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第一部 記憶喪失と竜の子
蘇ったと教えられて
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「ボク達を守るためにマグ先生は魔王と刺し違えて亡くなったって。すごく強い魔法を使って消えてしまったんだって、ビアフランカ先生が言ってた……」
かつてこの世界・ミレニアローグは闇を操る魔王が侵攻し災厄によって支配されようとしていた。
その禍を撃ち破り、平和を取り戻すために貢献したのが、魔法学校で子供たちを教えていた教師の一人・マグ。その本人だった。
彼は強い力を持ちながらも正義感に溢れた皆の憧れで、争いを好まない優しい人だった。
そんな中、世界を救うためにマグを頼ってきた旧友の騎士たちや、戦いの道具を作る昔の教え子と共に悪に立ち向かう日がやってきて、彼は大切な物を守るために自らを犠牲に魔王を倒して英雄になったのだ。
スーが語った話を要約すると、そういうことだった。
まるでおとぎ話かはたまたゲームの世界か。
俺が思っていたよりもずっとこの世界はファンタジーとして確立していて、でも妙にリアルでいた。
俺がそのマグとして転生したのなら、使命があるとすれば魔王を再び倒すこと。それを課せられているのかと思えばそうではない。
世界は既に平和を取り戻した後で、ならば俺が転生して来た理由は一体何なんだろう。
(……だめだ。やっぱり出てこない)
「そうだったのか」
「うん。だからね、先生と会ったときすごくびっくりしたし嬉しくって……」
スーの緊迫した表情が和らいでいく。
「先生が何も覚えてなくても、ボクらは先生のこと待ってたんだ。帰ってきてくれてありがとう」
真っ直ぐに俺を見つめる彼女の大きな目が潤んでいた。
そんな顔で見られていては、今さら自分はマグではないとは言い出せない。
彼女の気持ちを考えれば胸が痛み、言葉が喉で引っ掛かる。
大体、俺は自分自身が何者かわからずにいて、確かにマグではないけれど、それを言ったところで自分が誰か説明も立証も出来ないのだから。
だったら、目の前の幼気な少女のために、彼女の教師を演じることが一番良いことなのではないか。他には何のあてもないし、無理をして本当の自分を探すよりもよほど簡単なはずだ。
「今までごめんな」
「やだなぁ。先生、さっきから謝ってばっかりだね」
自分は暫くの間マグでいよう。それでいい。
思いを新たにそう決めてスーの笑顔に胸を撫で下ろした。
蟠っていた何かが、出さなかった言葉と一緒に胃のなかに落ちた。
そうと決まればこんな気持ち、さっさと甘いものに溶かしてしまえ。
皿の上に残ったクリームの塊をフォークですくって呑み込んだ。
「ふふ、いい食べっぷり。おかわり頼む?」
「いいや。お腹いっぱいだ」
「そっか」
まだ湯気のたっているコーヒーにミルクをたんと入れて、鼻で香りを楽しむ。
よし、大丈夫だ。鼻も普通の人と同じ嗅覚だ。
今はまだマグの体の少ししか理解できていないが、いずれは魔法を使いこなし、スー達のたよれる教師となって、そうだな、最初は窮屈だと思っていたが俺もこの体にもだいぶ慣れてきた。そんなことを言ってみたい。なんて思いながら、俺は港街のレンガの道を見下ろしてスーに言う。
「そろそろ店出ようか。俺もはやく学校のみんなに会いたいし」
「うん! 先生がその気になってくれて嬉しい! みんなきっと喜ぶよ」
耳に心地よいスーの元気な返事がテーブルから跳ね返ってきて、マグは満足そうに席を立った。
***
「ええっ?! 28000円だって?! いやいや、これ何かの間違いじゃないのか……?」
退店前の会計で素っ頓狂な声をあげ引っくり返りそうになる。レジスターを爪で器用に叩く犬頭が俺をじろりと見た。
「お客様」
