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第二話 其は狂おしく美しい花の女王なり (3)

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   ◆◆◆
 
 アイリスは気付けなかった。ブルーンヒルデが背中を流しにきたのは親切心からだけの行動では無いことに。
 一人だと余計なことを考えてしまうから、その言葉は半分は嘘であった。
 アイリスは気付けなかった。ブルーンヒルデの視線が自身のうなじに注がれていたことを。
 背中を洗おうとすると背後に手が伸びる。
 その際に気付かれる可能性がある。だからブルーンヒルデは背中を流しに来たのであった。

   ◆◆◆

 ブルーンヒルデさんは親切な人だった。色んな世話をしてくれた。
 病人扱いでベッドに拘束されるようなことは無かった。わたしは自由に散歩することもできた。
 でもすぐに家に帰るという選択肢は無かった。
 ブルーンヒルデさんは島に住んでいた。たった一人で。外界から隔離された絶海の孤島だった。
 数か月に一度、船が来る。文明との繋がりはたったそれだけ。
 だけど生活で困ることは無い。足りない物なんて無い。
 ごはんもおいしい。お肉とか腐りやすいものは缶詰のものが多いけど、ブルーンヒルデさん自慢の菜園があるから野菜と果物は豪華だ。
 そんな食事を楽しんでいる時にブルーンヒルデさんは言ってくれた。

「あなたが望むならいつまでもここにいていい」と。

 どうしてここまで親切にしてくれるんだろう。わたしはそう思ったけど、それを尋ねることはしなかった。

   ◆◆◆

 そんなある日、不思議な夢を見た。
 ブルーンヒルデさんに後ろから抱きつかれている夢。
 体は重く、動けない。
 だけど心地良い。花の香りで満たされている。動けない不自由さがイヤじゃない。ずっとブルーンヒルデさんに体を預けていたい、そう思えるほどに。
 そして不思議な刺激がある。
 うなじにキスされている? そんな感じ。
 でも、キスにしてはちょっと刺激が強いような――
 わたしがそう思った直後、ブルーンヒルデさんの気配は背中から離れた。
 そして声が聞こえた。

「目が覚めそうなのね。じゃあ、今日はここまで」と。

 その声と共に花の香りが強くなった。
 香りと共に眠気が強くなり、わたしは夢の中で夢に落ちた。

   ◆◆◆

 穏やかな日々が続いた。
 わたしは島を隅々まで散策した。他にやることが思いつかなかった。
 そんなに大きな島じゃ無い。危険な動物はいない。ちゃんと歩道が整備されている。だからわたしが島の探索を終えるまでに時間はそれほどかからなかった。
 島は全体に手がいれられていた。あちこちにキレイな花壇がある。
 でもそんなキレイな花もしばらくすると見飽きてしまう。
 だからわたしは海を見つめながら色んなことを考えるようになった。
 今の自分のこと。そしてこれからのこと。
 いつまでもいていいと、ブルーンヒルデさんは言った。
 ブルーンヒルデさんは善い人だ。ごはんもおいしい。
 だけど……やっぱり……。

(帰りたい……家はどうなってるんだろう……警察がわたし達を捜索してたりするのかな? 学校も行ったほうがいい気がする……このままだと中等部に上がれないなんてことになるかも……)

 それはかなりよろしくない気がする。
 勉強は好きじゃない。でも友達と一緒に何かをするのは好き。新しいステキな出来事もあるかもしれない。そう例えば、こ、恋人ができちゃうとか。
 それに――

(おっきいハンバーグ食べたい……缶詰肉飽きた……)

 ここの生活はじきに飽きてしまうだろう。文明の刺激がほしい。そしてハンバーグ。うわハンバーグつよい。

(……よし!)

 ブルーンヒルデさんにそう言おう! この島から出るんだ! 文明と青春がわたしを待ってる! それに、いつまでも甘えちゃいけない気もするしね!
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