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第一章 火蓋を切って新たな時代への狼煙を上げよ

第二話 魔王軍主力戦(6)

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 綺麗だ、シャロンの心の中にある言葉はそれだけだった。
 そしてシャロン自身も、その芸術を構成しているものの一つであった。
 シャロンの体の中でも同じことが起きていた。
 だが、影達とは違うところが一つあった。
 それは頭部。
 星と呼べるような強い輝きでは無いが、そこも煌いていた。
 まるで砂金が詰まっているかのような煌き。
 電気信号と、微細な光魔法による繊細な輝き。
 その輝きの力によって、シャロンはゆっくりとした世界の中に身を置いていた。
 高速演算による体感時間の緩慢化。
 今のシャロンには全てのものが遅く見えていた。
 影達の攻めを一つの芸術として鑑賞する余裕すらある。
 ゆえにこれはただの作業。
 ゆっくりと迫る攻撃に対して最適な防御の型を選ぶ、その繰り返し。
 だからシャロンはすぐに飽きた。
 そしてこの時、シャロンが気にしていたのは味方との距離だけ。
 それは十分離れているように思えた。
 こいつらが激しく攻めてくれたおかげで、仲間が自分から距離を取ってくれた。
 これならばあれが出来るだろう、そう思った。
 そして思うと同時にシャロンは行動に移した。

「「「!」」」

 それを見た影達は思わず距離を取り直した。
 シャロンが突然その場にしゃがみこみ、手の平を雪原に叩き付けたからだ。
 そしてその輝く手の平から生じたのは光る網。
 雪の上に蜘蛛の巣の模様を描くように、全方向に伸び始める。
 生き物のように地の上を這い進む糸の群れ。
 厄介な、影達はそう思った。
 しかしそれは一瞬。影達は直後に認識を改めた。
 下からの攻撃の対処が面倒なだけであり、厄介だと感じる理由はそれだけ。
 ならばこちらも身を低くして斬り進めばいい。
 先端部分か切断面に触れなければいいので、一気に飛び込むという手も可能だ。
 そして二つの影は前者を、もう一人は後者の手を選んだ。

「「雄オォッ!」」

 気勢と共に二人が身を低くしながら突進し、

「疾ィィッ!」

 もう一人が跳躍するために強く雪を蹴る。
 だが、シャロンの意識はその気勢に引かれなかった。
 慎重にやっても間に合う、それが分かっていたからだ。
 この網はただの時間稼ぎ。
 さらに三人は思惑通りに動いてくれた。蜘蛛の巣の中に自ら飛び込んでくれた。
 そして罠にかかった獲物がどうなるか、その身で知ってもらおう。
 シャロンは緩慢な時間の中でそんなことを考えながら、雪につけた手を再び輝かせた。
 その輝きから産まれたのはさらなる糸では無く、防御魔法。
 雪をただ押しのけるのでは無く、混ざり合いながらシャロンを中心に広がっていく。
 光魔法はそのままでは他と反応しない。熱を加えると変化が起き、攻撃などに使えるようになる。
 そして直後、中空から迫る影の体がシャロンに差している日の光を遮った。
 が、その身が同じ影に包まれることは無かった。
 光の絨毯の上に座っているように見えた。
 シャロンはその絨毯を産み出している手のそばに針の先端を向けていた。
 あと一手でこの技は完成する。
 飛び掛った影は嫌な予感と共にそれを察し、

「ィィッヤ!」

 その何かを止めようと、爪を繰り出した。
 が、輝く爪先がシャロンの柔肌に触れる直前、

「破ッ!」

 シャロンは絨毯に炎魔法を流し込むと同時に、針を突き立てた。

「!」

 そしてそれを見た影は目を見開いた。



 突如、絨毯が波打ち始めたかと思うと、そこから大量の光る蛇が飛び出したからだ。
 そして飛び込んだ影はなす術も無く、蛇の群れの中に飲み込まれた。

「――ッ!」

 影は悲鳴を上げたが、それは本人の耳にも聞こえなかった。
 光魔法特有の炸裂音による轟音。
 蛇の群れはまるで生きた雷であるかのようにその音を響かせながら、曲がりくねり、時にぶつかり合い、そして混じり合いながら広がって、周囲のもの全てをなぎ払う光る嵐となった。

「雄おぉっ?!」「ぅああぁっ!」

 巻き込まれた残りの二人の悲鳴も轟音に飲み込まれ、光の白の中に赤が滲む(にじむ)。
 その三つの生贄で満足したのか、蛇は力を失い、嵐は消え去った。
 そして後には赤い絨毯と、その上に散らばる人間だったものの残骸だけが残った。
 されど、その嵐の中心にいたはずのシャロンは無傷。
 蛇が自分を噛まないように制御されていたのだ。
 これが総大将であるシャロンが自ら前に立つ理由。
 彼女自身が最大戦力。ゆえにシャロンは自分の部隊に攻撃を集中させるために突出させたのだ。
 そしてその残酷な芸術を少し離れたところから見ていたサイラスは、思わず、

(相変わらず……)

 凄まじい、と、戦いの最中であるにもかかわらず、素直な感想を抱いてしまった。
 その心の隙を、

「蛇ァッ!」

 背後から影が突いた。
 だが、サイラスの本能はこの奇襲に問題無く対応した。
 振り返ると同時に、右手にある刃を一閃。
 輝く爪と銀色の刃がぶつかり合い、火花が散る。
 瞬間、影の意識は銀の軌跡を残すその刃に強く惹かれた。
 他の者達のものよりも明らかに太く長い剣。
 しかしそれを操る握り手はより奇妙。
 まるで血管が浮き出て光っているよう、それはそう見えた。
 そしてそれは腕にまで伸び広がっているように見えた。袖の中はぼんやりと光っていた。
 もしや、これは、影がそう思った直後、

「!」

 その考えが正解であると、その証拠を見せるように、サイラスは銃を握るもう片方の手から網を放った。

(この男もあの女と同じか!)

 同じ電撃魔法の使い手、それを脳内で言葉にしながら距離を取る。
 だが、逃がさぬと、サイラスは網を伸ばしながらさらに踏み込んだ。

「チィィッ!」

 鬱陶しいぞ、湧き上がる焦りをその虚勢で誤魔化しながら、影が爪を振るう。
 薄く光る網が切り裂かれ、爪先が描き残した光の三日月の軌跡がぼんやりと残る。
 が、瞬間、

「!?」

 その残光が一際強く輝いたように見え、

「がががっ!?」

 影の体に激痛が走った。
 そして直後に目に滲んでいた残光は消え去り、

「……ぁ?」

 影は自分の身に何が起きたのかをようやく知った。
 目にも止まらぬ速さで三度胸を突かれたのだ。
 光ったその数瞬の間に三度。
 影すら置き去りにしそうなその人外の早業(はやわざ)の秘密を、影は両目で見つめていた。
 サイラスの手に、腕に張り付いている糸が強く輝いていた。
 電気信号を外部から直接送り込むことによる筋肉の高速伸縮。それと内部での星の爆発の合わせ技。それが人外の速度を生み出したのだ。
 だが、今更気付いたところで手遅れだった。
 そして肺と心臓を貫かれたゆえに、影はその無念を言葉にすることも出来なかった。

「……っ」

 影の口から赤い泡が吹き出し、こぼれる。
 もう動くことも出来ない。後はその場に崩れ落ちるのみ。
 だが、ただ死に逝くだけになった者を前にして、サイラスは気構えを崩さなかった。
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