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第六話 今年の夏も気前よく大胆に(7)
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彼女が俺に気を使っていろいろ遠慮していることは明らかだった。
最初は一緒に勉強してくれたりしていたが、しばらくすると彼女は別のことをやるようになった。
それは料理。
俺の部屋の台所で彼女はおやつや軽食を作ってくれるようになった。
さらにしばらくすると、掃除もしてくれるようになった。
いま思い返してみると、まるで通い妻のようであった。
しかし当時の俺は違う印象を持っていた。
まるで頼れる家族のようだ、と。
しかし年齢差が無いため、その印象はすぐに変わった。
だがその印象のせいで、俺は恥ずかしい思いをしたことがあった。
あれは一生忘れられない。
その日、彼女は俺にクッキーを焼いてくれた。
「どうかな?」
初めてのもので無くとも、彼女はよく俺に感想を聞いてきた。
そして俺の答えは毎回決まっていた。
「おいしい」
お世辞では無く、正直な気持ちを答えていたのだが、勉強をしている時の俺は他のことに気を回す余裕があまり無くなっていた。
だからだと思う、直後にあんなことを言ってしまったのは。
「ありがとう、コアネ姉ちゃん」
やってしまったと、すぐに気付いた。
しかし言い訳の言葉は思いつかなかった。何も言えなかった。
顔が熱くなったのを覚えている。
だが、彼女はそんな俺はからかおうとはせず、ただ一言、
「なつかしいね、その呼び方」
と言っただけだった。
気を使ってくれたのだということは分かっていたので、俺はその言葉に何も返さず、クッキーを食べながら勉強のほうに意識を戻した。
◆◆◆
彼が間違ってわたしのことを「姉ちゃん」と呼んでしまったことはわかっていた。
小学生が先生のことを「お母さん」と呼んでしまうのと同じ類のミスだろう。
だけど嬉しかった。
わたしのことをあの頃のように頼りにしてくれていることが分かったからだ。
だから励みになった。
わたしも頑張ろうと思うようになったのだ。
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