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第二話 其は狂おしく美しい花の女王なり (4)
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◆◆◆
決意したその日のうちにわたしは島を出ることをブルーンヒルデさんに伝えた。
タイミングは夕食中。
おいしいごはんを食べながらなら、きっとやんわりと話し合える、そう思ったから。
だけど、
「……そう。決意は固いようね。だったら私からも話しておくことがあるわ」
ブルーンヒルデさんの口から出た言葉は、わたしが思ってもいなかったことだった。
「あの襲撃は偶然じゃ無いの。あなたと家族が狙われたのよ」
「え? わたし達が狙われた?」
あまりにも意外な言葉だったゆえに、わたしが確認するように言葉を返すと、ブルーンヒルデさんは頷きながら口を開いた。
「そうよ。あなたは特別な存在なの。身に覚えは無い? 例えば、どうしようもないくらい海に惹かれたことがあるとか」
その質問にわたしは「……あります」と答え、質問を返した。
「どうしてわたし達が襲われることになったんですか? わたし達のなにが特別なんです?」
この質問に、ブルーンヒルデさんは小さく首を振って答えた。
「ごめんなさい。わたしも詳しくは知らないの」
アイリスはまたしても気付けなかった。気付く力が無かった。この言葉は完全な嘘であった。
ブルーンヒルデは表情をまったく崩すこと無く嘘をついたあと、続けて口を開いた。
「でもこれだけは断言できる。わたしのそばから離れたらあなたはまた襲われる」
「……!」
その言葉に、わたしは決意が揺らぐのを感じた。
だけど、崩れることは無かった。
文明と青春への欲求じゃない、決意を支えたものは新たに生まれた別の感情。
わたしはそれを言葉にした。
「……それでもわたしはこの島から出たい! お姉ちゃんとお母さん、そしてお父さんとおばあちゃんがどうなったのか、どうしてわたし達が狙われたのか、わたしはそれを知りたい! 何も知ることができないままずっとこの島にいるなんて、わたしには耐えられない!」
どうしてわたし達がこんな理不尽な目にあわなければならないの!? 船に乗っていた人達はわたし達のせいで巻き込まれた? そんな怒りと悲しみがわたしの口を突き動かしていた。
ブルーンヒルデさんはわたしの感情を静かに受け止めようとするかのように、目を閉じた。
そしてしばらくしてからブルーンヒルデさんはゆっくりと目を開けて言った。
「あなたは記憶の多くを失ってる。あの恐怖を忘れてる。だから感情に任せてそんな言葉を吐ける。でも、再び襲われたらその怒りは瞬く間に熱を失う。そしてあなたは成す術も無くやられるでしょうね」
反論はできなかった。
わたしはただのか弱い子供。それはよくわかってる。
ならば警察に頼れば、一瞬そう思った。
でもそれも甘い考えなのはすぐにわかった。船にはあれだけの人数と守り神までいたにもかかわらず、みんなやられたのだから。警察がついていてくれてもきっと同じ結果になる。
やっぱり、この島から出てはいけないのだろうか。
わたしがそう思った直後、ブルーンヒルデさんは言った。
「この島を出るのはかまわないわ。でも一つ条件がある」
「条件?」
「強くなりなさい。わたしがいなくても自分の身を守れるほどに」
◆◆◆
そして強くなるための特訓が始まった。
「はぁ、はぁ、ぜっ」
最初に課せられたのは走り込みだった。
砂浜から出発して、山を登って島を一周し、また砂浜に戻ってくるコース。
その最初の一週目を終えると、なぜか水着で待っていたブルーンヒルデさんが懐中時計を見ながら言った。
「遅い。遅すぎるわ。これではとても合格はあげられない。息を切らさずにこの半分のタイムで走れるようにならないとダメよ」
は、半分!? 本気で走ってこのタイムなんですけど!? しかも息を切らさずに?! めちゃくちゃしんどいんですけど!?
にもかかわらず、ブルーンヒルデさんはさらに残酷な言葉を響かせた。
「じゃあ休まずにもう一周行ってきて」
マジですか?! マラソンの授業がやさしく感じるくらいキツイんですけど!
