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第二章 アリスは不思議の国にて待つ
第九話 ヘルハルトという男(8)
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◆◆◆
「何をしている?」
何があった? とは聞かなかった。見ればわかるからだ。
複数の男達が岩にはりつくように何かの作業をしている。
その男の一人が振り向いて答えた。
「一番でかいこいつを割ろうとしてるんですが、最近の長雨で導火線も火薬袋もしけっちまってて」
じゃあどうするのか、ルイスはそれを聞こうとしたが、男はそれよりも早く作業を終わらせて立ち上がり、口を開いた。
「こいつはあまり固くない石なんで、たぶんこれでいけると思います」
なにをどうしたのか、それを手っ取り早く知りたがったルイスは男の心を読んだ。
ハンマーで亀裂やくぼみをつくってその中に固形物をつめこんだようだ。
かなりの量をつめこんだらしく、空になった麻袋が岩のそばに落ちている。
何を詰め込んだのか見てみようと、ルイスはくぼみや亀裂の中を覗き込んだ。
読み取ったとおり、中に固形物がつめこまれている。
それはまるで透明度の低い白い水晶のような結晶体であった。
ルイスはそれを一つ手に取ろうとしたが、
「ルイス様、危ないのでさがってください」
そう言われては従うしか無かった。
男達と一緒に岩から距離を取る。
そして、ここからなら安全だと判断した男の一人がその場で足を止め、岩に向かって銃を構えた。
くぼみに狙いをさだめ、発射。
瞬間、
「「「!」」」
大きな爆発音が響き渡り、岩は砕けた。
亀裂が伸び広がるように割れたため、その場には複数の大石が残った。
これならハンマーと手作業で除去できる。
「よし、全員作業開始だ!」
ゆえに、銃を撃った男がそう叫ぶと同時に作業員達はハンマー片手に歩き出した。
叫んだ男も銃を片付けて作業に加わろうとしたが、
「待て、あの結晶はなんだ?」
ルイスはその肩を掴んで尋ねた。
男は即座に答えた。
「あれは雷汞(らいこう)です。火薬がしけってる時に代用で使っています。火薬と違ってこいつは湿気を吸わないんで。粉末にすれば火薬と同じように使えます」
「ちょっと見せてくれないか?」
ルイスがそう言うと、男は新しい麻袋からそれを取り出し、ルイスに手渡した。
先ほど見たのと同じ結晶体。薄白く、よく見るとほんのりと青みもある。
「……」
それをしばらく見つめながら先の爆発を思い出したあと、ルイスは口を開いた。
「火薬と同じように使えると言ったが、具体的な違いはあるか?」
男は答えた。
「そうですね……そいつのほうが燃えやすい感じですね。低い温度の炎でも簡単に燃えますよ」
火薬よりも着火しやすい、その特性は使えるのでは、そう思ったルイスは思わず口を開いた。
「こいつをくれ。袋ごと」
あまりに突然で正直困る命令であったが、
「え? ええ、もちろん。けっこうですよ」
総司令官の命令には逆らえなかった。
「ありがとう。本当に助かるよ」
ルイスはそんな男の逆らえない心情を感じ取ったゆえに、少し丁寧なお礼を返した。
そしてルイスは袋を受け取った直後に部隊に向かって叫んだ。
「作業中の者はそのまま除去作業を継続! 他の者達は戦闘準備!」
突然のことに、隣にいた男は再び驚いた。
ルイスは感じ取れていた。
左右の森の中に敵が潜伏しているのを。少しずつ近づいてきているのを。
しかしこいつらは大した連中では無い。既に虫を放って探らせたからわかっている。
最初はこちらが森に入るのを待っているのかと思ったが、虫の報告ではこいつらはこちらが足を止めた理由もわかっていなかった。先の爆音でようやくこちらが立ち往生していることに気付いた有様だ。