低い紳士の声で話す犬頭が指す少しアンティークな機械に円という表記が表示されている。
ファンタジーに溢れた西洋風のこの世界での通貨が日本円なことにも驚いたが、それだけならこんなに大きな声を出したりはしなかっただろう。
「パンケーキが10000円、コーヒーが8000円、席料サービス料を1名様につき5000円……」
手書きの伝票を示され読み上げるスーも俺のとなりで唖然としていた。
このお値段は明らかにゼロが一つ多いのではないか。
確かに味は良かったし店の居心地も眺めも良かった。だが、それにしてもである。
(カフェで日本円なのにサービス料という表記もなかなか。見られたことがないんじゃないか)
「先生ごめん。ボク頼みすぎちゃったかも……そんなにお金持ってないよ……」
俺が払えないことを先に察したスーが小さな声で謝罪したが、これは彼女のせいではない。
この店の酷すぎる価格設定がとんでもないのである。
しかし、そう決め付けるにはまだ判断材料が足りなかった。
仕方がない。この世に蘇ったマグ先生は、蘇ったばかりなので今の時代の金銭感覚を知らないのだから。
そう自分に言い聞かせ、涼しい顔をした犬頭に文句を垂れたい気持ちをぐっと堪える。
まさかだが、 転生する前の俺はドケチだったのだろうか。いや、それはないと思いたい。
とんでもないぼったくりだと決め付けてしまったまま、他の客の会計を見守ったが、どうやら俺がドケチの可能性が少しだけだが浮上してきた。
俺から見ればどう見ても桁が一つ多い金額を提示されているが、この店の利用客は誰一人として俺のように驚嘆する者はいなかった。
みな黙って財布から金を出し、上品に犬頭と微笑みを交わして去っていく。信じがたいが俺とスーが持ち合わせに不相応な店に入ってしまっていたのだと思い知らされた。
「お客様、いかがなさいました?」
冷淡な声が上から降ってくる。
俺より背丈のある犬頭の紳士が丁寧な振る舞いで、しかし威圧的な眼光を宿しながら尋ねてきた。
「その、お金が……」
こうなっては正直に言う他無い。
スーの前で格好悪いところは見せたくなかったが、嘘をついてごまかすよりは教師らしい解答になっているだろう。できればもっと毅然とした態度になりたかったけれども。
何かしら意を示さねばとポケットを裏返すが、最悪なことに俺は財布を持っていなかった。
財布どころか一銭も持っていない。マグが死んだときすっからかんだったのだろうか。死人を恨むことはできないが、恨めるなら恨みたい。
これには更なるピンチが追い討ちをするべくやってきた。
「はぁ。さようでございますか」
固まってしまった俺に犬頭は肩をすくめて俺に向き直った。
「あの、店長にお話を……」
「料理長兼オーナーは私、シグマと申します」
犬頭が首を振って答える。
ただのウェイターにしてはやたらと貫禄があると思っていた。犬頭は自らを責任者だと言いレジ台についた店のロゴを顎で指し自己紹介をする。
「お客様は魔法学校の教諭とお聞きしましたが、お連れの方は生徒様でいらっしゃいますか」
「そうですが……」
「でしたら、学校へ連絡をとっていただいて……」
この申し出は学校に知れたら間違いなく拗れてしまう。直感的に思った俺は咄嗟にスーを見て助けを乞う。
「通信機の番号覚えてないんです。あと、先生もテレパシーとか、そういうのは専攻じゃないんだよね?」
「そうなんだ。俺も思い出せないなあ」
この世界にも通信機器が存在するのか。ということは後々の話にとっておくことにして、ひとまずその場で話を合わせた。
「貴殿方は……」
問いかけの語尾さえ冷静に音が下に落ちる。
トーンの低い犬頭のオーナーは隙のない目付きで俺をじっくりと見た後で、スーの体をなめるように見て首を捻った。
彼女に視線をあててからは俺の方にその目を戻すことなく、何かを一人で考えている様子だ。
