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プロローグ
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「鉄の女」、強い女性のことを時にそう呼ぶ。
では、女王であれば「鉄の女王」だろうか。
私はそんなある女性を知っている。
周りの者達は彼女のことを鉄のような女性だと思っていた。
後世では「鉄を愛した女」と呼ばれたりもした。
だが、私は彼女にそんな印象を抱いたことは一度も無い。
彼女を上手く表現する言葉は当時思いつかなかった。
だが、今なら良い言葉がある。
それは「鉄の処女:Iron Maiden」。
それは拷問器具。女性の形を模した人形。
中は空洞になっているが、その内側は棘だらけであり、閉じ込めた者をそれで傷付ける。
彼女はまさにそれだ。
彼女の中身は苦悶の声を上げ続けていた。
だが、彼女自身はその声に気付けない。表の顔は人形のように表情を崩さない。
これから語るのはそんな奇妙な女のお話だ。
◆◆◆
彼女を形作る要素は多い。
なぜなら、彼女はとても長い時間を生きているからだ。
しかし今の彼女を構成する要素の中には、避けては語れない重要なものがある。
それはある記憶。
今でも時々夢に見る、痛いほどに苦い記憶。
その夢はいつも同じ。一つの場面から始まる。
抜けるような青空を背景に、広い雪原を映した一場面。
その白い絨毯の上に、首の無い女性の死体が赤色を添えて沈むように横たわっている。
それが彼女。
生首となった自分の瞳で、自分の死体を見つめている場面。
その視界は直後に滲んでぼやける。
痛みによるものでは無い、悔しさに対しての涙。
そしてその視界は死体の像がその輪郭を失うほどにぼやけると同時に暗転し、
「目が覚めたか?」
男の声と共に別の場面に切り替わる。
背景は青空から隠れ家の天井に。
男の声に応えようと、上半身を起こそうとする。
が、
「っ!」
本来あるはずのものが無かったゆえに、彼女の上半身は再びベッドの上に倒れた。
やわらかくない、硬い粗末な寝具の感触を痛みで実感した直後、男の声が再び響いた。
「その体には右肘から先が無いんだ」
遅いその警告を聞いた後、体を起こし直す。
そして最初に視界に映ったのは男の姿では無く、鏡だった。
そこに映っているのは初老の女だった。
体は細く、力無い。
不自然なところで途切れた左腕が痛々しさを主張し、全身の弱さを強調している。
女がそう思った直後、男の声が再び響いた。
「見た通り、その体は色々と弱い。不便だろうが、『次』が見つかるまで我慢してくれ」
抱いた感想を代弁したかのような言葉。
しかしその言葉は女の意識にはほとんど響かなかった。
女は既に次のことを考え始めていた。
自分は何をすべきか、どうしたいのか。
それはもう決まっていた。
その思いは既に彼女の奥底で炎となって燃え上がり始めていた。
だが同時に彼女は理解していた。
これから長い忍耐の時が始まることを。
彼女を慕っていた民のほとんどが奴隷として扱われてしまう時代が始まってしまったことを。
◆◆◆
死を乗り越える不思議な女。
だが、彼女の生まれた世界は他にも様々な不思議で満ちていた。
手から光の弾や、炎などを生み出す人間が存在する世界。
人々はそれを「魔法」と呼んでいた。
だが、不思議なものはそれだけでは無かった。
他人の心を読むことが出来る者がいた。音や脳波などの波を感知し、解析出来る者がいた。
魂と呼ばれるものを認識し、道具として使える者がいた。
我々よりも出来る事が増えた人間が住む、摩訶不思議な世界。
しかしそれらの不思議が産み出したものは幸福だけでは無かった。
強きものは弱きものを従えた。
その関係は必ずしも穏やかなものであるとは限らなかった。
そんな残酷な関係の中で、ある男は叫んだ。
この関係を変えたいと。
魔法使いに一矢報いたいと。
