Iron Maiden Queen

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

文字の大きさ
上 下
91 / 545
第二章 アリスは不思議の国にて待つ

第九話 ヘルハルトという男(10)

しおりを挟む
   ◆◆◆

 そしてルイスは無事に目的地の街に辿り着いた。
 これで任務は終わり、そう思ったサイラスは歩きながらルイスに話しかけた。

「そういえば聞いていなかったが、ここには何の用で来たんだ?」

 司令官が自ら移動するという危険をおかしてまで、という言葉をサイラスは飲み込んで隠した。脳波を抑えた。
 だが、優秀な感知能力者であるルイスにはその程度の隠蔽技術では無意味であった。
 しかしルイスは何とも思わずに正直に答えた。

「ここに引っ越すためだ。司令部の機能をここに移そうと考えている」

 その答えは正直ではあったが、言葉足らずであることをサイラスは感じ取った。ルイスも隠そうとはしなかった。
 ルイスがここに引っ越す理由、それは司令部の機能性とは無関係であった。
 それとは別に「良いもの」がここには揃っているからであった。

   ◆◆◆

 ルイスはサイラスと別れ、早速その「良いもの」が集まっているところに足を運んだ。
 それは工房。
 多くの職人が集まる、巨大な鍛冶場だ。
 ルイスが図面をやり取りしていた場所はここであった。
 しかし今日からはいつでもすぐに話し合うことができるようになった。
 そして今日が会議の初日となる。
 ルイスはその会場である試験場へと足を運んだ。
 場には既に三人の職人が待っていた。

「お待ちしておりましたルイス様」

 その一人が姿を現したルイスに丁寧な挨拶を送る。

「ああ、よろしく頼む」

 ルイスは早々に挨拶を返したあと、テーブルの上に置かれているものを指差して尋ねた。

「これがそうか?」

 そこには、弾丸と銃が並べて置かれていた。
 それは以前ルイスが苦渋を飲んだ失敗作に見えた。
 だが、これは違うと、職人の一人が口を開いた。

「既に試射は済ませており、正常に動作することを確認しております」

 その言葉を聞きながら、ルイスは弾丸の一つを手に取った。
 紙で蓋をされた円柱型の弾丸。
 だが、その紙は前の失敗作とは違っていた。
 透けてみえるほどに薄い。
 たしかに、これならば撃てるだろうなと、ルイスは思った。
 前の紙は厚すぎた。あれでは熱が内部に通らない。
 しかし、これを採用するのは難しいかもしれないとルイスは思った。
 現状の輸送方法に耐えないからだ。これを使うのであれば輸送方法を変える必要がある。
 現在、弾丸は麻袋に詰め込まれて輸送されている。
 そんな扱い方では確実にこの薄紙は破れてしまうだろう。
 ルイスはそこまで考えたあと、弾丸をテーブルの上に戻して銃のほうを手に取った。
 その銃も以前のものとは違っていた。
 火皿が大きくなっているのだ。以前よりも多くの火薬を入れられるように空洞が大きくなっていた。
 前回失敗した原因の一つは熱量が足りなかったからだ。
 燃焼時間を増やせば熱は内部に蓄積する。至極単純な解決方法であった。
 しかしこれだと、発射時のエネルギーが以前よりも多く火皿側から抜けてしまうことになる。
 ゆえにこれも一長一短の改造であった。
 だが、この銃にはもう一つ手を加えられている箇所があった。
 ルイスはそちらのほうを楽しみにしていた。
 だからルイスは声を出して尋ねた。

「もう一つの改造というのは、銃身の内部に刻まれたこれのことだな?」

 銃口から内部を覗き込みながらルイスがそう尋ねると、それを考え出した別の職人が答えた。

「はい、そうです」

 職人は説明した。

「円柱型の弾を発射するにあたり、従来の銃身では弾道が安定しないという問題が明らかになりました」

 既に報告書で知っていたが、ルイスは頷きを返した。
 職人は説明を続けた。

「投石器で細長い石を投げた時と同じことが起きるのです。空中で弾が縦や横に回転してしまうのです」

 発射された物体は重心を中心に回転し、その回転によって空中でカーブする。無回転の弾を安定して投げ続けるのは難しく、ゆえに弾は丸型が好まれてきた。
 ならばどうすればいいのか、職人は答えた。

「しかしこれを解決する知恵は既に存在していました。弓矢です」

 職人は両手の指で矢の形を描きながら説明した。

「矢は末端に羽をつけていますが、これは矢を空中できりもみ回転させるためです。その回転によって弾道が安定します。なので私は銃の弾丸にも同じ回転を加えればいいのではないかと考え、その改造を思いついたのです」

 その言葉に、ルイスは再び銃口を覗き込んだ。
 銃口の内部には螺旋状の溝が何本も並んで掘られていた。
 しかし問題が一つある。ルイスはすぐに気づいた。
 どうやって弾丸にこの溝をなぞらせるかだ。
 だが、職人はその疑問を抱かれることは予想済みであったらしく、ルイスが尋ねるよりも早く答えた。

「その溝を弾丸になぞらせるために、円柱の直径を銃身よりもわずかに大きくします。金属製の円柱は圧縮されながら発射されることになり、溝に食い込むことになります」

 金属の質が安定していない現状では圧縮速度に差が生じる。加わる回転にもばらつきが生じるだろう、ルイスはそう思ったがそれは声には出さなかった。
 このアイディアがお手軽に採用できてしかも有効であることは明らかだったからだ。
 だからルイスは次のように声を上げた。

「このアイディアは即採用だ。すぐに書簡を飛ばしてくれ」

 では他のアイディアは不採用? 別の職人はルイスに尋ねようとしたが、それよりも早くルイスは再び口を開いた。

「点火についてのアイディアはまだ保留ということにしておいてくれ。まだ不採用かどうかは決められない」

 それはなぜか? その答えをルイスは足元に置いていたあの麻袋をテーブルの上に乗せながら述べた。

「これを使ってちょっと試したいことがある」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

処理中です...