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第二章 アリスは不思議の国にて待つ
第八話 もっと力を(12)
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◆◆◆
戦いのあと、サイラスは再び倒れた。
傷の化膿による高熱のせいだ。
いや、熱は細菌によるものだけでは無かった。
サイラスの頭の中で作業を続けているものがいた。
だからサイラスはまた夢を見ることになった。
そしてサイラスは再び自分と相対することになった。
もう一人の自分は出会うと同時に口を開いた。
「追撃の撃破成功、おめでとう――と言いたいところだが、悪いしらせがある」
なんだ、と、サイラスが聞き返すと、もう一人の自分は答えた。
「お前がこうして寝てる間にヤバイやつが近づいて来ている。オレグだ」
確かなのか? サイラスが聞き返すともう一人の自分は答えた。
「間違い無い。お前が寝てる間に虫に偵察させたからな。突然の異常事態に対して即座に最強戦力をぶつけようとしてくるとは俺も思っていなかった。だが、これは言い換えればあちらさんの手駒は少ないということかもな」
虫を使って調べたのならば本当なのだろう。しかしもう一人の自分が勝手にそんなことが出来ることに少し驚いたが、情報が確かならばそれどころでは無い。
だからサイラスは対策はあるのか? と尋ねた。
もう一人の自分は渋い顔で答えた。
「……悔しいが無いな。今は逃げるしかない」
あの技で立ち向かってはダメなのか? サイラスは続けて尋ねたが、もう一人の自分は即答した。
「まったく効かない可能性が高い。効いても少し動きが鈍る程度だろう」
なぜか、サイラスが理由を尋ねるまでも無くもう一人の自分は答えた。
「シャロンとオレグの戦いの時も俺は虫に観察させていたが、それでわかったことがある。おそらくだが、あいつは『大工に直接体を操縦させている』。だから脳をほとんど利用していない。ゆえに精神汚染の効果は薄いだろう」
頭を使わずに動いている、その言葉を聞いたサイラスは「バケモノか」と思った。
それについてはもう一人の自分も同じ意見だった。
だが、もう一人の自分のオレグに対しての印象は少し違っていた。
もう一人の自分はそれを声に出した。
「同じバケモノでも魔王は人間だった。強い人間というだけだった。だがやつは、オレグは違う。あれは同じ人間とは呼べない。俺達とは違う進化の道を歩み始めた新人類のような存在だ」
もう一人の自分は興奮しているのか、その口はよく動いた。
「しかもあいつは脳を利用していないが機械的に動いているわけじゃない。あいつには心がある。普段は感じられないが、統一された一つの意思が脳を介して表に出ることがある」
やはりもう一人の自分は興奮していた。
なぜなら、その口が笑みの形を作っているからだ。
もう一人の自分はその笑みを歪ませるように言葉を続けた。
「もしかしたら、あいつの大工は単純な多数決で動いているわけでは無いのかもしれない。情報が足りないから推測の域を出ないがな」
興奮に水を差すのは悪いと思い、サイラスは黙って意識を傾けていた。
だが、やはり疑問が浮かぶ。
いや、これは疑問とは違う。単純に知識不足によるものだ。だから理解が追いつかない。
「……ん?」
しかし幸いなことに、もう一人の自分はサイラスを置いてけぼりにしていることに気付いてくれた。
だからもう一人の自分は先とは違う笑みを浮かべながら口を開いた。
「すまんすまん。一人で勝手に喋ってしまってたようだな。お前にもわかるように大工のことをちゃんと説明してやる。少し長くなるが、我慢してくれ」
そしてもう一人の自分は淡々と説明を始めた。
それは確かに長い話であった。
サイラスにもわかるように言葉を選んでいるせいだ。
しかし我々には簡単に説明できる。そのための言葉がある。
大工は白血球などの免疫に似た存在であった。
体中のどこにでも自由に移動ができる。白血球と同じように血流に逆らって体内を移動することが出来る。
自力で栄養を確保できる機能も持ち、体内で自立している。
