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第一章 火蓋を切って新たな時代への狼煙を上げよ
第六話 豹と熊(17)
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「っ!」
ニコライが表情を歪めたまま、残しておいた左爪を繰り出す。
迫るギロチンを真上に跳ね上げようと、ニコライの左爪が食らいつく。
が、
(何!?)
そのギロチンは突きよりもはるかに重い一撃であった。
剛の力が乗っていない左爪では軌道を少しそらすだけで精一杯。
しかしこれだけでは顔面を分割される。
だからニコライは首と背を全力でそらした。
刃の軌道からニコライの顔面が下に逃げる。
ゆえにサイラスは動きを変えた。
己の体をニコライに密着させるように身を寄せながら、逆手持ちにしている長剣の鍔をすれ違う相手の肩に叩き付けた。
互いにすれ違うように動いているため、押し当てられている箇所は鍔から滑って刃の根元に。
「っ!」
刃が肩に食い込む感触に、ニコライの表情がさらに歪む。
こちらに倒れるように体重をかけている。ゆえに押し返せない。
だからニコライは、
「ぐおぉっ!?」
声を上げて己の体に活を入れ、背をそらしたまま刃から逃げるように体をねじった。
痛みに抗っているからか、その叫び声は悲鳴のような気勢であった。
だが、体を捻った程度では長剣の間合いからは逃れられない。
そしてニコライはすれ違うサイラスに背を向けるように体をねじったがゆえに、肩から入った刃は背中を撫でるように横断していった。
「「……っ!」」
そしてサイラスとニコライはすれ違った直後に同時に膝をついた。
ニコライの肩と背中は既に真っ赤に染まっていた。
ほうっておけば失血死することが医者で無くてもわかる傷。
見た目という点ではサイラスも似たようなものだった。
レイラとニコライからつけられた爪痕は、どれもまるで熊に引っ掻かれたかのような傷であった。
わき腹の傷は特に危険だった。皮一枚で繋がっているような状態であった。
されど、これがサイラスが導き出した道筋。
自分の命を拾いつつ、三人の中で最も強いニコライに深手を負わせる、それが今のサイラスにとっての最善の答え。
しかし命拾いしたとはいえ、もはやろくに動くことが出来ないほどの傷。
だが問題は無い。
なぜなら、
「シャァァッ!」
デュランや、
「大将ーッ!」
フレディ『達』がいるからだ。
今はもうデュランとフレディの二人だけでは無かった。
フレディの背後には援護のためにこの死地に飛び込んできた兵士達がいた。
手を貸してほしいというフレディの願いは皆の心に響いていたのだ。
その声とサイラスの気勢に心打たれた者達が、逃げるのをやめて戻ってきたのだ。
「ッラァ!」
その中でも先頭を走っていたデュランが、サイラスへの追撃を阻止するために光る爪を繰り出す。
ニコライから学んだ闇夜からの一撃。
「破ッ!」
ユリアンが同じ闇夜からの一撃で迎え討つ。
が、
「!?」
ユリアンの放った剛の一撃は「一方的に」弾き返された。
同じ技術から繰り出された一撃にもかかわらず、これほどまでの差が?! そんな驚きの色にユリアンの顔が染まり、衝撃に姿勢が崩れる。
「ユリアン!」
倒れかけているユリアンを守るために、直後にレイラがデュランに向かって踏み込む。
そしてぶつかり合うデュランとレイラの爪。
レイラの一撃は剛のものでは無かった。
が、
「!」
デュランの一撃はレイラの爪に止められた。
最初は押し切れるかのように見えた。が、デュランの爪はその勢いを殺され、レイラの顔前で止められてしまった。
最初のぶつかり合いは爪同士だったが、レイラは押されながらその手から防御魔法を展開していた。
レイラの防御魔法を鏡と見立てたかのように、二人の五指は寸分違わず鏡合わせのように重なっていた。
されど、デュランの爪は防御魔法で止められたわけでは無い。
これはただの保険。せめぎ合う爪の拮抗が崩れて、手の平に食い込まないようにしているだけのもの。
ではなぜか。その秘密はやはりレイラの腕の中で起きていた。
彼女の腕の中には星空が広がっていた。
だが、普通の星空では無い。
一つ一つの星が非常に小さい。
レイラはその小さな星々を少しずつ、そして連続で消費してデュランの爪を止めたのだ。
それは衝撃吸収材、すなわちクッションと同じ原理であった。
