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18.不吉な夢
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────その晩、不吉な夢をみた。
不審な誰かに追い掛けられている気がする。奇妙で不可解な夢だった。
得体のわからない何かを恐れて必死で逃げているようだ。
私は薄暗い森の中をひた走っていた。
森の中なのに周りの草や木の匂いはしないし足の感覚もほとんどない。
必死でいるわりには心臓がバクバク鳴ることもなく。
呼吸が乱れて息が上がってしまうこともないから、夢の中の出来事だってすぐにわかった。
走っている私の体は現代を生きていた転生前のOLわたくし様でも、今夜自覚し名付けて外見を得たメイカさんでもない。赤の他人だ。
骨張った両手が視界に入って自覚する。
私は夢の中で知らない男の人になっていた。
(な、なに、これ……?)
ゲームの中の登場人物にこんな人いたっけか。
手だけで顔を確認する手段がないので誰なのかわからない。
私は知らない男の姿で暗い森をただひとり駆け続けていた。
走っても走っても抜け出せない無限に広がっている森の中、何かの気配を感じて人の通った痕跡がない獣道へと逃げ込む。
横にそれた途中で足がもつれてしまい、枝を踏んだ拍子に前のめり。
倒れた体を起こそうとして足の方を見ると、私を追い掛けていた何かが私の胸を目掛けて飛び掛かってきた。
鋭い牙に爪、血走った目をしたオオカミだ。
それが私を追っていた気配の正体だった。
殺意満々のオオカミは私を押し倒し、喉に向かって食い付いてきた。
とっさに前足を払いのけ身をねじってそれをかわすと、間一髪。
着ていた上着の一部が裂けたが体に損傷はない。
(この服……!)
破られてちぎれ、地面に落ちた布切れを見てハッとする。
私が着ていた服だったもの……黒い、高級そうな布、よくみれば私は聖職者の衣装をまとっていた。
(私、例の変態神父になってる……?!!!)
見覚えのある服装は、つい数時間前に会話をした神父のものだ。
私ことトラウマメイカーのメイカに適当な祷りを捧げ、コルフェに酷いことをさせていたあの神父だ。間違いない。
(なっ! なんで私があの神父にっ?!)
冷静に考えている余裕はない。
オオカミは一度弾き飛ばしたくらいではあきらめず、またこちらに噛み付いてくる。
夢の中で感覚がない、痛みもありはしないのに私の体は現れた獣相手に戦慄していた。
襲いくる恐怖と混乱は波になって押し寄せ、逃げ惑う私を追い詰める。
戦う手段を持たない神父はたちまちオオカミの爪の一撃をくらい立てなくなった。
私は抵抗虚しく覆い被さられ、頭からがぶりと食い殺されてしまったのだった。
(…………!)
脳が痛いのは食い付かれたからではなくて。
「メイカさんっ。メイカさん……っ!」
「う……っ!」
慌てたような少年の声に呼ばれ、私は夢から飛び起きて目を開く。
オオカミに食べられて無くなったはずの首がある。
夢から覚めて神父ではなくメイカに戻った私は、頭と体が繋がっていることを確認して深呼吸をした。
「だいじょうぶですか? メイカさん、ずっとうなされていて……なにか怖い夢を見ていたんです?」
心配そうに顔を覗き見てくるコルフェは、私の片手を小さな両てのひらで握りしめていた。
私が目覚めるまでそうして呼び掛けてくれていたらしい。
大きな瞳を潤ませている彼に、
「大丈夫よ」
応えて震えている手を握り返す。
これがゲームだったら多分、彼に夢の内容を話すか黙っておくかでいくつか選択肢が出る場面だったかも。
「……っていうか今、何時?」
「よかったです。そろそろ七時になります」
いくら変な夢を見ていても、私の精神は一日のルーティンとして出勤の支度時間に起きれるらしかった。
間抜けな私の返しに力が抜け、柔らかく笑うコルフェ。
片手をほどいてほんのり汗ばんでいた私の額に添え、
「起きないんですか?」
「うん。もうちょっとごろごろしてたい」
朝の支度を。と、尋ねてくる規則正しい生活リズムの少年の台詞をさえぎり、ぬいぐるみか抱き枕のように抱き締める。
引き寄せられたコルフェも一瞬困惑したみたい。
けれども、黙ってすぐ私に頬ずりをし返した。サラサラの髪に石鹸の香りが心地よい。
この世界の私には毎朝の出勤はないのだ。自分で朝御飯をつくる必要も。
ミシュレットさんが起こしにくるまでは、愛らしい推しに引っ付いて優雅な惰眠をむさぼっていられる。
コルフェのうなじに顔を寄せていると、見ていた悪夢のことなんてすぐ忘れてしまうと思う。
不審な誰かに追い掛けられている気がする。奇妙で不可解な夢だった。
得体のわからない何かを恐れて必死で逃げているようだ。
私は薄暗い森の中をひた走っていた。
森の中なのに周りの草や木の匂いはしないし足の感覚もほとんどない。
必死でいるわりには心臓がバクバク鳴ることもなく。
呼吸が乱れて息が上がってしまうこともないから、夢の中の出来事だってすぐにわかった。
走っている私の体は現代を生きていた転生前のOLわたくし様でも、今夜自覚し名付けて外見を得たメイカさんでもない。赤の他人だ。
骨張った両手が視界に入って自覚する。
私は夢の中で知らない男の人になっていた。
(な、なに、これ……?)