大きく違う点は大工は自由意思を持っているということ。まさしく体内の住人である。
自由があるといっても、彼らにも生活のための義務は存在する。
そして彼らにも共生関係のような社会があるため、己の義務以外の仕事が生じることもある。
そのような仕事に対しての積極性には個体差があるのだ。サイラスの大工のような怠け者もいるのだ。
サイラスはその説明を受けたあと、気付いた。
目の前にいるもう一人の自分の正体にだ。
もう一人の自分はそれを感じ取ったが、あえて「そうだ」とは言わず、サイラスの言葉を待った。
そしてサイラスは感じ取った通りの言葉を述べた。
「……もしかして、お前はその『大工の集合体』なのではないか?」
夢の中でサイラスは初めて己の声をはっきりと響かせた。
これまでは先に心を読まれていたからだ。心の中で喋るだけで答えが返ってきたからだ。
そしてサイラスがそう思った理由、それは単純だった。
普段はこいつの存在をまったく感じ取れないからだ。
サイラスは大工の存在を、免疫ような存在の活動を感じ取れるわけでは無い。
だがこうして話している時はわかる。言語などの脳の機能を勝手に使われているからだ。でなければこうして話せない。
まるで突然多重人格者になったかのような感覚。
しかし普段はその気配すら無い。
その理由にサイラスは気付いたのだ。
そして先の言葉は正解だった。
だからもう一人の自分は口を開いた。
「そうだ。俺は大工の集合体。普段はバラバラになって身を隠している。じゃないと反対派から大規模な攻撃を受けるからな。だからお前とずっと一緒にいることは出来ない。出来ないが、援護くらいはしているから安心しろ。その点でもお前の戦闘能力は以前よりマシになってるんだぞ? お前は気付いていないだろうがな」
感の良い読者はもうお気づきだろう。オレグも同じなのだ。
オレグも『大工の集合体』を利用して体を動かしているのだ。
しかしオレグのそれはあくまでもただの基礎技術。
オレグはさらに大工の手によって人体改造まで施されている。そうでなければ大工達が円滑に体を操縦できないからだ。
だからもう一人のサイラスはオレグの秘密に気付けたのだ。
戦いのあと、サイラスは再び倒れた。
傷の化膿による高熱のせいだ。
いや、熱は細菌によるものだけでは無かった。
サイラスの頭の中で作業を続けているものがいた。
だからサイラスはまた夢を見ることになった。
そしてサイラスは再び自分と相対することになった。
もう一人の自分は出会うと同時に口を開いた。
「追撃の撃破成功、おめでとう――と言いたいところだが、悪いしらせがある」
なんだ、と、サイラスが聞き返すと、もう一人の自分は答えた。
「お前がこうして寝てる間にヤバイやつが近づいて来ている。オレグだ」
確かなのか? サイラスが聞き返すともう一人の自分は答えた。
「間違い無い。お前が寝てる間に虫に偵察させたからな。突然の異常事態に対して即座に最強戦力をぶつけようとしてくるとは俺も思っていなかった。だが、これは言い換えればあちらさんの手駒は少ないということかもな」
虫を使って調べたのならば本当なのだろう。しかしもう一人の自分が勝手にそんなことが出来ることに少し驚いたが、情報が確かならばそれどころでは無い。
だからサイラスは対策はあるのか? と尋ねた。
もう一人の自分は渋い顔で答えた。
「……悔しいが無いな。今は逃げるしかない」
あの技で立ち向かってはダメなのか? サイラスは続けて尋ねたが、もう一人の自分は即答した。
「まったく効かない可能性が高い。効いても少し動きが鈍る程度だろう」
なぜか、サイラスが理由を尋ねるまでも無くもう一人の自分は答えた。
「シャロンとオレグの戦いの時も俺は虫に観察させていたが、それでわかったことがある。おそらくだが、あいつは『大工に直接体を操縦させている』。だから脳をほとんど利用していない。ゆえに精神汚染の効果は薄いだろう」
頭を使わずに動いている、その言葉を聞いたサイラスは「バケモノか」と思った。
それについてはもう一人の自分も同じ意見だった。
だが、もう一人の自分のオレグに対しての印象は少し違っていた。