十の力を止めるには十の力が必要である。
だが、十の力を瞬間的に放出する必要は無い。一を十回でも問題無いのだ。そしてこのやり方であれば関節や筋肉への負担が少なくて済む。
これはレイラ自身が編み出した独自の技術。豹が持つしなやかさからひらめいた技であった。
そして彼女は直後に同じやり方でデュランの爪を押し返しにかかった。
小さな力を連続的に加え、デュランの爪を押しながら加速させていく。
ある位置で星を爆発させて急加速し、相手の虚を突く。レイラはそう考えていた。
が、
「!?」
レイラの爪はデュランの顔前で止まった。
なぜか。
それをレイラは感じ取れていた。
デュランはレイラの真似をしたのだ。
初見で技を学び、それを直後に実践してみせた?! それはレイラには信じ難いほどの驚きであった。
そしてデュランは直後にレイラをさらに驚かせた。
「?!」
なんと、デュランはレイラの技と剛体術を組み合わせたのだ。
闇夜の中から星々が連続的に、加速的に連鎖するように爆発していく。
「っ!」
しなやかで圧倒的なその力に、レイラの爪が一方的に押し返される。
その力強さは爪を押すだけにとどまらず、レイラの姿勢を崩し、体ごと押し飛ばした。
たまらずユリアンと共に距離を取り直すレイラ。
それを見たデュランは膝をついたまま立てないでいるサイラスを庇うように、前へ仁王立ちしながら口を開いた。
「心配するなサイラス、後は任せろ」
そう言ったあと、デュランはサイラスの様子を窺うかのようにしゃがみ、
「その代わり、これを借りるぞ」
長剣をサイラスの手から譲り受けた。
直後、フレディ達が真後ろに到着。
デュランは振り返らずに、フレディ達に対して声を上げた。
「サイラスを頼む!」
言われずともそうするつもりだった。ゆえに、
「承知!」
フレディは即答しつつ仲間達と共にサイラスを担ぎ上げ、走り出した。
「「「……!」」」
離れ始めるその背を追うことが出来ない影達。
なぜなら、デュランの手にある長剣が既に輝いているからだ。
あの時と同じように、脈打つように光っている。
まるで心臓と繋がっているかのように、剣が腕の延長になったかのように、脈打つ血管のようにそれは鼓動していた。
その鼓動と共に発せられる波を影達は感じ取っていた。
ゆえに動けなかった。
剣を使って何をしようとしているのか、その情報が波に含まれていたからだ。
ニコライが表情を歪めたまま、残しておいた左爪を繰り出す。
迫るギロチンを真上に跳ね上げようと、ニコライの左爪が食らいつく。
が、
(何!?)
そのギロチンは突きよりもはるかに重い一撃であった。
剛の力が乗っていない左爪では軌道を少しそらすだけで精一杯。
しかしこれだけでは顔面を分割される。
だからニコライは首と背を全力でそらした。
刃の軌道からニコライの顔面が下に逃げる。
ゆえにサイラスは動きを変えた。
己の体をニコライに密着させるように身を寄せながら、逆手持ちにしている長剣の鍔をすれ違う相手の肩に叩き付けた。
互いにすれ違うように動いているため、押し当てられている箇所は鍔から滑って刃の根元に。
「っ!」
刃が肩に食い込む感触に、ニコライの表情がさらに歪む。
こちらに倒れるように体重をかけている。ゆえに押し返せない。
だからニコライは、
「ぐおぉっ!?」
声を上げて己の体に活を入れ、背をそらしたまま刃から逃げるように体をねじった。
痛みに抗っているからか、その叫び声は悲鳴のような気勢であった。
だが、体を捻った程度では長剣の間合いからは逃れられない。
そしてニコライはすれ違うサイラスに背を向けるように体をねじったがゆえに、肩から入った刃は背中を撫でるように横断していった。
「「……っ!」」
そしてサイラスとニコライはすれ違った直後に同時に膝をついた。
ニコライの肩と背中は既に真っ赤に染まっていた。
ほうっておけば失血死することが医者で無くてもわかる傷。
見た目という点ではサイラスも似たようなものだった。
レイラとニコライからつけられた爪痕は、どれもまるで熊に引っ掻かれたかのような傷であった。
わき腹の傷は特に危険だった。皮一枚で繋がっているような状態であった。
されど、これがサイラスが導き出した道筋。
自分の命を拾いつつ、三人の中で最も強いニコライに深手を負わせる、それが今のサイラスにとっての最善の答え。
しかし命拾いしたとはいえ、もはやろくに動くことが出来ないほどの傷。
だが問題は無い。
