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第二話 其は狂おしく美しい花の女王なり (1)

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   ◆◆◆

  其は狂おしく美しい花の女王なり

   ◆◆◆

「はぁ、はぁ」

 隊長さんの背中を追うようにわたしは走り続けていた。

「はっ、げほっ、はぁっ!」

 胸が痛い。足が悲鳴を上げてる。
 だけど立ち止まることはできない。アレに追い付かれたら終わりだから。
 ちらりと振り返ってそれを見る。
 無限の体力を持っているかのような勢いで追いかけてくる、顔が黒く染まった客人達。
 捕まったらなにをされるのか――その想像のおぞましさにゾっとした瞬間、

「っ!」

 何かに足首を掴まれ、わたしはその場に倒れた。
 見ると、わたしの足首を掴んだのは甲板に置いてきた軍人さんだった。
 軍人さんの目からは墨のような黒い涙が流れていた。

「隊長~~置いて行かないでください~~」

 すごい力。振りほどける気がまったくしない。

「助けて!」

 だからわたしは隊長さんに助けを求めた。
 見ると、隊長さんは立ち止まっていた。
 わたしの声に反応して止まったのだと思った。
 でも様子がおかしかった。
 背を向けたまま動かない。

「隊長さん!?」

 なぜ棒立ちなんですか、早く助けて! そんな思いをぶつけるようにわたしは叫んだ。
 すると、ようやく隊長さんは振り返ってくれた。
 けど、

「……っ!!」

 振り返った隊長さんの目からも黒い涙が流れていた。

   ◆◆◆

「―――っ!」

 何かを叫ぼうとするかのように口を開けたまま、わたしの体は跳ね起きた。

「はぁ、はっ」

 体が重い。息が苦しい。
 ブランケットを握りしめる自分の手はガタガタと震えている。
 え? ブランケット?
 それを見てようやく、わたしは気付いた。
 自分がベッドの上にいることに。
 よかった。アレは全部夢だったんだ。一瞬、そう思った。
 だけど違った。
 わたしは知らないベッドの上にいた。
 見回すと、やはりそこは知らない部屋だった。
 花があちこちにいっぱい飾られている。
 キレイだけど、今のわたしにはそんな感情を抱く余裕は無かった。
 窓からは森が見える。
 その立ち並ぶ木々の中にも、多くの花が咲いているのが見える。
 ここはどこ? その疑問の答えを探すためにわたしがベッドから降りようとした瞬間、部屋のドアが開き、

「起きたのね」

 声と共に、一人の大人の女性が入ってきた。
 キレイな人だった。
 キレイすぎると言えるほどに。
 まるで人形のよう。作られたかのように美しい容姿。
 しかしその中でも目を引くのが髪。
 三十代くらいに見えるけど、その髪は真っ白――いや、白髪とは違う。光沢を放っている。こういうのを銀髪というのだろうか?
 その人は銀髪を揺らしながらわたしの歩み寄り、わたしの隣に腰を下ろして口を開いた。

「混乱しているかもしれないけど、心配しないで。ここは私の家。安全よ」
 
 そうは言われても、わたしは状況がまったく飲み込めていなかった。
 わたしの混乱を察したのか、女の人は優しく言葉を響かせた。

「船のことは覚えている?」
「……」

 わたしはゆっくりと思い出した。
 思い出そうとした。思い出しかけた。
 しかしわたしの思考は強制的に止まり、

「ぅ……っ!!」

 わたしはその場に嘔吐してしまった。
 女の人は困った様子も見せず、嘔吐するわたしの背中をさすりながら口を開いた。

「そう……やっぱり、記憶が封印されているようね。よほど怖い目にあったのね。かわいそうに……」
 
 落ち着いたわたしは吐き出してしまったものをどうすればいいのかを尋ねるように、銀髪の女性を見上げた。
 女性はまたしても察したかのように声を響かせた。

「気にしなくていいわ。それはわたしがやっておくから。あなたはお風呂に入ってらっしゃい。お湯はもう沸かせてあるから。お風呂場はドアを出て左よ」
 
 その言葉に、

「ありがとうございます。ええと……」

 わたしはお礼を返したが、まだ大事なことを知らないことに気付いた。
 銀髪の人はわたしがそれを尋ねるよりも早く、それを答えた。

「ああ、そういえば自己紹介がまだだったわね。わたしの名前はブルーンヒルデよ」
 
 女性ははっきりと「ブ」と発音したが、わたしの頭にはなぜか「ヴ」と響いた。
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