「では、教諭。暫くの間、彼女をお借りしてもよろしいでしょうか」
「スーをですか?」
「はい」
シグマの目に一瞬、静かな姿勢に似合わない光が射した気がした。
彼に注目していなければテーブルの上のよく磨かれたグラスが光っただけかもしれない。と、誤魔化せるような僅かな変化だが、俺にはそれがはっきり見えた。
丁寧な物腰と正反対の、獣的な欲望を宿したそれに思わず身震いしそうになる。
「先生、ボクなら大丈夫だよ。ボク、ここでオーナーさんと待ってるから、その間にお金をとってきてよ」
「わかりました。スーがそうしててくれるなら。俺、代金を持って必ず迎えに来ます」
俺がシグマに感じた嫌な予感はスーには届いていないのだろうか。
彼女は何とも頼もしく自ら俺の前に出、獣人の前に立って言った。
「学校は海沿いの港をずっと行ったところにあるよ。さっき上から見たからわかるかな。地図、描こうか。紙とペン貸して貰えますか?」
テラスで会話していたときにスーが指差した学校の場所はあまりにも遠く、彼女には見えるのかも知れないが俺の肉眼では視認できなかった。
海の先。港の伝いを目で追っても終わりが来ないくらい遠いことがぼんやりわかった程度だ。
「教諭、御自身の学校が在る場所がわからないのですか?」
「そうなの。実はこちらの先生、記憶喪失になっちゃってましてー」
二人のやりとりを怪しみながらもレジから筆記具を貸してくれるシグマに、俺が返事をするより早くスーが答えた。
借りたペンをささっと走らせ、彼女は地図を描くと小さく四つに折り畳んで俺の手に握らせる。
「ビアフランカ先生によろしくね。あと、先生もこれからはちゃんとお財布持って歩こうね」
「あ、ああ。そうするよ」
「それじゃあ、ボク、先生が戻るまで待ってる」
地図を持った手の甲をぺちんと軽く叩いて笑う少女に、情けなくも促されて俺は開いたままの店のドアをくぐり抜け外に出た。
足元に広がる石畳の道。すぐそばには白い砂浜。
一歩踏み出せば沈む靴先に急かされるようにもう一歩。
街へ続く歩道を上がり、もと居た場所を振り向く。
入り口から顔をだして手を振るスーの肩にシグマがそっと触れ、店内に戻っていった。
かつてこの世界・ミレニアローグは闇を操る魔王が侵攻し災厄によって支配されようとしていた。
その禍を撃ち破り、平和を取り戻すために貢献したのが、魔法学校で子供たちを教えていた教師の一人・マグ。その本人だった。
彼は強い力を持ちながらも正義感に溢れた皆の憧れで、争いを好まない優しい人だった。
そんな中、世界を救うためにマグを頼ってきた旧友の騎士たちや、戦いの道具を作る昔の教え子と共に悪に立ち向かう日がやってきて、彼は大切な物を守るために自らを犠牲に魔王を倒して英雄になったのだ。
スーが語った話を要約すると、そういうことだった。
まるでおとぎ話かはたまたゲームの世界か。
俺が思っていたよりもずっとこの世界はファンタジーとして確立していて、でも妙にリアルでいた。
俺がそのマグとして転生したのなら、使命があるとすれば魔王を再び倒すこと。それを課せられているのかと思えばそうではない。
世界は既に平和を取り戻した後で、ならば俺が転生して来た理由は一体何なんだろう。
(……だめだ。やっぱり出てこない)
「そうだったのか」
「うん。だからね、先生と会ったときすごくびっくりしたし嬉しくって……」
スーの緊迫した表情が和らいでいく。
「先生が何も覚えてなくても、ボクらは先生のこと待ってたんだ。帰ってきてくれてありがとう」
真っ直ぐに俺を見つめる彼女の大きな目が潤んでいた。
そんな顔で見られていては、今さら自分はマグではないとは言い出せない。
彼女の気持ちを考えれば胸が痛み、言葉が喉で引っ掛かる。
大体、俺は自分自身が何者かわからずにいて、確かにマグではないけれど、それを言ったところで自分が誰か説明も立証も出来ないのだから。