だからこれはちょうどいいとルイスは思っていた。
サイラスの力を見るにはとてもちょうどいい相手。ちょうどいい機会。
そして当のサイラスは近づいてくる敵のほうに既に前進を開始していた。
ルイスが声を上げる前からサイラスは部隊を展開していた。
だからルイスは安心して作業員に話しかけられたのだ。
そしてルイスは馬車に背を預け、楽な姿勢で戦況を見守り始めた。
代理とはいえ総司令官が奇襲されているというのに、その表情は余裕のものであった。敵はルイスが総司令官であることを知らないが。
ルイスの思考もその表情の通りであった。
(今回は高みの見物とさせてもらおう)
ルイスは余裕の思考で偵察用の虫を放ち、サイラスの戦いぶりをじっくりと楽しむことにした。
◆◆◆
戦いはサイラス達の圧勝に終わった。
これまでと何も変わらなかった。敵を恐怖で汚染し、倒して乗っ取る。
戦闘不能者が増えるほどに死神の拠点の数が増えるため、被害が加速的に増していく。
ゆえに敵がまともに戦えたのは開幕直後だけであった。
途中からはただの作業。
敵に近づいて斬る、それを繰り返すだけになっていた。死神による脳への直接攻撃のせいで敵はろくに抵抗出来ていなかった。
(ふむ……強いな)
その戦いぶりに、ルイスは簡潔な感想を抱いた。
だが、それだけでは無かった。
(しかし妙だ)
ルイスは気付いていた。
(サイラスの頭の中、戦闘にかかわると思われる神経回路の中に、明らかに動いていない回路があった)
ルイスは虫をサイラスの頭の中にもぐらせようとしたが、死神に防御されたせいでできなかった。
だからルイスには予想するしかなかった。
(まだ何か手を隠している? 本人も気付いていないようだ。……それとも、今まさに新たな何かが作られている途中なのか?)
いくら考えても予想の域を出ない。情報が足りない。
だから、
(まあ、考えても仕方ない。さらに強くなってくれるのであればなんでもいい)
ルイスは大雑把な結論を出し、思考を切った。
「何をしている?」
何があった? とは聞かなかった。見ればわかるからだ。
複数の男達が岩にはりつくように何かの作業をしている。
その男の一人が振り向いて答えた。
「一番でかいこいつを割ろうとしてるんですが、最近の長雨で導火線も火薬袋もしけっちまってて」
じゃあどうするのか、ルイスはそれを聞こうとしたが、男はそれよりも早く作業を終わらせて立ち上がり、口を開いた。
「こいつはあまり固くない石なんで、たぶんこれでいけると思います」
なにをどうしたのか、それを手っ取り早く知りたがったルイスは男の心を読んだ。
ハンマーで亀裂やくぼみをつくってその中に固形物をつめこんだようだ。
かなりの量をつめこんだらしく、空になった麻袋が岩のそばに落ちている。
何を詰め込んだのか見てみようと、ルイスはくぼみや亀裂の中を覗き込んだ。
読み取ったとおり、中に固形物がつめこまれている。
それはまるで透明度の低い白い水晶のような結晶体であった。
ルイスはそれを一つ手に取ろうとしたが、
「ルイス様、危ないのでさがってください」
そう言われては従うしか無かった。
男達と一緒に岩から距離を取る。
そして、ここからなら安全だと判断した男の一人がその場で足を止め、岩に向かって銃を構えた。
くぼみに狙いをさだめ、発射。
瞬間、
「「「!」」」
大きな爆発音が響き渡り、岩は砕けた。
亀裂が伸び広がるように割れたため、その場には複数の大石が残った。
これならハンマーと手作業で除去できる。
「よし、全員作業開始だ!」
ゆえに、銃を撃った男がそう叫ぶと同時に作業員達はハンマー片手に歩き出した。
叫んだ男も銃を片付けて作業に加わろうとしたが、
「待て、あの結晶はなんだ?」
ルイスはその肩を掴んで尋ねた。
男は即座に答えた。
