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第一章 火蓋を切って新たな時代への狼煙を上げよ

第七話 美女と最強の獣(6)

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   ◆◆◆

 一方、シャロンは傷の手当を行っていた。
 破いた服を包帯がわりにして右肩の傷口にきつく巻きつける。

「……っ」

 しめつけによる痛みに、シャロンの顔が歪む。
 だが、歪んだ理由は痛みだけでは無かった。
 いくら考えても、先の疑問の答えが浮かばないのだ。
『前の自分』についての記憶。
 全てが思い出せないわけでは無い。
 そもそも、全ての記憶を引き継ぐのは非効率であり、記憶領域にも限界がある。
 だから生まれ変わる時には記憶を整理する。
 その作業をやっているのはルイスだ。生まれ変わりについてはほとんど彼に任せている。
 ルイスのことはおおむね信用している。
 だが、今回は失敗しているのではないか? そんな気がしてならない。
 強力な戦闘技術など、消してはいけないものまで消してしまったのではないか、そう思えてならない。
 だが、勘違いである可能性も高い。雑多な記憶が混じって組み合わされてしまっている可能性は十分にある。見聞きしただけの他人の技をかつての自分のものだと思い込んでいるだけかもしれない。そのような記憶の混乱の経験は一度や二度では無い。
 だからシャロンはただの気のせいだと、そう思い込むことにした。
 が、次の瞬間、

“本当にそうかしら?”

 謎の声が頭の中に響いた。

「!?」

 驚いて耳を澄ます。
 だが、その警戒に意味が無いことは分かっていた。
 既に奇襲に備えて周囲に虫を展開している。聞き漏らすことはありえない。音波は響いていない。
 じゃあ今の声は?
 まさか自分の頭の中だけで響いたのだろうか? 幻聴?
 これは一度ルイスにちゃんと見てもらったほうが良さそうね、シャロンがそう思った直後、

「!」

 虫から届いた警告のしらせに、シャロンは反射的に身構えた。
 ついにあいつが動き始めたのか、そんな自分の心の声と共に恐怖が沸きあがり始める。
 その邪魔な感情をねじ伏せながら、銃を構える。
 次の魔王に戦いを仕掛けた以上、あいつと対峙することになるのはわかりきっていたこと。覚悟はとうに出来ている。
 シャロンはその覚悟と共に、路地の奥に銃口で狙いをつけた。
 普通に近づいてくるのであれば、やつはこの長い直線の奥に姿を現すことになる。
 奇襲するとしたら屋根上からくらいだが、そっちへの警戒も既に万全。
 シャロンはそう考えていた。
 が、

「?!」

 直後、耳に届いた音にシャロンは驚いた。
 その音はシャロンの左手側にある壁の向こうから鳴り響いていた。
 音は一度では無く、立て続けに何度も響いた。
 硬いものを砕く音。
 金属音も混じっている。
 そしてその音はこちらに近づいてきていた。
 まさか、と思うよりも早く、シャロンはその場から離れた。
 家の中にも虫を配置しておいて正解だった。
 だが、一つ誤算があった。
 相手を振り切れないのだ。
 逃げるこちらを常に直線で追って来ている。
 とんでもなく速い。もうすぐ追いつかれる。
 そして破壊音がうるさいほどに近づいたと同時に、シャロンは迫る音に向かって銃を構えた。
 そして直後、やつはシャロンが思った通りに登場した。

「破ッ!」

 気勢と共に繰り出された体当たりのような大盾の一撃で、オレグは壁を突き破ってきた。
 その強引な突破によって放たれた石壁の散弾を、鋭くかつ大きく横に跳んで避けるシャロン。
 そして横っ飛びになりながら、緩慢な時間の中でシャロンは狙いを定めた。
 やはり大盾のせいで正面はまったく射線が無い。
 ゆえの大きな横っ飛び。
 そして間も無く、

(見えた!)

 盾の横からのぞき見えたわき腹に向けて、シャロンは射撃した。
 が、

「!?」

 オレグは射撃と同時に鋭くシャロンのほうに向き直り、銃弾を大盾で弾いた。
 その動きはこちらの心を読んでのものなのか、それとも単純にこちらを追尾しただけのたまたまの防御なのか、シャロンには判断がつかなかった。
 なぜなら、オレグの心は読めないことが多いからだ。
 オレグの脳内はまるで闇夜のように暗く静か。脳がほとんど活動していない。
 ならば、彼はどうやって動いているのか。
 反射では無い。それならば本能の領域が活動する。
 相手の脳波を読んで裏を突くという、感知能力者がよく使う手はこのオレグにはほとんど役に立たない。
 そしてゆえに、

「!」

 シャロンも当然のように反応が遅れる。
 シャロンは直後にオレグが繰り出した盾による反撃の一撃を跳び直して避けようとしたが、

「がはっ!」

 地を後方に蹴り直した直後、大盾による突き飛ばしがシャロンの体に炸裂した。
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