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第一章 火蓋を切って新たな時代への狼煙を上げよ

第六話 豹と熊(16)

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 あの時すでにそれも分かっていた。だが、あの時はあえて考えないようにした。
 心の中がむず痒く(むずがゆく)なるからだ。
 フレディは単純に自分に死んでほしくないのだ。
 しかもそれは本心からのものだった。自分はあの時、それを確かめるためにわざわざフレディの心の中を覗き込んだ。
 だからむず痒い。
 そして同時に自分のことがイヤになった。だから思考を止めた。
 自分はフレディの信頼を確認した。わざわざ心を覗き込んだ。フレディと違い、自分はやはり他人を心から信用出来ていないのだ。
 この状況でなんと浅ましい。自分など信頼されるに値しない。そう思う。
 だから憧れる。
 他人のために命を使うという行為に。
 仲間の盾になって散っていった彼らのように自分もなりたい、そう思っている。
 ならば、今の状況はその思いを叶えるのにうってつけではないか。
 デュランの命を助け、さらに上手くいけば強敵三人を道連れに出来る。
 迷うことなど無いのではないか、サイラスはそう思っていたのだが、

“大将!”

 再びどこかからフレディの声が響いた。

「……っ!」

 その声はサイラスの計算を狂わせた。
 そしてサイラスが描いていた道筋は歪み、変えられ始めた。
 なぜ自分はまだ迷う? 自分はまだ死を恐れているのか?
 そんな思いが心の中に滲み始めた瞬間、

“死にたくないと思うのは至極自然なことだ”

 新たな声が響いた。
 それはかつての師匠の声だった。
 師匠は脳裏にその姿を滲ませながら、再び口を開いた。

“だが、死の恐怖から逃げてはいけない。恐怖とは飼い慣らし、使うものと心得よ”

 奇妙なことに、その助言は全てと繋がった。
 師からの教えがフレディの思いと重なり、身代わりになった仲間達の姿と繋がった。
 そしてそれは一つの新たな道を導き出した。
 仲間達の屍を越えてその先へ進む道だ。
 直後、歪んでいた道筋は瞬く間に整った。
 緩慢な世界がまるでその役目を終えたかのように、加速し始める。
 そして世界が音を取り戻した瞬間、

「雄応ッ!」

 サイラスはまるで誰かの思いに応えるかのように吼えた。
 その気勢には直前に抱いた思いが込められていた。
 ゆえに、サイラスは新たに描かれた道筋をなぞるように動いた。
 姿勢を低くしながら突きの構えを取る。
 その姿勢変更の最中に、ユリアンとレイラの爪が完全な同時で、かつそれぞれ別方向から迫る。
 これをサイラスは突きで迎え討った。
 目標はレイラよりも踏み込みが鋭いユリアンの爪。
 食らえば致命となるその一撃ごとユリアンの体勢を突き崩しながら、姿勢を低くしつつ身を捻る。

「っ!」

 が、レイラの繰り出した一撃はその姿勢制御だけで避けられるものでは無かった。
 だがそれは分かっていた。そしてこれは受けても死なない。
 肩に深く刻まれた赤い線の痛みを無視しつつ、ユリアンとレイラの間を通り過ぎるように踏み込む。
 しかしレイラはそれを黙って見過ごすような女では無かった。
 即座にもう片方の爪を振るい、サイラスの背中をなぞる。
 肩と同じくらい深い線が刻まれ、鮮血が滲んで広がり始める。
 だがサイラスはそれも無視した。

(頼む!)

 そしてサイラスは再び願った。
 この次が一番重要だからだ。
 だから私の体よ、止まらないでくれ、動き続けてくれと、サイラスは叫んだ。
 次の相手はニコライ。
 既にニコライは爪を繰り出している。
 闇夜を埋め尽くす輝きから繰り出された一撃。
 その剛の一撃とサイラスの突きがぶつかり合う。
 火花が散り、サイラスの突きの軌道が大きく捻じ曲がる。
 右肩から先端まで一本の直線だった突きは、握り手である右手の部分から右外側に折れ始めた。
 あまりの衝撃に握り手は崩れ、柄から手の平が離れ始めている。そのように見える。
 否。
 手放してしまったのでは無い。サイラスは衝突の直後に自ら手を開いたのだ。
 打ち負けることは事前に分かっていた。この未来は先に計算出来ていた。
 だから衝突点の位置を調節した。
 右斜め上に刃が弾かれるように。
 なんのために。
 それは、

「っ!」「!?」

 それが明らかになった瞬間、サイラスとニコライは同時に表情を歪めた。
 サイラスの顔が歪んだ理由は、ニコライの右爪に右わき腹を削られた痛みによるもの。
 対し、ニコライの理由はまったく違っていた。
 サイラスが弾かれた長剣を掴み直したからだ。
 これが自ら手放した理由。
 弾かれた勢いを利用して、長剣の持ち方を通常の握りから逆手持ちに切り替えるためだったのだ。
 長剣を巨大なナイフとして扱っているような形。
 いや、ギロチンと言ったほうが正解かもしれない。
 その横に構えられた刃の狙いは、ニコライの首だったからだ。
 サイラスはまさにギロチンの要領で刃に体重を乗せながら、ニコライの真横を駆け抜けるように踏み込んだ。
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