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中等部編
第六話 わたし、中学生です! (9)
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ずーん……
午後の授業になっても悪夢は続いていた。
これから始まるのは体育の授業。だからわたし達は着替えてグラウンドに出てきた。
そのグラウンドにヴィーさんが立って待ち構えている。
なんで? 担当は物理と数学だけでは?
わたしはその疑問を素直にぶつけてみた。
「体育もヴィーさんが担当するんですか?」
ヴィーさんは答えた。
「いや、違う」
はあ、そうですか。もうあきらめてましたからなんとも思いませんよ。
……ん? え? 違うって言いました?! ホント!? やったあ!
わたしが思わず小さくガッツポーズをすると、ヴィーさんは口を開いた。
「俺は新しい担当をお前達に紹介するためにここで待っているだけだ。お前達のために適切な人材を俺が選んでおいたから安心しろ」
……え? ヴィーさんの推薦? 不安しか感じないんですが。
そんなことを考えた直後、ヴィーさんはわたしから視線を外しながら口を開いた。
「話をすればなんとやらだ。ご到着だ。アイツが体育を担当する講師だ」
その声に全員が振り返ると、そこには異質な存在が歩いていた。
……軍服の男の人だ。軍人だ。そうとしか見えない。
その人がヴィーさんの隣に立ち並ぶと、ヴィーさんはわたし達に向かって口を開いた。
「この人がお前達を鍛えてくれる、ハットマン軍曹だ」
軍曹?! ガチの軍人さんじゃないですか!
わたし達が驚いていると、軍曹さんは右手を眉に当てる軍隊式敬礼をビシっと決め、挨拶の声を響かせた。
「ハットマン軍曹です。よろしくお願いします」
その挨拶が終わると同時に、ヴィーさんは軍曹さんのほうに向きなおって口を開いた。
「こんな仕事を引き受けてくれるとは思わなかった。たすかる」
言いながらヴィーさんが握手を求めると、軍曹さんは力強く握り返しながら答えた。
「いえ、お気になさらず。呼んでいただいて感謝していますよ。どの子も鍛えがいがありそうでワクワクしています」
なんか物騒なことを言っているような気がする……
わたしのその予感は的中していた。
直後、握手を終えると同時に軍曹さんはわたし達に向かって声を上げた。
「諸君! 私が君たちに望むことはただ一つ! 胸を張れる戦士になることだ!」
戦士?! その言葉に全員が動揺を覚えると、軍曹さんは再び口を開いた。
「心配はしなくていい! 名門かつ難関であるこの学園に入学できている時点で君たちにはその才能がある!」
軍曹さんは全員を見回しながら語り続けた。
「君たちにはそれぞれ夢があるはずだ! 競争が激化してきている今の社会は戦場に似ている! その戦場で立派に戦い続けられる戦士を皆で目指そう! 私がそれを全力でサポートする!」
しゃべりながら見回していた軍曹さんの視線はある女生徒で止まった。
軍曹さんはその子に向かって尋ねた。
「そこのキミ! キミの夢はなんだい?」
女生徒はおどおどしながら、恥ずかしそうに答えた。
「え、あ、あの、わたしの夢はステキなお嫁さんになることです……戦士じゃなくてすみません……」
軍曹さんは深い頷きを返しながら口を開いた。
「ヨシ! 素晴らしい! その夢の実現のために共に励もう!」
いやいやいや。いまの回答のどこに戦士的な「ヨシ!」要素がありましたか?! 深く頷く要素ありました?! だめだこれ! なにを言っても展開が変わらないやつだ!
そんなわたしの予想通りに、軍曹さんは再び声を響かせた。
「ではさっそく訓練を始めよう! まずはグラウンド10周だ! 体力はすべての基本だからね!」
言いながら軍曹は走り出し、わたし達はその背にしぶしぶついて行った。
あれ、なんだろう。頭の中でなにかが軋む(きしむ)ような音がするよ? ストレスかな?
それはわたしの青春が崩れ始めたことを示す本能からの警告音だったのだけど、かよわい中学生であるわたしに抗う術などあるはずが無かったのであった。
第七話 警察沙汰で青春大ピンチ危機一髪! に続く
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