「あれは雷汞(らいこう)です。火薬がしけってる時に代用で使っています。火薬と違ってこいつは湿気を吸わないんで。粉末にすれば火薬と同じように使えます」
「ちょっと見せてくれないか?」
ルイスがそう言うと、男は新しい麻袋からそれを取り出し、ルイスに手渡した。
先ほど見たのと同じ結晶体。薄白く、よく見るとほんのりと青みもある。
「……」
それをしばらく見つめながら先の爆発を思い出したあと、ルイスは口を開いた。
「火薬と同じように使えると言ったが、具体的な違いはあるか?」
男は答えた。
「そうですね……そいつのほうが燃えやすい感じですね。低い温度の炎でも簡単に燃えますよ」
火薬よりも着火しやすい、その特性は使えるのでは、そう思ったルイスは思わず口を開いた。
「こいつをくれ。袋ごと」
あまりに突然で正直困る命令であったが、
「え? ええ、もちろん。けっこうですよ」
総司令官の命令には逆らえなかった。
「ありがとう。本当に助かるよ」
ルイスはそんな男の逆らえない心情を感じ取ったゆえに、少し丁寧なお礼を返した。
そしてルイスは袋を受け取った直後に部隊に向かって叫んだ。
「作業中の者はそのまま除去作業を継続! 他の者達は戦闘準備!」
突然のことに、隣にいた男は再び驚いた。
ルイスは感じ取れていた。
左右の森の中に敵が潜伏しているのを。少しずつ近づいてきているのを。
しかしこいつらは大した連中では無い。既に虫を放って探らせたからわかっている。
最初はこちらが森に入るのを待っているのかと思ったが、虫の報告ではこいつらはこちらが足を止めた理由もわかっていなかった。先の爆音でようやくこちらが立ち往生していることに気付いた有様だ。
だからこれはちょうどいいとルイスは思っていた。
サイラスの力を見るにはとてもちょうどいい相手。ちょうどいい機会。
そして当のサイラスは近づいてくる敵のほうに既に前進を開始していた。
ルイスが声を上げる前からサイラスは部隊を展開していた。
だからルイスは安心して作業員に話しかけられたのだ。
そしてルイスは馬車に背を預け、楽な姿勢で戦況を見守り始めた。
代理とはいえ総司令官が奇襲されているというのに、その表情は余裕のものであった。敵はルイスが総司令官であることを知らないが。
ルイスの思考もその表情の通りであった。
(今回は高みの見物とさせてもらおう)
ルイスは余裕の思考で偵察用の虫を放ち、サイラスの戦いぶりをじっくりと楽しむことにした。
◆◆◆
戦いはサイラス達の圧勝に終わった。
これまでと何も変わらなかった。敵を恐怖で汚染し、倒して乗っ取る。
戦闘不能者が増えるほどに死神の拠点の数が増えるため、被害が加速的に増していく。
ゆえに敵がまともに戦えたのは開幕直後だけであった。
途中からはただの作業。
敵に近づいて斬る、それを繰り返すだけになっていた。死神による脳への直接攻撃のせいで敵はろくに抵抗出来ていなかった。
(ふむ……強いな)
その戦いぶりに、ルイスは簡潔な感想を抱いた。
だが、それだけでは無かった。
(しかし妙だ)
ルイスは気付いていた。
(サイラスの頭の中、戦闘にかかわると思われる神経回路の中に、明らかに動いていない回路があった)
ルイスは虫をサイラスの頭の中にもぐらせようとしたが、死神に防御されたせいでできなかった。
だからルイスには予想するしかなかった。
(まだ何か手を隠している? 本人も気付いていないようだ。……それとも、今まさに新たな何かが作られている途中なのか?)
いくら考えても予想の域を出ない。情報が足りない。
だから、
(まあ、考えても仕方ない。さらに強くなってくれるのであればなんでもいい)
ルイスは大雑把な結論を出し、思考を切った。
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