でもその言葉はマジだった。その理由をブルーンヒルデさんは響かせた。
「体力はすべての基本よ。どれだけ強靭な精神があろうとも、どれだけの技術をもっていたとしても、戦いの最中に体力が尽きれば終わりなのだから。こうも考えられる。敵はあなたの調子が悪い時を狙う可能性もある。常に万全の状態で事に挑めるとは限らない。でも体力があれば逃げることもできる。だからあなたにはたっぷりと走りこんでもらうわよ」
結局わたしは休まずに島を三周することになった。
◆◆◆
走り終える頃には太陽は真上をだいぶ過ぎており、わたしは遅めの昼食をとることになった。
メニューはいつもと違っていた。
大量の焼き魚が並んでいる。魚、魚、魚、魚だらけ。
誰がどうやってこれを? 考えるまでも無い。ブルーンヒルデさんしかいない。あ、だから水着だったのかあ。
ブルーンヒルデさんは水着のままテーブルに座っている。この後も海で作業をするからだろう。
そしてブルーンヒルデさんは焼き魚をフォークでつつきながら口を開いた。
「いっぱい食べないとダメよ。あなたには大量の動物性タンパク質が必要なのだから。食事も訓練だと思いなさい」
この訓練は余裕だった。わたしは出された魚をキレイにたいらげた。こういう訓練ならいつでもウェルカムである。
決意したその日のうちにわたしは島を出ることをブルーンヒルデさんに伝えた。
タイミングは夕食中。
おいしいごはんを食べながらなら、きっとやんわりと話し合える、そう思ったから。
だけど、
「……そう。決意は固いようね。だったら私からも話しておくことがあるわ」
ブルーンヒルデさんの口から出た言葉は、わたしが思ってもいなかったことだった。
「あの襲撃は偶然じゃ無いの。あなたと家族が狙われたのよ」
「え? わたし達が狙われた?」
あまりにも意外な言葉だったゆえに、わたしが確認するように言葉を返すと、ブルーンヒルデさんは頷きながら口を開いた。
「そうよ。あなたは特別な存在なの。身に覚えは無い? 例えば、どうしようもないくらい海に惹かれたことがあるとか」
その質問にわたしは「……あります」と答え、質問を返した。
「どうしてわたし達が襲われることになったんですか? わたし達のなにが特別なんです?」
この質問に、ブルーンヒルデさんは小さく首を振って答えた。
「ごめんなさい。わたしも詳しくは知らないの」
アイリスはまたしても気付けなかった。気付く力が無かった。この言葉は完全な嘘であった。
ブルーンヒルデは表情をまったく崩すこと無く嘘をついたあと、続けて口を開いた。
「でもこれだけは断言できる。わたしのそばから離れたらあなたはまた襲われる」
「……!」
その言葉に、わたしは決意が揺らぐのを感じた。
だけど、崩れることは無かった。
文明と青春への欲求じゃない、決意を支えたものは新たに生まれた別の感情。
わたしはそれを言葉にした。
「……それでもわたしはこの島から出たい! お姉ちゃんとお母さん、そしてお父さんとおばあちゃんがどうなったのか、どうしてわたし達が狙われたのか、わたしはそれを知りたい! 何も知ることができないままずっとこの島にいるなんて、わたしには耐えられない!」
どうしてわたし達がこんな理不尽な目にあわなければならないの!? 船に乗っていた人達はわたし達のせいで巻き込まれた? そんな怒りと悲しみがわたしの口を突き動かしていた。
ブルーンヒルデさんはわたしの感情を静かに受け止めようとするかのように、目を閉じた。
そしてしばらくしてからブルーンヒルデさんはゆっくりと目を開けて言った。
「あなたは記憶の多くを失ってる。あの恐怖を忘れてる。だから感情に任せてそんな言葉を吐ける。でも、再び襲われたらその怒りは瞬く間に熱を失う。そしてあなたは成す術も無くやられるでしょうね」
反論はできなかった。
わたしはただのか弱い子供。それはよくわかってる。
ならば警察に頼れば、一瞬そう思った。
でもそれも甘い考えなのはすぐにわかった。船にはあれだけの人数と守り神までいたにもかかわらず、みんなやられたのだから。警察がついていてくれてもきっと同じ結果になる。
やっぱり、この島から出てはいけないのだろうか。
わたしがそう思った直後、ブルーンヒルデさんは言った。
「この島を出るのはかまわないわ。でも一つ条件がある」
「条件?」
「強くなりなさい。わたしがいなくても自分の身を守れるほどに」
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そして強くなるための特訓が始まった。
「はぁ、はぁ、ぜっ」
最初に課せられたのは走り込みだった。
砂浜から出発して、山を登って島を一周し、また砂浜に戻ってくるコース。
その最初の一週目を終えると、なぜか水着で待っていたブルーンヒルデさんが懐中時計を見ながら言った。
「遅い。遅すぎるわ。これではとても合格はあげられない。息を切らさずにこの半分のタイムで走れるようにならないとダメよ」
は、半分!? 本気で走ってこのタイムなんですけど!? しかも息を切らさずに?! めちゃくちゃしんどいんですけど!?
にもかかわらず、ブルーンヒルデさんはさらに残酷な言葉を響かせた。
「じゃあ休まずにもう一周行ってきて」
マジですか?! マラソンの授業がやさしく感じるくらいキツイんですけど!
でもその言葉はマジだった。その理由をブルーンヒルデさんは響かせた。
「体力はすべての基本よ。どれだけ強靭な精神があろうとも、どれだけの技術をもっていたとしても、戦いの最中に体力が尽きれば終わりなのだから。こうも考えられる。敵はあなたの調子が悪い時を狙う可能性もある。常に万全の状態で事に挑めるとは限らない。でも体力があれば逃げることもできる。だからあなたにはたっぷりと走りこんでもらうわよ」
結局わたしは休まずに島を三周することになった。
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そしてブルーンヒルデさんは焼き魚をフォークでつつきながら口を開いた。
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