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第一章 火蓋を切って新たな時代への狼煙を上げよ

第六話 豹と熊(2)

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   ◆◆◆

 サイラスはすぐに状況確認のために城外に飛び出した。
 外は闇夜。こちらの兵数はおよそ一万五千。
 城内に五千が待機しており、城の周囲に一万が展開している。
 しかしその陣形はメチャクチャ。ただそこにいるだけ、と言ったほうが正しい。
 既に発砲音があちこちから響いている。
 サイラスはその音に負けぬように、あらん限りの声で叫んだ。

「感知能力者は私のところに集まれ!」

 その叫び声、または同時に発せられた意識の波を受信できた能力者達がサイラスのもとに駆け寄ってくる。
 そしてその数がおよそ百を超えたあたりで、サイラスは再び叫んだ。

「敵の検索と、位置情報の共有をやるぞ! 虫を使えるものは可能な限り街中に展開しろ!」

 言いながら、サイラスは手本を見せるように、シャロンがやったのと同じように情報収集用の虫を放った。
 少し遅れて、同じことが出来る者達が動作を真似るように続く。
 そして放たれた虫達は一旦上空に舞い上がった後、雪のように街に降り注いだ。
 間も無く、情報は届き始めた。
 サイラス達の頭の中に地図と位置情報が描かれ始める。
 その情報量が十分になると同時にサイラスは口を開いた。

「これを感知出来ないものに共有するぞ! 感知能力者達は今の状態を維持したまま散開! 周辺の仲間達全員に伝わるように情報の波を拡散させろ! 彼らの頭の中に情報の波を叩き込め! 出来るだけ強く響かせろ!」

 そして直後にサイラスが放った「移動しろ!」という指示と共に、感知能力者達は散開した。
 感知能力者とは波を受信する機能が高い者達を指す俗称であるが、そのような者達は波を発信する能力も高い傾向にある。
 サイラスが期待していたことはそれであった。
 感知能力者で無くとも、強い波であれば受信することが出来る。
 そしてそれによって自覚していなかった機能に気付き、能力者に覚醒する場合もある。受信した波が強力であり、わかりやすい信号であればその確立が上がる。
 サイラスは両方を期待していたが、得られた結果は前者のみであった。
 散らばった感知能力者達から発せられる敵の位置情報の波は、周囲の仲間達の脳を揺らし、その内部に同じ地図を描き始めた。
 だが、完璧には程遠い。
 まず第一に能力者から発せられる信号が弱い。受ける側の鈍さに対して力が足りない。しかもばらまかれている信号は単純なものでは無い。一つの感情などでは無く、複数の異なる波が混ざった位置情報だ。
 ゆえに描かれている地図はぼやけたり、ずれたりしている。
 地図の更新も遅い。ゆえに、描かれている敵の位置情報は停止と瞬間移動を繰り返している。
 相手の動きが遅ければそれでも問題無かっただろう。しかしこいつらは違う。明らかに体内の魔力制御に長けた連中であることが位置情報の変化の大きさから分かる。

「……っ」

 受信能力に長けるサイラスにはそれがわかってしまうがゆえに苛立った。
 しかしその理由は彼らが鈍いからでは無かった。
 自分に光魔法を扱う能力が無いからだ。

 そしてこの時、サイラスの脳裏に一枚の映像が浮かび上がった。
 それは夢の続きの一枚でもあった。
 一人の男が光る剣を振り上げている画像。
 その男の周囲には大勢の仲間達が、兵士達がいる。
 それは「武神の号令」と呼ばれる儀式であった。
 強力な波を発し、全員の心を繋げる儀式。
 それだけならばサイラス達がいまやっていることと大差無い。
 その秘密は光る剣にあった。
 剣のように単純な形状で、かつ鋼で出来た武器は、扱いやすい波の増幅器として機能するのだ。
 鋼の素材に光魔法を通すと、含まれている炭素が光魔法の粒子を加速させ、信号を大幅に増幅する。
 これを利用するのが「武神の号令」。増幅した強力な波で心を繋げ、その共感によって覚醒をうながす技。
 しかしこれをやるには光魔法の素質が必要だ。
 シャロンがここに残っていれば出来ただろう。しかし今の自分ではどうしようも無い。

「……っ」

 だから苛立つ。
 しかし自分の弱さを呪ったところで状況は好転しない。
 だからサイラスは声を上げた。

「全部隊を出来るだけ私の周りに集めろ! 撤退開始だ!」
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