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第二章 アリスは不思議の国にて待つ

第九話 ヘルハルトという男(1)

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   ◆◆◆

  ヘルハルトという男

   ◆◆◆

 フレディ達の足が止まったのに対し、ルイスは忙しく動き続けていた。
 ルイスは近くの指揮官と連絡を取り、次に取るべき動きを指示した。
 だが、良い返事の数は多くは無かった。
 多くがまだ都市制圧の途中、戦闘中であった。
 しかしそれでも幸運はあった。
 良い返事をした指揮官のほとんどが、二週間ほどで到着できる距離にいる部隊の者だったのだ。
 そのおかげでルイスは早く防衛線を張りなおすことが出来た。
 その際、ルイスは部隊を遮蔽物の無い場所に布陣させた。
 いまの銃の弱点をルイスも認識していた。
 だから都市の制圧が遅れている。
 機動力のある魔法使いは屋根の上など、高低差まで利用してくる。いまの銃だけでは不利は否めない。
 大砲があれば街そのものを破壊しながら制圧前進できるが、大砲はまだ数が少ない。
 無いものはねだれない。しばらくは現状の戦力だけで戦うしかない。
 だが、ルイスの心に焦りは無かった。
 不利な戦いというものになれていたからだ。どうすれば粘れるのか、どうすれば少数戦力で反撃の機会を作れるのかを心得ているからだ。
 しかし焦っていない理由はそれだけでは無かった。
 この戦いの勝敗にかかわらず、自分の望みが叶うことはわかっていたからだ。
 古き魔王を倒したという実績は得られた。十分な評価が得られた。
 あとは何もせずとも銃は流通していくだろう。
 されど勝ったほうがその望む未来を早くたぐり寄せられる。
 だからルイスには油断も手抜きも無かった。

   ◆◆◆

 ルイスの防衛線はじりじりと押されていった。
 だが部隊に被害はほとんど無かった。
 ルイスは徹底的な引き撃ちを指示していた。
 いまは自分達が攻める側では無い。それは都市の制圧が終わり、戦力を呼び集めたあとでいい。
 そうして守っているあいだに、ルイスが予想していたことは現実になった。
 キーラが新しい魔王を大々的に名乗り、新政府を樹立したのだ。
 魔王という象徴は変わらないが、それは体制の違う新国家のようであった。
 キーラは第一に腐敗した過去の組織の切捨てを公言した。
 前の魔王は魔法使いとしては優秀であったが、政治能力はさっぱりであった。
 基本は恐怖政治。逆らう者には容赦しない。
 しかし金や資源を出す相手にはとことん甘い。それがたとえ極悪人であっても。
 ゆえに、魔王の国内には堂々と活動する犯罪組織があった。
 キーラが「切り捨てる」と公言したものはそれであった。

   ◆◆◆

 キーラによる新体制によって状況は変化しつつあった。
 だが、その影響を強く受ける者達の多くはまだ気付いていなかった。
 その者の一人、ある男は今日もいつもと同じ仕事をこなそうとしていた。
 しかしその日は様子が違っていた。

「新しい魔王が誕生したというのは本当か?」

 仕事場は雑談で賑わっていた。
 作業員達が円陣を組んで話し合っている。

「前の魔王はどうなった?」
「やられたってよ」
「あの魔王を倒したってことは、そいつも相当の魔法使いってことか」
「いいや、どうやらそうじゃないらしい」
「? どういうことだ?」
「魔王は新しい武器にやられたんだとよ。話によると、強力な飛び道具らしい」

 その話題は男にとってもとても興味深いものだった。
 だから、

「その話、くわしく聞かせろ」

 男は声を響かせながら、作業場の入り口をくぐった。
 瞬間、

「「「ボス・ヘルハルト! おつかれさまです!」」」

 作業員達は即座に整列し、気をつけの姿勢から挨拶の声を一斉に響かせた。
 ヘルハルトと呼ばれた男はその挨拶に満足した様子も見せず、いつもの調子で口を開いた。

「さっきの話、もう一度言え」

 作業員の一人が口を開く。

「魔王が倒され、新しい魔王が就任したそうです!」

 ヘルハルトは首を振った。

「そこじゃない、その次のところだ」

 作業員は慌てて言い直した。

「魔王は新しい武器にやられたそうです!」

 ヘルハルトはそれについて尋ねた。

「どんな武器だ? それはどこで手に入る? どこでつくられている?」

 一度にぶつけられた三つの質問に、作業員は言葉を詰まらせながら答えた。

「ええと……飛び道具だっていうこと以外はなにも……」

 詰まらせて当然の情報の少なさであった。
 だからヘルハルトは己の好奇心を満たすために必要な言葉を返した。

「感のいい手下を使って調べさせろ。使える人間は使えるだけ使え。費用もいくらかかってもいい。全て許可する。大至急だ」

 指示された作業員は即座に一礼して、その場から離れた。

 ヘルハルトはこの時すでに思い描いていた。



 魔王を倒せるほどの武器、その力を使って君臨する王としての自分の姿を。
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