ゲームの中の登場人物にこんな人いたっけか。
手だけで顔を確認する手段がないので誰なのかわからない。
私は知らない男の姿で暗い森をただひとり駆け続けていた。
走っても走っても抜け出せない無限に広がっている森の中、何かの気配を感じて人の通った痕跡がない獣道へと逃げ込む。
横にそれた途中で足がもつれてしまい、枝を踏んだ拍子に前のめり。
倒れた体を起こそうとして足の方を見ると、私を追い掛けていた何かが私の胸を目掛けて飛び掛かってきた。
鋭い牙に爪、血走った目をしたオオカミだ。
それが私を追っていた気配の正体だった。
殺意満々のオオカミは私を押し倒し、喉に向かって食い付いてきた。
とっさに前足を払いのけ身をねじってそれをかわすと、間一髪。
着ていた上着の一部が裂けたが体に損傷はない。
(この服……!)
破られてちぎれ、地面に落ちた布切れを見てハッとする。
私が着ていた服だったもの……黒い、高級そうな布、よくみれば私は聖職者の衣装をまとっていた。
(私、例の変態神父になってる……?!!!)
見覚えのある服装は、つい数時間前に会話をした神父のものだ。
私ことトラウマメイカーのメイカに適当な祷りを捧げ、コルフェに酷いことをさせていたあの神父だ。間違いない。
(なっ! なんで私があの神父にっ?!)
冷静に考えている余裕はない。
オオカミは一度弾き飛ばしたくらいではあきらめず、またこちらに噛み付いてくる。
夢の中で感覚がない、痛みもありはしないのに私の体は現れた獣相手に戦慄していた。
襲いくる恐怖と混乱は波になって押し寄せ、逃げ惑う私を追い詰める。
戦う手段を持たない神父はたちまちオオカミの爪の一撃をくらい立てなくなった。
私は抵抗虚しく覆い被さられ、頭からがぶりと食い殺されてしまったのだった。
(…………!)
脳が痛いのは食い付かれたからではなくて。
「メイカさんっ。メイカさん……っ!」
「う……っ!」
慌てたような少年の声に呼ばれ、私は夢から飛び起きて目を開く。
オオカミに食べられて無くなったはずの首がある。
夢から覚めて神父ではなくメイカに戻った私は、頭と体が繋がっていることを確認して深呼吸をした。
「だいじょうぶですか? メイカさん、ずっとうなされていて……なにか怖い夢を見ていたんです?」
心配そうに顔を覗き見てくるコルフェは、私の片手を小さな両てのひらで握りしめていた。
私が目覚めるまでそうして呼び掛けてくれていたらしい。
大きな瞳を潤ませている彼に、
「大丈夫よ」
応えて震えている手を握り返す。
これがゲームだったら多分、彼に夢の内容を話すか黙っておくかでいくつか選択肢が出る場面だったかも。
「……っていうか今、何時?」
「よかったです。そろそろ七時になります」
いくら変な夢を見ていても、私の精神は一日のルーティンとして出勤の支度時間に起きれるらしかった。
間抜けな私の返しに力が抜け、柔らかく笑うコルフェ。
片手をほどいてほんのり汗ばんでいた私の額に添え、
「起きないんですか?」
「うん。もうちょっとごろごろしてたい」
朝の支度を。と、尋ねてくる規則正しい生活リズムの少年の台詞をさえぎり、ぬいぐるみか抱き枕のように抱き締める。
引き寄せられたコルフェも一瞬困惑したみたい。
けれども、黙ってすぐ私に頬ずりをし返した。サラサラの髪に石鹸の香りが心地よい。
この世界の私には毎朝の出勤はないのだ。自分で朝御飯をつくる必要も。
ミシュレットさんが起こしにくるまでは、愛らしい推しに引っ付いて優雅な惰眠をむさぼっていられる。
コルフェのうなじに顔を寄せていると、見ていた悪夢のことなんてすぐ忘れてしまうと思う。
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