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中等部編

第十二話 エッジ(6)

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「なんのことだ?」

 エッジが尋ねると、ヴィーは数秒考えてから口を開いた。

「それを説明する前にひとつ教えてくれ。お前、この街にずっと住んでるのか?」

 エッジが頷きと共に「ああ、そうだ」と返すと、ヴィーは少し困ったような顔で口を開いた。

「そうか。それはある意味良かったとも言えるが、面倒でもあるな」

 どういうことだ? はやくちゃんと説明してくれ。
 エッジがそんなことを考えた瞬間、視界の奥にあるものが映りこんだ。
 路地の奥から、一人の女性が近づいてきている。
 知っている顔だ。
 それもそのはず。それは食堂の店員だった。
 ヴィーは近づいてくる店員のほうに振り返りながら声を響かせた。

「来たぞ。あれが答えだ。口で説明するよりも見た方が早い。一応言っておくが、構えは解くなよ。戦闘態勢を維持しろ」

 答えと表現されたその女性は、歩きながらエッジに向かって声を上げた。

「おつり! 忘れてますよ!」
「……?」

 エッジは一瞬でおかしな部分に気付いた。
 言葉と共に差し出された店員の手の平の上には何も無かった。
 エッジがそのことを視線で誘導すると、店員もすぐに気付いて手の平を見た。

「……」

 手の平を凝視。
 しばらくして、店員は口を開いた。

「あれ? わたし、おつり、わすれ?」

 呂律が回っていない。
 さらに、店員の目は手の平を見てはいなかった。
 そしてその目は異常だった。
 カメレオンの目のように左右の目はバラバラに動いていた。
 店員は左右の目を忙しなく動かしながら、口を開いた。

「おつり? つり、つり、つりつりつりつり、ツリツリツリツリツリ!」

 狂気と共に言葉は激しくなり、そしてその激しさと狂気が頂点に達すると同時に店員は口からあるものを吐き出した。
 それは触手だった。
 間も無く、狂乱している目からも。
 さらに耳と鼻からも。頭部の穴という穴から店員は触手を伸ばし、そして襲い掛かってきた。
 店員が仕掛けてくると同時にヴィーは地面を蹴っていた。
 一瞬で店員に向かって距離を詰める。
 触手はヴィーの踏み込みに反応していた。
 四方八方から包囲するように襲い掛かる。
 次の瞬間、金属をハンマーで叩いたかのような甲高い音が響いた。
 鞘の内部で魔力が爆発した音。
 その爆発によって放たれた大太刀の刃は、瞬く間に三日月型の銀線を描いた。
 さらに二閃、三閃。
 瞬きと共に描かれる三日月が触手を切り飛ばす。
 三度の瞬きの間に、双方の距離は互いの手が届く間合いに。
 そして四度目の瞬きで放たれたのは刃では無かった。
 牙をむいたヘビのように鋭く伸びたヴィーの左手が店員の首を掴む。
 ヴィーはそのまま左手だけで店員の体を持ち上げたが、店員はヴィーの左腕を掴んで抵抗しようとはしなかった。
 店員の体は痙攣していた。
 ヴィーの左手から紫色の細い雷が伸び、店員の体の上を這うように走っていた。 
 ゆえに店員は体を動かせない。
 だが、触手は違った。
 再び伸び生え、ヴィーに向かって襲い掛かる。
 しかしその攻撃はたまたま飛んできた紫電によって叩き落とされた。
 二本目の触手も、三本目の触手も、紫電によって打ち払われる。
 いや、それはたまたまでは無かった。

(あれは……!?)

 一瞬だったが、エッジの目はそれをとらえていた。
 紫電の先端がヘビのように形を変え、口を開き、触手に噛みついたのを。
 あれはただの電撃魔法じゃない。雷で動く精霊だ。
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