上 下
69 / 545
第二章 アリスは不思議の国にて待つ

第八話 もっと力を(5)

しおりを挟む
   ◆◆◆

 サイラスは痛みの中でもがいていた。
 痛みで目を覚まし、また意識を失う、その繰り返し。
 いま自分は起きているのか、それとも夢の中なのか、またはその境にいるのか、その判断すらサイラスには出来なくなっていた。
 そのうつろな感覚の中でサイラスはおぼろげに感じ取っていた。
 自分のもとに魂が集まってきているのを。
 倒された仲間達の魂だ。
 みんな同じようなことを叫んでいた。
 なんとかしてくれ、と。指揮官が必要だ、と。
 しかし違うことを叫んでいる者達もいた。
 助けてくれと叫びながら逃げてきた者達もいた。
 その者達はなにかに追われていた。
 サイラスの意識は自然とそのなにかのほうに向いた。
 瞬間、

「っ!」

 サイラスの体は「びくり」と跳ね上がった。



 それは冷たく、おぞましいものであった。
 骸骨のようにやせ細っている。
 しかしその目は力強い悪鬼の如く。
 その身には死の気配がまとわりついている。
 死の象徴のような存在。
 娯楽話に出てくる死神のようだ、サイラスはそう思った。
 その表現は間違ってはいないように思えた。
 死神達は逃げ遅れた仲間の魂を捕まえ、食っていたからだ。

 これがこの世界の死後の世界。
 死後の世界、その言葉に心惹かれる者は多い。
 魂が肉体という監獄から開放され、永遠なる世界に冒険へと旅立つ。
 そんな幻想をテーマにした物語は数多い。
 だが、この世界のそれはそんなロマンチックなものでは無い。
 前にも言ったとおりこの世界の魂はただの道具である。非常に軽いコンピュータのような存在に過ぎない。脳内で複製も量産も可能。唯一無二の存在では無く、神秘性も貴重性も無い。
 肉体の生命活動が止まると時間と共に脳の神経網も死に、基本人格である理性と本能が終わりを迎える。そして夢物語と同じように魂は外に飛び出す。
 だが、それはロマンチックの始まりでは無い。開放でも無いし、永遠なる世界への旅立ちでも無い。
 単純に肉体にとどまる意味が無くなるからだ。
 ともに生活していた理性と本能はもういない。全ての内臓はその機能を停止し、魂への養分の補給も止まってしまう。
 だから飛び出す。外で食料を得るために。
 そうだ。この世界での死は新たなサバイバルの始まりでしかない。弱肉強食という摂理の延長戦が始まるだけなのだ。

 だからサイラスは仲間を助けなければ、と思った。
 だからサイラスはみんなこっちへ来いと、心の叫び声を響かせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

形だけの正妃

杉本凪咲
恋愛
第二王子の正妃に選ばれた伯爵令嬢ローズ。 しかし数日後、側妃として王宮にやってきたオレンダに、王子は夢中になってしまう。 ローズは形だけの正妃となるが……

処理中です...