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第五話 わたし、島を出ます! (17)
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わたしは夢を見ていた。
夢の舞台は、すでに少し懐かしくなりつつある実家。
そこでわたしはごはんを食べていた。
パンと大きなハンバーグ、そしてコーンポタージュとサラダ。
わたしの大好きな組み合わせだ。
ナイフとフォークを使って口に運ぶ。
……うん、よく知っている味だ。お母さんの味だ。
すごくおいしい。
そして心地良い。
この心地良さはおいしいものを食べているからだけじゃない。
部屋全体が薄青く照らされている。台所の窓から光が差し込んでいるのを感じる。
暖かい。そして幻想的。
だからわたしは台所に視線を向けた。
そこには人影があった。
窓から差し込む薄青い日差しを背負っているせいか、人影の輪郭はぼやけており、はっきりとしない。
奇妙なことに、窓の外は真っ白。そこにあるはずの景色は見えない。
しかしそのことよりもわたしは人影のほうが気になった。
台所にいるのはお母さんだと思い込んでいた。
だけど、そのぼやけた輪郭はお母さんのものとは違う気がする――わたしがそう思った瞬間、その人影は声を響かせた。
「この台所は良い。使っていた人の性格を感じ取れる。清潔でキレイに整理されていて、よく使うものは手近なところにまとめられている」
その声は男のものだった。知らない声だった。だからわたしはこれが夢だと気付いた。
そしてその声を聞いた瞬間、わたしは奇妙な感覚に襲われた。
その人に向かって頭を下げなければいけないような、ひざまずかなければならないような、強い敬意のような感覚。
同時に別のものが胸の奥からあふれてくる。
その人に対して強い親しみを感じる。家族に対して抱くものよりも強い。圧倒的な父性、いや、これは母性?
身体が勝手に動き、自然とイスから立ちあがる。
そしてわたしが頭を下げようとすると、その人は手の平を向けてわたしの行動を制止した。
「ここは君の家だ。楽にしてくれ」
その声に、わたしは目の奥が熱くなるのを感じた。
なんだかわからないけど、あまりの感情の強さに泣いてしまいそう。
これは何?
わたしは精霊による攻撃だと思った。
だったらガードしなくちゃ。でも夢の中でどうやって?
そんなことを考えた直後、その人は再び声を響かせた。
「すまない。突然のことで警戒させてしまったようだね。君の前に姿を現したのは、君にひとつ頼みごとがあるからなんだ」
たのみごと? なんだかわからないけれど、断る気になれなかったわたしは頷きを返した。
すると、
「では、ついてきてくれ」
と、その人は言って、廊下へと歩き出した。
廊下は窓から差し込んでいるのと同じ光で照らされていた。
というより、真っ白だった。
廊下の先がまったく見えない。
男の人は、躊躇なくその光の中に入っていった。
大丈夫なのかな? わたしは一瞬そう思ったけど、ここに残っていてもしょうがないので、勇気を出して光の中へと足を踏み入れた。
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