だったら、目の前の幼気な少女のために、彼女の教師を演じることが一番良いことなのではないか。他には何のあてもないし、無理をして本当の自分を探すよりもよほど簡単なはずだ。
「今までごめんな」
「やだなぁ。先生、さっきから謝ってばっかりだね」
自分は暫くの間マグでいよう。それでいい。
思いを新たにそう決めてスーの笑顔に胸を撫で下ろした。
蟠っていた何かが、出さなかった言葉と一緒に胃のなかに落ちた。
そうと決まればこんな気持ち、さっさと甘いものに溶かしてしまえ。
皿の上に残ったクリームの塊をフォークですくって呑み込んだ。
「ふふ、いい食べっぷり。おかわり頼む?」
「いいや。お腹いっぱいだ」
「そっか」
まだ湯気のたっているコーヒーにミルクをたんと入れて、鼻で香りを楽しむ。
よし、大丈夫だ。鼻も普通の人と同じ嗅覚だ。
今はまだマグの体の少ししか理解できていないが、いずれは魔法を使いこなし、スー達のたよれる教師となって、そうだな、最初は窮屈だと思っていたが俺もこの体にもだいぶ慣れてきた。そんなことを言ってみたい。なんて思いながら、俺は港街のレンガの道を見下ろしてスーに言う。
「そろそろ店出ようか。俺もはやく学校のみんなに会いたいし」
「うん! 先生がその気になってくれて嬉しい! みんなきっと喜ぶよ」
耳に心地よいスーの元気な返事がテーブルから跳ね返ってきて、マグは満足そうに席を立った。
***
「ええっ?! 28000円だって?! いやいや、これ何かの間違いじゃないのか……?」
退店前の会計で素っ頓狂な声をあげ引っくり返りそうになる。レジスターを爪で器用に叩く犬頭が俺をじろりと見た。
「お客様」
低い紳士の声で話す犬頭が指す少しアンティークな機械に円という表記が表示されている。
ファンタジーに溢れた西洋風のこの世界での通貨が日本円なことにも驚いたが、それだけならこんなに大きな声を出したりはしなかっただろう。
「パンケーキが10000円、コーヒーが8000円、席料サービス料を1名様につき5000円……」
手書きの伝票を示され読み上げるスーも俺のとなりで唖然としていた。
このお値段は明らかにゼロが一つ多いのではないか。
確かに味は良かったし店の居心地も眺めも良かった。だが、それにしてもである。
(カフェで日本円なのにサービス料という表記もなかなか。見られたことがないんじゃないか)
「先生ごめん。ボク頼みすぎちゃったかも……そんなにお金持ってないよ……」
俺が払えないことを先に察したスーが小さな声で謝罪したが、これは彼女のせいではない。
この店の酷すぎる価格設定がとんでもないのである。
しかし、そう決め付けるにはまだ判断材料が足りなかった。
仕方がない。この世に蘇ったマグ先生は、蘇ったばかりなので今の時代の金銭感覚を知らないのだから。
そう自分に言い聞かせ、涼しい顔をした犬頭に文句を垂れたい気持ちをぐっと堪える。
まさかだが、 転生する前の俺はドケチだったのだろうか。いや、それはないと思いたい。
とんでもないぼったくりだと決め付けてしまったまま、他の客の会計を見守ったが、どうやら俺がドケチの可能性が少しだけだが浮上してきた。
俺から見ればどう見ても桁が一つ多い金額を提示されているが、この店の利用客は誰一人として俺のように驚嘆する者はいなかった。
みな黙って財布から金を出し、上品に犬頭と微笑みを交わして去っていく。信じがたいが俺とスーが持ち合わせに不相応な店に入ってしまっていたのだと思い知らされた。
「お客様、いかがなさいました?」
冷淡な声が上から降ってくる。
俺より背丈のある犬頭の紳士が丁寧な振る舞いで、しかし威圧的な眼光を宿しながら尋ねてきた。
「その、お金が……」
こうなっては正直に言う他無い。
スーの前で格好悪いところは見せたくなかったが、嘘をついてごまかすよりは教師らしい解答になっているだろう。できればもっと毅然とした態度になりたかったけれども。
