結果としてあのような弱い素体が選ばれることになってしまいましたが……」
その言葉にサイラスは引っかかった。
ルイスが重要な作業をやっていることが明らかだからだ。
そんなものが自分に務まるだろうか? 最近大工の声が聞こえ始めたばかりの自分に? 無理としか思えない。
しかしルイスは勝手に話を進めた。
「わかった。それでは私とサイラスでその子を見ることにする」
これに老婆は小さな礼を返し、口を開いた。
「よろしくお願いします」
他の女性達も老婆にならって小さく一礼。
そして老婆は女性達を引き連れて部屋から出て行った。
廊下から響く足音が離れていく。
その距離が十分なものになった直後、
「では始めよう」
ルイスは何かの開始を宣言した。
何を、と聞く前にルイスは答えた。
「ここで何が行われているのか、それはお前の想像通りだ。ここでシャロンの新しい体を選んでいる」
「……」
「そんなに緊張しなくていい。大した仕事じゃない。大工の声が聞こえるのであれば、誰にでも出来る仕事だ。やることは至極単純。シャロンの魂をこの素体に入れて、拒絶されないかどうかを大工の声で判断する。それだけだ」
確かに単純であった。
だが、サイラスには問題があった。
サイラスはようやくそれを声に出した。
「待て。お前は私に勝手に期待しているようだが、私は大工の声を普段から聞けるわけでは無いぞ?」
その言葉に、ルイスは「そういえばそうだったな」と返し、尋ねた。
「夢の中でしか聞いたことが無いのだったな?」
これにサイラスが「ああ」と頷くと、ルイスは「ちょうどいい」と言ってテーブルに歩み寄った。
テーブルの上には図面の他に、粉末の入ったガラス瓶があった。
ルイスはそれを手に取りながら言った。
「これは飲めば強制的に眠ることが出来る」
ベッドの上で寝ている彼女に使っている薬なのだろう。
ルイスはそれをスプーンで少しすくい、コップの中に入れた。
同じテーブルの上にあった水差しで水を注ぎ、かるくかき混ぜる。
そうしてわずかに濁った液体を、ルイスはサイラスに手渡した。
「……」
しかしサイラスはすぐには口をつけなかった。
サイラスは少し迷っていた。
シャロンの秘密は知りたいが、この仕事を引き継ぎたいという気持ちはやはり無い。
だが、これを飲んだら引き返せなくなるような気がする。
「……」
だからサイラスは迷っていた。
しかし魅力的な要素はある。
この技術を学べば擬似的な不死になれる可能性があるからだ。
不死、永遠の命、その言葉は甘美であった。
今の状況で無防備になるのは少し怖いが、話に乗る価値はある。
サイラスはそれを結論とし、コップの中の液体を飲み干した。
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