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Ep1 あなたひとりの章(15)

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 それは台所のほうから聞こえた。
 何かを引き摺るような音だ。
 隙間風が吹きすさぶ音と、ドアの開閉音もだ。
 しかしその音は今のあなたには希望の音に聞こえていた。
 いつの間にかオーナーが帰ってきたのだ、とあなたは思った。
 台所に裏口があるのだろうと、希望的な解釈をしていた。
 だからあなたは即座に立ち上がり、少し小走りで台所へ向かった。
 オーナーに会ったらまず謝ろう、そんなことを考えながら突き当たりのドアを開けた。

「オーナーさん?」

 声をかけながら中に入る。
 が、そこには誰もいなかった。
 返事が返ってくる気配も無い。
 当たっていた希望的観測は一つだけ、裏口があることだ。
 その下、床には耳に聞こえたとおり、何かを引き摺ったような跡があった。

「……っ!」

 そしてあなたはそれを見つけた。見つけてしまった。
 血痕だ。
 引き摺った跡のところについている。
 瞬間、あなたの頭の中で友人の声が再び響いた。

“クマの仕業ではないかと言われてるが”

 クマが人家に押し入ってくる場合があることを、あなたはネットの動画で知っていた。
 本当にクマの仕業なのか、それとも、それを判断する余裕はあなたには無かった。
 身を守らないと、あなたの心にあった意識はそれだけだった。
 だからあなたは即座に台所の引き出しを開けた。
 それはやはりそこにあった。
 包丁だ。
 あなたはそれを握り締め、逃げるように走り出した。
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