その男は長い永い旅路の果てに、ある武器を産み出した。
そしてその男は彼女にそれを託した。
◆◆◆
そして長い雌伏の時を経て、彼女は再び雪原の上に立っていた。
その身は右腕のある健康な体に変わっている。
その手には針のような剣が握られており、杖とするように雪に突き立てられている。
そして彼女の背後には大勢の兵士達が列を組んで並んでいた。
その数は軍靴が雪を踏みしめる音と共に増え続けている。
しばらくしてその音が止まると、一人の男が彼女のそばに歩み寄って口を開いた。
「シャロン、全部隊の合流と編成が完了したぞ」
これに、シャロンと呼ばれた女は、
「ありがとうサイラス」
返事と共に振り返った。
彼女の瞳に『感じ取った通りの』大隊列が映り込む。
乱れの無い、威容と荘厳さを兼ね備えた大部隊。
そしてその兵士達の手にはみな同じ武器が握られていた。
それは銃。
火縄を用いる原始的なもの。
されどそれは彼らの希望であった。
無能力者が魔法使いに立ち向かうための武器。
だが、彼らが立ち向かおうとしている者は、ただの魔法使いでは無かった。
その名は魔王。
この世界の不思議の全てを使いこなす魔法使いの王。
されどその心は善良にあらず。
それは欲深き者。そして凶悪なる者。
この場にいる全員が恨みを抱いている。
シャロンは彼らのその心を代弁するように声を上げた。
「この場に集いし同志達よ!」
その声は皆の心に透き通るように響いた。
我々はこの日のために今日まで、と誰かが思った。
シャロンはその者の心の声の続きを叫んだ。
「耐え忍ぶ時は終わった! 我々はこれより作戦を開始する!」
そしてシャロンは再び兵士達に背を向け、目標の方向を剣で指し示しながら始まりを宣言した。
「我等が狙うは魔王、ただ一人!」
つまりこれは、これから始まるのは、
「最強の魔法使いを倒し、新たな時代への生贄とするのだ!」
銃と魔法、どちらが強いのかを決める戦いであり、その舞台の上で踊る女の話である。
―――
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では、女王であれば「鉄の女王」だろうか。
私はそんなある女性を知っている。
周りの者達は彼女のことを鉄のような女性だと思っていた。
後世では「鉄を愛した女」と呼ばれたりもした。
だが、私は彼女にそんな印象を抱いたことは一度も無い。
彼女を上手く表現する言葉は当時思いつかなかった。
だが、今なら良い言葉がある。
それは「鉄の処女:Iron Maiden」。
それは拷問器具。女性の形を模した人形。
中は空洞になっているが、その内側は棘だらけであり、閉じ込めた者をそれで傷付ける。
彼女はまさにそれだ。
彼女の中身は苦悶の声を上げ続けていた。
だが、彼女自身はその声に気付けない。表の顔は人形のように表情を崩さない。
これから語るのはそんな奇妙な女のお話だ。
◆◆◆
彼女を形作る要素は多い。
なぜなら、彼女はとても長い時間を生きているからだ。
しかし今の彼女を構成する要素の中には、避けては語れない重要なものがある。
それはある記憶。
今でも時々夢に見る、痛いほどに苦い記憶。
その夢はいつも同じ。一つの場面から始まる。
抜けるような青空を背景に、広い雪原を映した一場面。
その白い絨毯の上に、首の無い女性の死体が赤色を添えて沈むように横たわっている。
それが彼女。
生首となった自分の瞳で、自分の死体を見つめている場面。
その視界は直後に滲んでぼやける。
痛みによるものでは無い、悔しさに対しての涙。
そしてその視界は死体の像がその輪郭を失うほどにぼやけると同時に暗転し、
「目が覚めたか?」
男の声と共に別の場面に切り替わる。
背景は青空から隠れ家の天井に。
男の声に応えようと、上半身を起こそうとする。
が、
「っ!」
本来あるはずのものが無かったゆえに、彼女の上半身は再びベッドの上に倒れた。
