クトゥルフの魔法少女アイリスの名状しがたき学園生活

稲田シンタロウ(SAN値ぜろ!)

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中等部編

第十二話 エッジ(3)

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   ◆◆◆

 古巣に戻ったエッジは休むことなく体を動かしていた。
 慣れ親しんだジムで汗を流す。
 縄跳びから始まり、道具を使った筋トレ、そして魔力のコントロール練習をかねたシャドーボクシングがお気に入りのメニューであり、今日もそのようにこなしていた。
 そのお気に入りを二周したところで、エッジに声がかかった。

「よおエッジ。遠征はどうだった?」

 エッジは声の主のほうに振り返りながら答えた。
 そこには男がいた。
 顔は青年と呼べる年頃に見える。エッジより5歳は上の顔つき。
 中肉中背だが、筋肉は締まっており、よく鍛えられていることが一目でわかる。
 その男に、エッジは言葉を返した。

「ここに俺が帰ってきてるってことはそういうことだよ」 
「やっぱりダメだったか。試合を組んでくれるやつはいなかったか」
「いや、一人いたんだが……」
「なんだ? 詳しく聞かせろよ」

 エッジはアイリスとの試合のことを話した。

「そうか。なんだかよくわからないままにヒートアップした結果、ここに戻ってくることになってしまったワケか」

 エッジはその試合を思い出しながら答えた。

「ああ。なんか変な感じだった。自分と戦っているような感じがした」

 エッジはアイリスのことが気になっていたが、話相手の男はそれほど興味が湧かなかったらしく、

「ふうん。まあ、世の中にはいろんなやつがいるんだ。そういうこともあるんじゃないか」

 雑な言葉をエッジに返した。
 その言葉にエッジはますますモヤモヤしたが、男は「関係ないね」とばかりにエッジから離れようとした。
 それをエッジは呼び止めた。

「待ってくれアンドレ。気晴らしにスパーに付き合ってくれないか?」

 これに、アンドレと呼ばれた男は笑顔で答えた。

「いいぜ。俺もちょうど退屈していたところだ」

   ◆◆◆

 スパーリングが終わるころには夕方になっており、ゆえにその後もいつもの流れとなった。
 馴染みの食堂でいつもの定食を二人で食べる。
 常連になった理由はメシがうまいからではない。近くて安いからだ。
 しかしそれでも愛着があり、ゆえに二人は既に飽きている食事を満足げな顔でほおばった。
 そして一口先に完食したアンドレは口を開いた。

「なあ、エッジ。言ってなかったことがあるんだが」
「なんだ?」
「俺はあそこをやめることにした」

 それは驚きだった。ゆえにエッジは最後の一口の味がよくわからなかった。
 エッジは最後の一口を早急に飲みこみ、尋ねた。

「なんでだ?」
「……この仕事はハードだ。いつまでやれるかわからないし、もし大怪我でもしようものなら、その後の一生が悲惨なものになる。やめるタイミングがあるなら早いほうがいい。そう思ったんだ」
「タイミング? なにかあったのか?」
「実は、兄貴から仕事を手伝わないかって誘われたんだ」
「そうなのか。よかったな」

 エッジらしい淡白な返事であったが、淡白なままで会話を終わらせたくなかったアンドレは再び口を開いた。

「……お前も一緒に来ないか? 人手を探してるって言っていたから、たぶんいけるぞ」

 それは悪い申し出では無かった。
 しかし一つ気になることがあった。
 アンドレに兄がいることは知っているが、何の仕事をしているのかは知らない。アンドレの兄は心を隠すのが上手かった。精霊の気配もあった。
 しかしわずかに漏れ出した感情から、イヤなものを感じた。アンドレの兄はまっとうな仕事をしていない可能性が高い。
 だからエッジは尋ねた。

「仕事の内容は?」
「荷物運びだ」

 荷物運び……普通の仕事に思えるが、何を運ぶかが重要だ。
 アンドレは兄と一緒に暮らしているわけでは無い。アンドレは兄が何の仕事をしているのかしらないはず。アンドレの心は何度か読んだことがある。
 ゆえにここでいくら考えても答えは出ない。
 ならば、どちらに賭けるか。
 エッジはすぐにそれを決めて答えた。

「俺はもう少し今の仕事を続けてみるよ」

 その答えにアンドレは残念そうな顔をしたが、

「……そうか」

 それ以上食い下がることはしなかった。
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