何かしら意を示さねばとポケットを裏返すが、最悪なことに俺は財布を持っていなかった。
財布どころか一銭も持っていない。マグが死んだときすっからかんだったのだろうか。死人を恨むことはできないが、恨めるなら恨みたい。
これには更なるピンチが追い討ちをするべくやってきた。
「はぁ。さようでございますか」
固まってしまった俺に犬頭は肩をすくめて俺に向き直った。
「あの、店長にお話を……」
「料理長兼オーナーは私、シグマと申します」
犬頭が首を振って答える。
ただのウェイターにしてはやたらと貫禄があると思っていた。犬頭は自らを責任者だと言いレジ台についた店のロゴを顎で指し自己紹介をする。
「お客様は魔法学校の教諭とお聞きしましたが、お連れの方は生徒様でいらっしゃいますか」
「そうですが……」
「でしたら、学校へ連絡をとっていただいて……」
この申し出は学校に知れたら間違いなく拗れてしまう。直感的に思った俺は咄嗟にスーを見て助けを乞う。
「通信機の番号覚えてないんです。あと、先生もテレパシーとか、そういうのは専攻じゃないんだよね?」
「そうなんだ。俺も思い出せないなあ」
この世界にも通信機器が存在するのか。ということは後々の話にとっておくことにして、ひとまずその場で話を合わせた。
「貴殿方は……」
問いかけの語尾さえ冷静に音が下に落ちる。
トーンの低い犬頭のオーナーは隙のない目付きで俺をじっくりと見た後で、スーの体をなめるように見て首を捻った。
彼女に視線をあててからは俺の方にその目を戻すことなく、何かを一人で考えている様子だ。
「では、教諭。暫くの間、彼女をお借りしてもよろしいでしょうか」
「スーをですか?」
「はい」
シグマの目に一瞬、静かな姿勢に似合わない光が射した気がした。
彼に注目していなければテーブルの上のよく磨かれたグラスが光っただけかもしれない。と、誤魔化せるような僅かな変化だが、俺にはそれがはっきり見えた。
丁寧な物腰と正反対の、獣的な欲望を宿したそれに思わず身震いしそうになる。
「先生、ボクなら大丈夫だよ。ボク、ここでオーナーさんと待ってるから、その間にお金をとってきてよ」
「わかりました。スーがそうしててくれるなら。俺、代金を持って必ず迎えに来ます」
俺がシグマに感じた嫌な予感はスーには届いていないのだろうか。
彼女は何とも頼もしく自ら俺の前に出、獣人の前に立って言った。
「学校は海沿いの港をずっと行ったところにあるよ。さっき上から見たからわかるかな。地図、描こうか。紙とペン貸して貰えますか?」
テラスで会話していたときにスーが指差した学校の場所はあまりにも遠く、彼女には見えるのかも知れないが俺の肉眼では視認できなかった。
海の先。港の伝いを目で追っても終わりが来ないくらい遠いことがぼんやりわかった程度だ。
「教諭、御自身の学校が在る場所がわからないのですか?」
「そうなの。実はこちらの先生、記憶喪失になっちゃってましてー」
二人のやりとりを怪しみながらもレジから筆記具を貸してくれるシグマに、俺が返事をするより早くスーが答えた。
借りたペンをささっと走らせ、彼女は地図を描くと小さく四つに折り畳んで俺の手に握らせる。
「ビアフランカ先生によろしくね。あと、先生もこれからはちゃんとお財布持って歩こうね」
「あ、ああ。そうするよ」
「それじゃあ、ボク、先生が戻るまで待ってる」
地図を持った手の甲をぺちんと軽く叩いて笑う少女に、情けなくも促されて俺は開いたままの店のドアをくぐり抜け外に出た。
足元に広がる石畳の道。すぐそばには白い砂浜。
一歩踏み出せば沈む靴先に急かされるようにもう一歩。
街へ続く歩道を上がり、もと居た場所を振り向く。
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