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第二章 アリスは不思議の国にて待つ
第九話 ヘルハルトという男(3)
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◆◆◆
そしてヘルハルト達は移動を開始した。
キーラ達から、魔王城からできるだけ遠く離れるように南東へ。
淡々とした大移動。
されど、運命の神はその淡々とした行程の中にも、奇妙な縁を仕込んでいたのであった。
「……ん?」
先に気付いたのはヘルハルトのほうであった。
人違いかも、と最初は思った。
こんな偶然、普通はありえないからだ。
正面からすれ違うように近づいてくる一団の中に、懐かしい気配を感じるからだ。
反乱軍と見える集団。
装備が魔王軍の正規兵のものではないから一目でわかる。
そしてその装備の中でも、
(あれが銃か)
ヘルハルトの目はその一つに釘付けになった。
ヘルハルトはしばらくその武器を見つめたあと、視線をある場所に戻した。
懐かしい気配を放つ男だ。
その男もこちらを見ていた。気付いているようであった。同じ感覚を共有しているようであった。
だからヘルハルトは確信をもって声を上げた。
「おいお前! もしかしてデュランか?!」
これに、デュランだけでなく、そばにいたサイラスやフレディ達も反応した。
その反応はヘルハルトの感知が正解であることの証明となった。
だからヘルハルトは足早にデュランのほうに近づいた。
デュランもサイラス達から離れ、ヘルハルトのほうに歩み出す。
そして目の前に相対する二人。
先に口を開いたのはデュランのほうであった。
「お前は?」
その言葉にヘルハルトは少しがっかりしながら言葉を返した。
「なんだまだわからないのか。お前の感は相変わらず俺ほどでは無いみたいだな」
その嫌味たらしい喋り方で、デュランはようやく気付いた。
「そのしゃくにさわる言い方、もしかしてヘルハルトか?」
この言葉に、ヘルハルトは両手を広げて喜びを表現したあと、笑顔で口を開いた。
「そうだ、正解だ! 懐かしき友よ!」
両手を広げたそのポーズはまるで抱きしめてくれと言わんばかりであったが、デュランがそうすることは無かった。
だからヘルハルトは表情を戻しながら口を開いた。
「本当に懐かしいな。元気にしていたか? いまなにしてるんだ?」
一度に複数の質問であったが、その両方に通じる答えをデュランはもっていた。
だからデュランはそれを言った。
「お前が出た直後に、故郷は魔王軍に占領された」
しかし直後のヘルハルトの言葉はデュランにとって意外なものであった。
「知ってるさ! 俺はお前が死んだと思っていた。だからさ! こんな素晴らしい再会があるか?!」
やはり大げさで芝居がかった喋り方だとデュランには感じられたが、言葉の内容自体はもっともであったゆえに、
「……ああ、そうだな。たしかにお前の言うとおりだ」
しかしその言葉には「ある感情」が含まれていた。
優秀な感知能力者であるヘルハルトにはそれが感じ取れたゆえに、
「……」
ヘルハルトは言葉を失った。
しかしそれはわずかな時間だった。
ヘルハルトはすぐに気を取り直した。
「……なるほどな。だからお前は魔王軍とやりあってるってわけか」
デュランは頷きを返したあと、同じ質問を返した。
「ヘルハルト、お前はいま何してるんだ?」
「商売だ」
即答であった。
だが、デュランは感じ取っていた。
一瞬であったが、何かの感情が湧き上がりかけたのを。
ヘルハルトがその感情を隠すように押さえ込んだのを。
なのでデュランは「何の」とは聞かないことにした。
聞かなくても予想がつくからだ。
だからデュランは再び先ほどと同じ「ある感情」を抱いた。
ヘルハルトもそれを感じ取った。
ゆえに、
「「……」」
二人のあいだには微妙な沈黙が漂った。
ヘルハルトはその空気を振り払うように口を開いた。
「……まあ、とにかく、久しぶりに会えて良かった」
言いながら、ヘルハルトは後ずさりするように距離を取り、
「じゃあ元気でな! お前に旅の神の祝福があらんことを!」
かつて遊牧民族であったご先祖様達が信仰していた神の名を叫び、それを別れの挨拶とした。
「ああ、お前にも同じ祝福があらんことを」
振り返ったヘルハルトの背中にデュランは同じ言葉を返したが、その言葉はヘルハルトの心には響かなかった。
なぜなら、デュランが抱いた「あの感情」がヘルハルトの心にトゲのように刺さっていたからだ。
だからヘルハルトはデュランから離れたあと、
「……っ」
機嫌が悪そうな表情を浮かべた。
デュランが抱いていた感情、それは「不信感」であった。
「軽蔑」の色も少し混じっていた。
だからイラついていた。
こんなに時間が経っても、あいつの自分への評価は変わっていない。
故郷の連中もそうなのかもしれない。
そう思うとますますイラつく。
ゆえにヘルハルトは、
「チッ」
部下のところに戻ると同時に舌打ちを漏らした。
「「「……」」」
