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中等部編
第十二話 エッジ(5)
しおりを挟む◆◆◆
診察が終わった後、エッジはいつもどおりに足を運んだ。
花束を揺らしながら古びた階段をのぼり、ドアの前に立ってノックする。
ノックにほとんど意味は無い。部屋の主が返事をすることは無いからだ。看護師が中にいないことも感知でわかっている。
にもかかわらずドアを叩くのは、相手を少しでも人間らしく扱うためだ。必要な儀式なのだ。
そしてエッジはドアを開け、母親の前に立った。
エッジの母は動かない。ベッドの上に寝たまま、顔をエッジのほうに向けようともしない。
エッジの母は植物人間であった。何もできず、何かに反応を示すことも無い。
ベッドの横に立ち、母の表情を見つめる。
穏やかだ。それ以外の表情を作ることが無いとわかっていても安心する。
されどその安心はすぐに消えた。
いつになったら母親は回復するのか。治療費は安くない。最近は試合ができていないから収入も乏しい。まだ貯金は残っているが、なんとかしないと。やはりアンドレの誘いに乗っておくべきだっただろうか?
そこまで考えたところでエッジは思考を切った。
これ以上深く考えたら鬱になりそうだったからだ。
考えることは最小限にすべき。今の自分にとってはそれが正解のはず。
ジムに通う頻度を減らして仕事を探そう。これで終わり。これ以上考えてはいけない。
遠い未来のことを考えるには不安要素が多すぎる。考えるべきは、今日をどう生きていくかだけでいい。
そうだ。今のエッジに「いつか」や「未来」なんて言葉は無い。そんな余裕は無いのだ。
◆◆◆
病院から帰る途中、エッジは食堂に寄り、適当に空腹を満たした。
満腹にはしなかった。
なぜなら、
「なあ、俺に用があるんだろう? そろそろ出てこいよ」
エッジはある路地に入ったところで振り返り、尾行してきている何者かに向かって声をかけた。
尾行していた者は素直に姿を現した。
黒い服に金色の宝飾品を散らばめた長身の男――ヴィーであった。
その威圧感のある姿に対し、エッジは臆することなく声を響かせた。
「アイリスの次は、あんたが俺の相手になるってことかい? 恨みを買うような試合内容じゃ無かったと思うんだがな」
戦う理由が思いつかない、と言いながらエッジは構えた。
構えながら、エッジは感じ取っていた。
(こいつ、一人じゃ無いな)
ざっと数えて十数人ほどだろうか。自分を包囲している気配を感じる。
しかしわからない。なぜこいつらは俺から距離を取っている? 多人数で俺を痛めつけにきたんじゃないのか?
エッジがそんなことを考えた直後、ヴィーは口を開いた。
「その様子じゃ、やっぱり気が付いてはいないようだな」
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