82 / 545
第二章 アリスは不思議の国にて待つ
第九話 ヘルハルトという男(1)
しおりを挟む
◆◆◆
ヘルハルトという男
◆◆◆
フレディ達の足が止まったのに対し、ルイスは忙しく動き続けていた。
ルイスは近くの指揮官と連絡を取り、次に取るべき動きを指示した。
だが、良い返事の数は多くは無かった。
多くがまだ都市制圧の途中、戦闘中であった。
しかしそれでも幸運はあった。
良い返事をした指揮官のほとんどが、二週間ほどで到着できる距離にいる部隊の者だったのだ。
そのおかげでルイスは早く防衛線を張りなおすことが出来た。
その際、ルイスは部隊を遮蔽物の無い場所に布陣させた。
いまの銃の弱点をルイスも認識していた。
だから都市の制圧が遅れている。
機動力のある魔法使いは屋根の上など、高低差まで利用してくる。いまの銃だけでは不利は否めない。
大砲があれば街そのものを破壊しながら制圧前進できるが、大砲はまだ数が少ない。
無いものはねだれない。しばらくは現状の戦力だけで戦うしかない。
だが、ルイスの心に焦りは無かった。
不利な戦いというものになれていたからだ。どうすれば粘れるのか、どうすれば少数戦力で反撃の機会を作れるのかを心得ているからだ。
しかし焦っていない理由はそれだけでは無かった。
この戦いの勝敗にかかわらず、自分の望みが叶うことはわかっていたからだ。
古き魔王を倒したという実績は得られた。十分な評価が得られた。
あとは何もせずとも銃は流通していくだろう。
されど勝ったほうがその望む未来を早くたぐり寄せられる。
だからルイスには油断も手抜きも無かった。
◆◆◆
ルイスの防衛線はじりじりと押されていった。
だが部隊に被害はほとんど無かった。
ルイスは徹底的な引き撃ちを指示していた。
いまは自分達が攻める側では無い。それは都市の制圧が終わり、戦力を呼び集めたあとでいい。
そうして守っているあいだに、ルイスが予想していたことは現実になった。
キーラが新しい魔王を大々的に名乗り、新政府を樹立したのだ。
魔王という象徴は変わらないが、それは体制の違う新国家のようであった。
キーラは第一に腐敗した過去の組織の切捨てを公言した。
前の魔王は魔法使いとしては優秀であったが、政治能力はさっぱりであった。
基本は恐怖政治。逆らう者には容赦しない。
しかし金や資源を出す相手にはとことん甘い。それがたとえ極悪人であっても。
ゆえに、魔王の国内には堂々と活動する犯罪組織があった。
キーラが「切り捨てる」と公言したものはそれであった。
◆◆◆
キーラによる新体制によって状況は変化しつつあった。
だが、その影響を強く受ける者達の多くはまだ気付いていなかった。
その者の一人、ある男は今日もいつもと同じ仕事をこなそうとしていた。
しかしその日は様子が違っていた。
「新しい魔王が誕生したというのは本当か?」
仕事場は雑談で賑わっていた。
作業員達が円陣を組んで話し合っている。
「前の魔王はどうなった?」
「やられたってよ」
「あの魔王を倒したってことは、そいつも相当の魔法使いってことか」
「いいや、どうやらそうじゃないらしい」
「? どういうことだ?」
「魔王は新しい武器にやられたんだとよ。話によると、強力な飛び道具らしい」
その話題は男にとってもとても興味深いものだった。
だから、
「その話、くわしく聞かせろ」
男は声を響かせながら、作業場の入り口をくぐった。
瞬間、
「「「ボス・ヘルハルト! おつかれさまです!」」」
作業員達は即座に整列し、気をつけの姿勢から挨拶の声を一斉に響かせた。
ヘルハルトと呼ばれた男はその挨拶に満足した様子も見せず、いつもの調子で口を開いた。
「さっきの話、もう一度言え」
作業員の一人が口を開く。
「魔王が倒され、新しい魔王が就任したそうです!」
ヘルハルトは首を振った。
「そこじゃない、その次のところだ」
作業員は慌てて言い直した。
「魔王は新しい武器にやられたそうです!」
ヘルハルトはそれについて尋ねた。
「どんな武器だ? それはどこで手に入る? どこでつくられている?」
一度にぶつけられた三つの質問に、作業員は言葉を詰まらせながら答えた。
「ええと……飛び道具だっていうこと以外はなにも……」