なんでボスの機嫌が悪くなっているのか、それがわからぬゆえに部下達は何も言えなかった。
そしてヘルハルト達は移動を開始した。
キーラ達から、魔王城からできるだけ遠く離れるように南東へ。
淡々とした大移動。
されど、運命の神はその淡々とした行程の中にも、奇妙な縁を仕込んでいたのであった。
「……ん?」
先に気付いたのはヘルハルトのほうであった。
人違いかも、と最初は思った。
こんな偶然、普通はありえないからだ。
正面からすれ違うように近づいてくる一団の中に、懐かしい気配を感じるからだ。
反乱軍と見える集団。
装備が魔王軍の正規兵のものではないから一目でわかる。
そしてその装備の中でも、
(あれが銃か)
ヘルハルトの目はその一つに釘付けになった。
ヘルハルトはしばらくその武器を見つめたあと、視線をある場所に戻した。
懐かしい気配を放つ男だ。
その男もこちらを見ていた。気付いているようであった。同じ感覚を共有しているようであった。
だからヘルハルトは確信をもって声を上げた。
「おいお前! もしかしてデュランか?!」
これに、デュランだけでなく、そばにいたサイラスやフレディ達も反応した。
その反応はヘルハルトの感知が正解であることの証明となった。
だからヘルハルトは足早にデュランのほうに近づいた。
デュランもサイラス達から離れ、ヘルハルトのほうに歩み出す。
そして目の前に相対する二人。
先に口を開いたのはデュランのほうであった。
「お前は?」
その言葉にヘルハルトは少しがっかりしながら言葉を返した。
「なんだまだわからないのか。お前の感は相変わらず俺ほどでは無いみたいだな」
その嫌味たらしい喋り方で、デュランはようやく気付いた。
「そのしゃくにさわる言い方、もしかしてヘルハルトか?」
この言葉に、ヘルハルトは両手を広げて喜びを表現したあと、笑顔で口を開いた。
「そうだ、正解だ! 懐かしき友よ!」
両手を広げたそのポーズはまるで抱きしめてくれと言わんばかりであったが、デュランがそうすることは無かった。
だからヘルハルトは表情を戻しながら口を開いた。
「本当に懐かしいな。元気にしていたか? いまなにしてるんだ?」
一度に複数の質問であったが、その両方に通じる答えをデュランはもっていた。
だからデュランはそれを言った。
「お前が出た直後に、故郷は魔王軍に占領された」
しかし直後のヘルハルトの言葉はデュランにとって意外なものであった。
「知ってるさ! 俺はお前が死んだと思っていた。だからさ! こんな素晴らしい再会があるか?!」
やはり大げさで芝居がかった喋り方だとデュランには感じられたが、言葉の内容自体はもっともであったゆえに、
「……ああ、そうだな。たしかにお前の言うとおりだ」
しかしその言葉には「ある感情」が含まれていた。
優秀な感知能力者であるヘルハルトにはそれが感じ取れたゆえに、
「……」
ヘルハルトは言葉を失った。
しかしそれはわずかな時間だった。
ヘルハルトはすぐに気を取り直した。
「……なるほどな。だからお前は魔王軍とやりあってるってわけか」
デュランは頷きを返したあと、同じ質問を返した。
「ヘルハルト、お前はいま何してるんだ?」
「商売だ」
即答であった。
だが、デュランは感じ取っていた。
一瞬であったが、何かの感情が湧き上がりかけたのを。
ヘルハルトがその感情を隠すように押さえ込んだのを。
なのでデュランは「何の」とは聞かないことにした。
聞かなくても予想がつくからだ。
だからデュランは再び先ほどと同じ「ある感情」を抱いた。
ヘルハルトもそれを感じ取った。
ゆえに、
「「……」」
二人のあいだには微妙な沈黙が漂った。
ヘルハルトはその空気を振り払うように口を開いた。
「……まあ、とにかく、久しぶりに会えて良かった」
言いながら、ヘルハルトは後ずさりするように距離を取り、
「じゃあ元気でな! お前に旅の神の祝福があらんことを!」
かつて遊牧民族であったご先祖様達が信仰していた神の名を叫び、それを別れの挨拶とした。
「ああ、お前にも同じ祝福があらんことを」
振り返ったヘルハルトの背中にデュランは同じ言葉を返したが、その言葉はヘルハルトの心には響かなかった。
なぜなら、デュランが抱いた「あの感情」がヘルハルトの心にトゲのように刺さっていたからだ。
だからヘルハルトはデュランから離れたあと、
「……っ」
機嫌が悪そうな表情を浮かべた。
デュランが抱いていた感情、それは「不信感」であった。
「軽蔑」の色も少し混じっていた。
だからイラついていた。
こんなに時間が経っても、あいつの自分への評価は変わっていない。
故郷の連中もそうなのかもしれない。
そう思うとますますイラつく。
ゆえにヘルハルトは、
「チッ」
部下のところに戻ると同時に舌打ちを漏らした。
「「「……」」」
なんでボスの機嫌が悪くなっているのか、それがわからぬゆえに部下達は何も言えなかった。
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