上 下
15 / 120

第二話 其は狂おしく美しい花の女王なり (4)

しおりを挟む
   ◆◆◆

 決意したその日のうちにわたしは島を出ることをブルーンヒルデさんに伝えた。
 タイミングは夕食中。
 おいしいごはんを食べながらなら、きっとやんわりと話し合える、そう思ったから。
 だけど、

「……そう。決意は固いようね。だったら私からも話しておくことがあるわ」

 ブルーンヒルデさんの口から出た言葉は、わたしが思ってもいなかったことだった。

「あの襲撃は偶然じゃ無いの。あなたと家族が狙われたのよ」
「え? わたし達が狙われた?」

 あまりにも意外な言葉だったゆえに、わたしが確認するように言葉を返すと、ブルーンヒルデさんは頷きながら口を開いた。
 
「そうよ。あなたは特別な存在なの。身に覚えは無い? 例えば、どうしようもないくらい海に惹かれたことがあるとか」

 その質問にわたしは「……あります」と答え、質問を返した。

「どうしてわたし達が襲われることになったんですか? わたし達のなにが特別なんです?」

 この質問に、ブルーンヒルデさんは小さく首を振って答えた。

「ごめんなさい。わたしも詳しくは知らないの」

 アイリスはまたしても気付けなかった。気付く力が無かった。この言葉は完全な嘘であった。
 ブルーンヒルデは表情をまったく崩すこと無く嘘をついたあと、続けて口を開いた。 

「でもこれだけは断言できる。わたしのそばから離れたらあなたはまた襲われる」
「……!」

 その言葉に、わたしは決意が揺らぐのを感じた。
 だけど、崩れることは無かった。
 文明と青春への欲求じゃない、決意を支えたものは新たに生まれた別の感情。
 わたしはそれを言葉にした。

「……それでもわたしはこの島から出たい! お姉ちゃんとお母さん、そしてお父さんとおばあちゃんがどうなったのか、どうしてわたし達が狙われたのか、わたしはそれを知りたい! 何も知ることができないままずっとこの島にいるなんて、わたしには耐えられない!」

 どうしてわたし達がこんな理不尽な目にあわなければならないの!? 船に乗っていた人達はわたし達のせいで巻き込まれた? そんな怒りと悲しみがわたしの口を突き動かしていた。
 ブルーンヒルデさんはわたしの感情を静かに受け止めようとするかのように、目を閉じた。
 そしてしばらくしてからブルーンヒルデさんはゆっくりと目を開けて言った。

「あなたは記憶の多くを失ってる。あの恐怖を忘れてる。だから感情に任せてそんな言葉を吐ける。でも、再び襲われたらその怒りは瞬く間に熱を失う。そしてあなたは成す術も無くやられるでしょうね」

 反論はできなかった。
 わたしはただのか弱い子供。それはよくわかってる。
 ならば警察に頼れば、一瞬そう思った。
 でもそれも甘い考えなのはすぐにわかった。船にはあれだけの人数と守り神までいたにもかかわらず、みんなやられたのだから。警察がついていてくれてもきっと同じ結果になる。
 やっぱり、この島から出てはいけないのだろうか。
 わたしがそう思った直後、ブルーンヒルデさんは言った。

「この島を出るのはかまわないわ。でも一つ条件がある」
「条件?」
「強くなりなさい。わたしがいなくても自分の身を守れるほどに」

   ◆◆◆

 そして強くなるための特訓が始まった。

「はぁ、はぁ、ぜっ」

 最初に課せられたのは走り込みだった。
 砂浜から出発して、山を登って島を一周し、また砂浜に戻ってくるコース。
 その最初の一週目を終えると、なぜか水着で待っていたブルーンヒルデさんが懐中時計を見ながら言った。

「遅い。遅すぎるわ。これではとても合格はあげられない。息を切らさずにこの半分のタイムで走れるようにならないとダメよ」 

 は、半分!? 本気で走ってこのタイムなんですけど!? しかも息を切らさずに?! めちゃくちゃしんどいんですけど!?
 にもかかわらず、ブルーンヒルデさんはさらに残酷な言葉を響かせた。

「じゃあ休まずにもう一周行ってきて」

 マジですか?! マラソンの授業がやさしく感じるくらいキツイんですけど!
 でもその言葉はマジだった。その理由をブルーンヒルデさんは響かせた。

「体力はすべての基本よ。どれだけ強靭な精神があろうとも、どれだけの技術をもっていたとしても、戦いの最中に体力が尽きれば終わりなのだから。こうも考えられる。敵はあなたの調子が悪い時を狙う可能性もある。常に万全の状態で事に挑めるとは限らない。でも体力があれば逃げることもできる。だからあなたにはたっぷりと走りこんでもらうわよ」

 結局わたしは休まずに島を三周することになった。

   ◆◆◆

 走り終える頃には太陽は真上をだいぶ過ぎており、わたしは遅めの昼食をとることになった。
 メニューはいつもと違っていた。
 大量の焼き魚が並んでいる。魚、魚、魚、魚だらけ。
 誰がどうやってこれを? 考えるまでも無い。ブルーンヒルデさんしかいない。あ、だから水着だったのかあ。
 ブルーンヒルデさんは水着のままテーブルに座っている。この後も海で作業をするからだろう。
 そしてブルーンヒルデさんは焼き魚をフォークでつつきながら口を開いた。

「いっぱい食べないとダメよ。あなたには大量の動物性タンパク質が必要なのだから。食事も訓練だと思いなさい」 

 この訓練は余裕だった。わたしは出された魚をキレイにたいらげた。こういう訓練ならいつでもウェルカムである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした

月白ヤトヒコ
ファンタジー
お母様が亡くなった。 それから程なくして―――― お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。 「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」 にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。 「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」 そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・ 頭の中を、凄まじい情報が巡った。 これ、なんでも奪って行く異母妹と家族に虐げられるドアマット主人公の話じゃね? ドアマットヒロイン……物語の主人公としての、奪われる人生の、最初の一手。 だから、わたしは・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。 ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。 ついでに、「政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」 そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。 フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ! うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって? そんなの知らん。 設定はふわっと。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

初めてなら、本気で喘がせてあげる

ヘロディア
恋愛
美しい彼女の初めてを奪うことになった主人公。 初めての体験に喘いでいく彼女をみて興奮が抑えられず…

処理中です...