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第二章 アリスは不思議の国にて待つ

第九話 ヘルハルトという男(2)

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   ◆◆◆

 ヘルハルト達の耳に前魔王の死と銃の話が伝わったのには理由があった。
 ルイスがキーラと同じことをしたからだ。
 ルイスは銃のことを大々的に宣伝させた。
 今は軍人しか手に入らない代物であったが、出来るだけ早期に民間まで流通させたいとルイスは考えていた。
 そして宣伝活動と同時にルイスの防衛線は少しずつ強化されていった。
 部隊が急に集まりはじめたからだ。都市制圧が急に順調になったからだ。
 理由はサイラスだった。
 ある部隊に合流した彼が素晴らしい活躍をしているという。
 それも指揮官としてでは無く、前線で戦う戦士としてだ。
 ルイスは何かが変わったサイラスとの再会を楽しみにしながら、自分の仕事をこなしていった。
 兵站を管理し、銃の強みを活かして魔王軍の攻撃を耐えた。
 その合間に、ルイスは別の仕事にも取り掛かっていた。
 それは――

   ◆◆◆

(やはり……)

 作業場である銃を試し撃ちしたルイスは思った。
 精度がぜんぜん足りない、と。
 その銃は無作為に選ばれた量産品のひとつであった。
 兵士達のほとんどに支給されているものだ。
 これでは狙っても当たらない。
 その欠点を補うために数を揃えている。弾幕の密度で精度の悪さを打ち消しているのだ。
 しかしやはり精度は必要だ。
 他にも必要な改良点はあるが、まずはこれだとルイスは考えていた。
 そして原因も既にわかっていた。
 弾丸が銃身内で振動しているからだ。
 銃身内を上下左右に跳ね返ったりしながら発射されている。
 これでは精度が出るわけが無い。
 だからルイスは銃と弾丸を用意しておいた別のものにとりかえ、試射した。
 弾丸は的の中央付近に命中。
 続けて発射。
 少しずれたが、これも中央付近に命中。
 だからルイスは再び思った。

(やはりな)と。

 その銃は特注品であった。
 銃身と弾丸が特別性なのだ。
 隙間が生じないように、職人が手をかけて作り上げた一品。
 銃口の直径と弾丸の直径がほぼ同じ。
 弾丸も真円に近くなるように研磨されている。
 これならばほとんど振動しない。だから狙える。
 だが、ルイスの考えは、

(しかしこれは論外だ)

 であった。
 一丁作るのにとんでもない時間がかかるからだ。弾丸も同様。
 これでは数を揃えられない。
 量産速度を重視した荒い作りでも実用に耐えられるもの、それがルイスの目指すもの。
 しかしこの特注品のおかげで自分の考えが正しいことが証明された。
 あとは新しいものを創造するだけだ。
 そう思ったルイスは早速作業にとりかかった。
 すでにルイスの頭の中には次の銃の図面が描かれていた。

   ◆◆◆

 部下に探りを入れさせている間も、ヘルハルトは精力的に働いていた。
 商品の質を管理し、流通の変化と利益の関係を監視する。
 だが、その流通に大きな変化が起き始めていた。
 その影響はついにヘルハルトのところにまで及んでしまっていた。

「ボス!」

 ヘルハルトが「なんだ」と聞き返すと、部下は答えた。

「ちょっと問題が……」

 しかし言いにくいことだったらしく、部下は即答しなかった。
 ヘルハルトは少しイラつきながら再び尋ねた。

「だからその問題とはなんだ」

 部下はおどおどしながら答えた。

「実は、その、前回発送した商品が届いてなかったんです」

 この言葉に、ヘルハルトは眉間にしわを寄せながら口を開いた。

「なぜだ?」

 これ以上怒らせたらまずい、それを感じ取った部下は即答した。

「軍隊に押収されちまったんです。その金払いの良い取引先も拘束されたみたいで」

 これにヘルハルトは再び「なぜだ」と思った。言葉には出さなかった。
 こういうことは何度かあった。
 しかしそれは昔の話だ。
 取引先周辺にいる軍の関係者は買収済み。
 ならばその軍そのものに、または軍の誰かになにかしらの変化があったということ。
 やはり新しい魔王の影響だろう。

(いや、)

 瞬間、ヘルハルトは言葉を付け加えた。
 それだけでは無いはず。言葉足らずだ。最近周辺で起きている軍事衝突の状況も関係しているだろう。
 反乱軍側が防戦一方になっており、防衛線を後退させていると聞く。
 少し前は取引先周辺は反乱軍側の制圧下にあったはずだ。
 いまは違う。反乱軍は取引先の町を放棄した。いまは新魔王軍の管理下にある。
 それが原因だろう。
 そしてもう一つの問題はこれからどうするかだ。
 商売をやめる?
 それは論外だ。
 だったらなんとかするしかない。
 そう思ったヘルハルトは早速行動することにした。

「この作業場を放棄する。引越しするぞ」
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