やわらかくない、硬い粗末な寝具の感触を痛みで実感した直後、男の声が再び響いた。
「その体には右肘から先が無いんだ」
遅いその警告を聞いた後、体を起こし直す。
そして最初に視界に映ったのは男の姿では無く、鏡だった。
そこに映っているのは初老の女だった。
体は細く、力無い。
不自然なところで途切れた左腕が痛々しさを主張し、全身の弱さを強調している。
女がそう思った直後、男の声が再び響いた。
「見た通り、その体は色々と弱い。不便だろうが、『次』が見つかるまで我慢してくれ」
抱いた感想を代弁したかのような言葉。
しかしその言葉は女の意識にはほとんど響かなかった。
女は既に次のことを考え始めていた。
自分は何をすべきか、どうしたいのか。
それはもう決まっていた。
その思いは既に彼女の奥底で炎となって燃え上がり始めていた。
だが同時に彼女は理解していた。
これから長い忍耐の時が始まることを。
彼女を慕っていた民のほとんどが奴隷として扱われてしまう時代が始まってしまったことを。
◆◆◆
死を乗り越える不思議な女。
だが、彼女の生まれた世界は他にも様々な不思議で満ちていた。
手から光の弾や、炎などを生み出す人間が存在する世界。
人々はそれを「魔法」と呼んでいた。
だが、不思議なものはそれだけでは無かった。
他人の心を読むことが出来る者がいた。音や脳波などの波を感知し、解析出来る者がいた。
魂と呼ばれるものを認識し、道具として使える者がいた。
我々よりも出来る事が増えた人間が住む、摩訶不思議な世界。
しかしそれらの不思議が産み出したものは幸福だけでは無かった。
強きものは弱きものを従えた。
その関係は必ずしも穏やかなものであるとは限らなかった。
そんな残酷な関係の中で、ある男は叫んだ。
この関係を変えたいと。
魔法使いに一矢報いたいと。
その男は長い永い旅路の果てに、ある武器を産み出した。
そしてその男は彼女にそれを託した。
◆◆◆
そして長い雌伏の時を経て、彼女は再び雪原の上に立っていた。
その身は右腕のある健康な体に変わっている。
その手には針のような剣が握られており、杖とするように雪に突き立てられている。
そして彼女の背後には大勢の兵士達が列を組んで並んでいた。
その数は軍靴が雪を踏みしめる音と共に増え続けている。
しばらくしてその音が止まると、一人の男が彼女のそばに歩み寄って口を開いた。
「シャロン、全部隊の合流と編成が完了したぞ」
これに、シャロンと呼ばれた女は、
「ありがとうサイラス」
返事と共に振り返った。
彼女の瞳に『感じ取った通りの』大隊列が映り込む。
乱れの無い、威容と荘厳さを兼ね備えた大部隊。
そしてその兵士達の手にはみな同じ武器が握られていた。
それは銃。
火縄を用いる原始的なもの。
されどそれは彼らの希望であった。
無能力者が魔法使いに立ち向かうための武器。
だが、彼らが立ち向かおうとしている者は、ただの魔法使いでは無かった。
その名は魔王。
この世界の不思議の全てを使いこなす魔法使いの王。
されどその心は善良にあらず。
それは欲深き者。そして凶悪なる者。
この場にいる全員が恨みを抱いている。
シャロンは彼らのその心を代弁するように声を上げた。
「この場に集いし同志達よ!」
その声は皆の心に透き通るように響いた。
我々はこの日のために今日まで、と誰かが思った。
シャロンはその者の心の声の続きを叫んだ。
「耐え忍ぶ時は終わった! 我々はこれより作戦を開始する!」
そしてシャロンは再び兵士達に背を向け、目標の方向を剣で指し示しながら始まりを宣言した。
「我等が狙うは魔王、ただ一人!」
つまりこれは、これから始まるのは、
「最強の魔法使いを倒し、新たな時代への生贄とするのだ!」
銃と魔法、どちらが強いのかを決める戦いであり、その舞台の上で踊る女の話である。
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