詰まらせて当然の情報の少なさであった。
だからヘルハルトは己の好奇心を満たすために必要な言葉を返した。
「感のいい手下を使って調べさせろ。使える人間は使えるだけ使え。費用もいくらかかってもいい。全て許可する。大至急だ」
指示された作業員は即座に一礼して、その場から離れた。
ヘルハルトはこの時すでに思い描いていた。
魔王を倒せるほどの武器、その力を使って君臨する王としての自分の姿を。
ヘルハルトという男
◆◆◆
フレディ達の足が止まったのに対し、ルイスは忙しく動き続けていた。
ルイスは近くの指揮官と連絡を取り、次に取るべき動きを指示した。
だが、良い返事の数は多くは無かった。
多くがまだ都市制圧の途中、戦闘中であった。
しかしそれでも幸運はあった。
良い返事をした指揮官のほとんどが、二週間ほどで到着できる距離にいる部隊の者だったのだ。
そのおかげでルイスは早く防衛線を張りなおすことが出来た。
その際、ルイスは部隊を遮蔽物の無い場所に布陣させた。
いまの銃の弱点をルイスも認識していた。
だから都市の制圧が遅れている。
機動力のある魔法使いは屋根の上など、高低差まで利用してくる。いまの銃だけでは不利は否めない。
大砲があれば街そのものを破壊しながら制圧前進できるが、大砲はまだ数が少ない。
無いものはねだれない。しばらくは現状の戦力だけで戦うしかない。
だが、ルイスの心に焦りは無かった。
不利な戦いというものになれていたからだ。どうすれば粘れるのか、どうすれば少数戦力で反撃の機会を作れるのかを心得ているからだ。
しかし焦っていない理由はそれだけでは無かった。
この戦いの勝敗にかかわらず、自分の望みが叶うことはわかっていたからだ。
古き魔王を倒したという実績は得られた。十分な評価が得られた。
あとは何もせずとも銃は流通していくだろう。
されど勝ったほうがその望む未来を早くたぐり寄せられる。
だからルイスには油断も手抜きも無かった。
◆◆◆
ルイスの防衛線はじりじりと押されていった。
だが部隊に被害はほとんど無かった。
ルイスは徹底的な引き撃ちを指示していた。
いまは自分達が攻める側では無い。それは都市の制圧が終わり、戦力を呼び集めたあとでいい。
そうして守っているあいだに、ルイスが予想していたことは現実になった。
キーラが新しい魔王を大々的に名乗り、新政府を樹立したのだ。
魔王という象徴は変わらないが、それは体制の違う新国家のようであった。
キーラは第一に腐敗した過去の組織の切捨てを公言した。
前の魔王は魔法使いとしては優秀であったが、政治能力はさっぱりであった。
基本は恐怖政治。逆らう者には容赦しない。
しかし金や資源を出す相手にはとことん甘い。それがたとえ極悪人であっても。
ゆえに、魔王の国内には堂々と活動する犯罪組織があった。
キーラが「切り捨てる」と公言したものはそれであった。
◆◆◆
キーラによる新体制によって状況は変化しつつあった。
だが、その影響を強く受ける者達の多くはまだ気付いていなかった。
その者の一人、ある男は今日もいつもと同じ仕事をこなそうとしていた。
しかしその日は様子が違っていた。
「新しい魔王が誕生したというのは本当か?」
仕事場は雑談で賑わっていた。
作業員達が円陣を組んで話し合っている。
「前の魔王はどうなった?」
「やられたってよ」
「あの魔王を倒したってことは、そいつも相当の魔法使いってことか」
「いいや、どうやらそうじゃないらしい」
「? どういうことだ?」
「魔王は新しい武器にやられたんだとよ。話によると、強力な飛び道具らしい」
その話題は男にとってもとても興味深いものだった。
だから、
「その話、くわしく聞かせろ」
男は声を響かせながら、作業場の入り口をくぐった。
瞬間、
「「「ボス・ヘルハルト! おつかれさまです!」」」
作業員達は即座に整列し、気をつけの姿勢から挨拶の声を一斉に響かせた。
ヘルハルトと呼ばれた男はその挨拶に満足した様子も見せず、いつもの調子で口を開いた。
「さっきの話、もう一度言え」
作業員の一人が口を開く。
「魔王が倒され、新しい魔王が就任したそうです!」
ヘルハルトは首を振った。
「そこじゃない、その次のところだ」
作業員は慌てて言い直した。
「魔王は新しい武器にやられたそうです!」