もう一人の自分はそれを声に出した。
「同じバケモノでも魔王は人間だった。強い人間というだけだった。だがやつは、オレグは違う。あれは同じ人間とは呼べない。俺達とは違う進化の道を歩み始めた新人類のような存在だ」
もう一人の自分は興奮しているのか、その口はよく動いた。
「しかもあいつは脳を利用していないが機械的に動いているわけじゃない。あいつには心がある。普段は感じられないが、統一された一つの意思が脳を介して表に出ることがある」
やはりもう一人の自分は興奮していた。
なぜなら、その口が笑みの形を作っているからだ。
もう一人の自分はその笑みを歪ませるように言葉を続けた。
「もしかしたら、あいつの大工は単純な多数決で動いているわけでは無いのかもしれない。情報が足りないから推測の域を出ないがな」
興奮に水を差すのは悪いと思い、サイラスは黙って意識を傾けていた。
だが、やはり疑問が浮かぶ。
いや、これは疑問とは違う。単純に知識不足によるものだ。だから理解が追いつかない。
「……ん?」
しかし幸いなことに、もう一人の自分はサイラスを置いてけぼりにしていることに気付いてくれた。
だからもう一人の自分は先とは違う笑みを浮かべながら口を開いた。
「すまんすまん。一人で勝手に喋ってしまってたようだな。お前にもわかるように大工のことをちゃんと説明してやる。少し長くなるが、我慢してくれ」
そしてもう一人の自分は淡々と説明を始めた。
それは確かに長い話であった。
サイラスにもわかるように言葉を選んでいるせいだ。
しかし我々には簡単に説明できる。そのための言葉がある。
大工は白血球などの免疫に似た存在であった。
体中のどこにでも自由に移動ができる。白血球と同じように血流に逆らって体内を移動することが出来る。
自力で栄養を確保できる機能も持ち、体内で自立している。
大きく違う点は大工は自由意思を持っているということ。まさしく体内の住人である。
自由があるといっても、彼らにも生活のための義務は存在する。
そして彼らにも共生関係のような社会があるため、己の義務以外の仕事が生じることもある。
そのような仕事に対しての積極性には個体差があるのだ。サイラスの大工のような怠け者もいるのだ。
サイラスはその説明を受けたあと、気付いた。
目の前にいるもう一人の自分の正体にだ。
もう一人の自分はそれを感じ取ったが、あえて「そうだ」とは言わず、サイラスの言葉を待った。
そしてサイラスは感じ取った通りの言葉を述べた。
「……もしかして、お前はその『大工の集合体』なのではないか?」
夢の中でサイラスは初めて己の声をはっきりと響かせた。
これまでは先に心を読まれていたからだ。心の中で喋るだけで答えが返ってきたからだ。
そしてサイラスがそう思った理由、それは単純だった。
普段はこいつの存在をまったく感じ取れないからだ。
サイラスは大工の存在を、免疫ような存在の活動を感じ取れるわけでは無い。
だがこうして話している時はわかる。言語などの脳の機能を勝手に使われているからだ。でなければこうして話せない。
まるで突然多重人格者になったかのような感覚。
しかし普段はその気配すら無い。
その理由にサイラスは気付いたのだ。
そして先の言葉は正解だった。
だからもう一人の自分は口を開いた。
「そうだ。俺は大工の集合体。普段はバラバラになって身を隠している。じゃないと反対派から大規模な攻撃を受けるからな。だからお前とずっと一緒にいることは出来ない。出来ないが、援護くらいはしているから安心しろ。その点でもお前の戦闘能力は以前よりマシになってるんだぞ? お前は気付いていないだろうがな」
感の良い読者はもうお気づきだろう。オレグも同じなのだ。
オレグも『大工の集合体』を利用して体を動かしているのだ。
しかしオレグのそれはあくまでもただの基礎技術。
オレグはさらに大工の手によって人体改造まで施されている。そうでなければ大工達が円滑に体を操縦できないからだ。
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