なぜなら、
「シャァァッ!」
デュランや、
「大将ーッ!」
フレディ『達』がいるからだ。
今はもうデュランとフレディの二人だけでは無かった。
フレディの背後には援護のためにこの死地に飛び込んできた兵士達がいた。
手を貸してほしいというフレディの願いは皆の心に響いていたのだ。
その声とサイラスの気勢に心打たれた者達が、逃げるのをやめて戻ってきたのだ。
「ッラァ!」
その中でも先頭を走っていたデュランが、サイラスへの追撃を阻止するために光る爪を繰り出す。
ニコライから学んだ闇夜からの一撃。
「破ッ!」
ユリアンが同じ闇夜からの一撃で迎え討つ。
が、
「!?」
ユリアンの放った剛の一撃は「一方的に」弾き返された。
同じ技術から繰り出された一撃にもかかわらず、これほどまでの差が?! そんな驚きの色にユリアンの顔が染まり、衝撃に姿勢が崩れる。
「ユリアン!」
倒れかけているユリアンを守るために、直後にレイラがデュランに向かって踏み込む。
そしてぶつかり合うデュランとレイラの爪。
レイラの一撃は剛のものでは無かった。
が、
「!」
デュランの一撃はレイラの爪に止められた。
最初は押し切れるかのように見えた。が、デュランの爪はその勢いを殺され、レイラの顔前で止められてしまった。
最初のぶつかり合いは爪同士だったが、レイラは押されながらその手から防御魔法を展開していた。
レイラの防御魔法を鏡と見立てたかのように、二人の五指は寸分違わず鏡合わせのように重なっていた。
されど、デュランの爪は防御魔法で止められたわけでは無い。
これはただの保険。せめぎ合う爪の拮抗が崩れて、手の平に食い込まないようにしているだけのもの。
ではなぜか。その秘密はやはりレイラの腕の中で起きていた。
彼女の腕の中には星空が広がっていた。
だが、普通の星空では無い。
一つ一つの星が非常に小さい。
レイラはその小さな星々を少しずつ、そして連続で消費してデュランの爪を止めたのだ。
それは衝撃吸収材、すなわちクッションと同じ原理であった。
十の力を止めるには十の力が必要である。
だが、十の力を瞬間的に放出する必要は無い。一を十回でも問題無いのだ。そしてこのやり方であれば関節や筋肉への負担が少なくて済む。
これはレイラ自身が編み出した独自の技術。豹が持つしなやかさからひらめいた技であった。
そして彼女は直後に同じやり方でデュランの爪を押し返しにかかった。
小さな力を連続的に加え、デュランの爪を押しながら加速させていく。
ある位置で星を爆発させて急加速し、相手の虚を突く。レイラはそう考えていた。
が、
「!?」
レイラの爪はデュランの顔前で止まった。
なぜか。
それをレイラは感じ取れていた。
デュランはレイラの真似をしたのだ。
初見で技を学び、それを直後に実践してみせた?! それはレイラには信じ難いほどの驚きであった。
そしてデュランは直後にレイラをさらに驚かせた。
「?!」
なんと、デュランはレイラの技と剛体術を組み合わせたのだ。
闇夜の中から星々が連続的に、加速的に連鎖するように爆発していく。
「っ!」
しなやかで圧倒的なその力に、レイラの爪が一方的に押し返される。
その力強さは爪を押すだけにとどまらず、レイラの姿勢を崩し、体ごと押し飛ばした。
たまらずユリアンと共に距離を取り直すレイラ。
それを見たデュランは膝をついたまま立てないでいるサイラスを庇うように、前へ仁王立ちしながら口を開いた。
「心配するなサイラス、後は任せろ」
そう言ったあと、デュランはサイラスの様子を窺うかのようにしゃがみ、
「その代わり、これを借りるぞ」
長剣をサイラスの手から譲り受けた。
直後、フレディ達が真後ろに到着。
デュランは振り返らずに、フレディ達に対して声を上げた。
「サイラスを頼む!」
言われずともそうするつもりだった。ゆえに、
「承知!」
フレディは即答しつつ仲間達と共にサイラスを担ぎ上げ、走り出した。
「「「……!」」」
離れ始めるその背を追うことが出来ない影達。
なぜなら、デュランの手にある長剣が既に輝いているからだ。
あの時と同じように、脈打つように光っている。
まるで心臓と繋がっているかのように、剣が腕の延長になったかのように、脈打つ血管のようにそれは鼓動していた。
その鼓動と共に発せられる波を影達は感じ取っていた。
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