ヘルハルトはそれについて尋ねた。
「どんな武器だ? それはどこで手に入る? どこでつくられている?」
一度にぶつけられた三つの質問に、作業員は言葉を詰まらせながら答えた。
「ええと……飛び道具だっていうこと以外はなにも……」
詰まらせて当然の情報の少なさであった。
だからヘルハルトは己の好奇心を満たすために必要な言葉を返した。
「感のいい手下を使って調べさせろ。使える人間は使えるだけ使え。費用もいくらかかってもいい。全て許可する。大至急だ」
指示された作業員は即座に一礼して、その場から離れた。
ヘルハルトはこの時すでに思い描いていた。
魔王を倒せるほどの武器、その力を使って君臨する王としての自分の姿を。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
夫を愛することはやめました。
杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
私はいけにえ
七辻ゆゆ
ファンタジー
「ねえ姉さん、どうせ生贄になって死ぬのに、どうしてご飯なんて食べるの? そんな良いものを食べたってどうせ無駄じゃない。ねえ、どうして食べてるの?」
ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。
私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。
****リハビリに書いたのですがダークすぎる感じになってしまって、暗いのが好きな方いらっしゃったらどうぞ。
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
伯爵家の三男は冒険者を目指す!
おとうふ
ファンタジー
2024年8月、更新再開しました!
佐藤良太はとある高校に通う極普通の高校生である。いつものように彼女の伶奈と一緒に歩いて下校していたところ、信号無視のトラックが猛スピードで突っ込んで来るのが見えた。良太は咄嗟に彼女を突き飛ばしたが、彼は迫り来るトラックを前に為すすべも無く、あっけなくこの世を去った。
彼が最後に見たものは、驚愕した表情で自分を見る彼女と、完全にキメているとしか思えない、トラックの運転手の異常な目だった...
(...伶奈、ごめん...)
異世界に転生した良太は、とりあえず父の勧める通りに冒険者を目指すこととなる。学校での出会いや、地球では体験したことのない様々な出来事が彼を待っている。
初めて投稿する作品ですので、温かい目で見ていただければ幸いです。
誤字・脱字やおかしな表現や展開など、指摘があれば遠慮なくお願い致します。
1話1話はとても短くなっていますので、サクサク読めるかなと思います。
俺のスキル『性行為』がセクハラ扱いで追放されたけど、実は最強の魔王対策でした
宮富タマジ
ファンタジー
アレンのスキルはたった一つ、『性行為』。職業は『愛の剣士』で、勇者パーティの中で唯一の男性だった。
聖都ラヴィリス王国から新たな魔王討伐任務を受けたパーティは、女勇者イリスを中心に数々の魔物を倒してきたが、突如アレンのスキル名が原因で不穏な空気が漂い始める。
「アレン、あなたのスキル『性行為』について、少し話したいことがあるの」
イリスが深刻な顔で切り出した。イリスはラベンダー色の髪を少し掻き上げ、他の女性メンバーに視線を向ける。彼女たちは皆、少なからず戸惑った表情を浮かべていた。
「……どうしたんだ、イリス?」
アレンのスキル『性行為』は、女性の愛の力を取り込み、戦闘中の力として変えることができるものだった。
だがその名の通り、スキル発動には女性の『愛』、それもかなりの性的な刺激が必要で、アレンのスキルをフルに発揮するためには、女性たちとの特別な愛の共有が必要だった。
そんなアレンが周りから違和感を抱かれることは、本人も薄々感じてはいた。
「あなたのスキル、なんだか、少し不快感を覚えるようになってきたのよ」
女勇者イリスが口にした言葉に、アレンの眉がぴくりと動く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる