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【零和 六章・かがり火が消えた後】
[零6-2・銃器]
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「ダイサン区画を離れれば、AMADEUSの移動に頼るしかない。
安全なルートがあるとは限らない」
搬入口から屋上のヘリポートまで戻るルートを取りながらウンジョウさんはそう言う。
フレズベルクやゾンビとの遭遇の危険性は非常に高い。
そもそも、このビルの高さから降りる時点でかなり無謀ではないだろうか。
搬入口の脇の壁に非常用消火器の様に埋め込んであったのは銃で、そのロックをウンジョウさんの静脈認証で解除していた。
壁から銃が出てくる様子はあまりにも非日常的な様子で。
此処はやはり地獄から一歩這い出した場所でしかない。
「使う人間がいなければ意味がない」
ウンジョウさんがそう言って私にその銃を渡してくる。
戸惑いながらもそれを受け取った。
思ったより軽く実感がない。
安全装置を絶対に自分で外すな、と言われるも外し方も分からないと私は答える。
ヘリポートに出ると周囲にフレズベルクの姿は無かった。
しかし暴風は変わらず続いている。
ビル屋上の縁まで歩いていきその下を見下ろすと、あまりに高度が高すぎて理解が追い付かなかった。
眼下の景色が遠く見えるどころか、そもそも何も見えない。
一面に広がるのは白い掠れた雲と濃淡で彩られた青い世界ばかりである。
降りるんですか、という私の問いに応えるよりも前にウンジョウさんが先を行く。
レベッカの指示に従いながら私はそれに続く。
ビルの縁から空中へ背中を預けるようにして身を投げ出す。
強風に煽られて身体が落ちていきながらも浮き上がるその間に、アンカーをビル壁面に打ち込む。
それにより固定しながらワイヤーを伸ばして降りていく。
そしてアンカーを解除し落下しながらワイヤーを巻き取りアンカーを打ち込む。
実感は沸かないが、今此処にいるのは遥か上空で。
落下すれば死が待っている。
ワイヤーに身を預け強風に流される度に肝が冷える。
強風に大分流されながらも私はウンジョウさんに付いていった。
十数メートル下に降りた辺りでビルの窓が空いておりそこからビル内部に突入する。
地面に足がついて私は胸を撫で下ろす。
「防護扉の制御が不能になり手動で閉鎖した為、中央管制で制御が効かなくなった。
つまりここより上の階層のセクションが完全封鎖されていたわけだ」
「それでこんな曲芸みたいな事を」
「外部通用口まで向かう」
ビル内部を移動しエレベーターホールへ向かった。
ウンジョウさんと中央管制が何か話し込むと、エレベーターで稼働し始めて、それにより中階層まで移動する。
そしてまたビルから空中へと身を投げ出し、ワイヤーを使って高度を落としていく。
レベッカが私の表情を何度か確認してきていた。
不安そうな顔というよりも不思議そうに思っている様な節がある。
風の勢いは先程よりはマシで、何とかワイヤー移動を駆使して私達はダイサン区画を離れた。
超高層ビルディング群を離れ通常の高層ビルの合間を縫って移動していく。
ダイサン区画からダイイチ区画までの間のルートを私は把握していないが、高層ビルが数を減らせば自ずとAMADEUSによる移動は不可能になる。
そうなった時、ゾンビと対面する可能性は非常に高い。
私の眼下に広がる景色はずっと肌色と赤色で、それは遠目から見れば一つの個体であるように見えたが、しかしその一つ一つが蠢いていて気色の悪さを感じさせる。
それぞれの境界線さえ分からぬほどに群れたゾンビ達は、押し合いひしめき合いながら地面を埋め尽くして彷徨っていた。
その光景に吐き気を覚えながら私は視線を空へ戻す。
気を抜けばあの地表に落下する。
一瞬で私の身体は千切れて肉片も残らず食い尽くされてしまうだろう。
ワイヤーを引上げAMADEUSに背中を押され、空中に身を投げだして素早く次のポイントにアンカーを打ち込む。
ひたすらそれを繰り返しながらウンジョウさんの背中を追う。
しかし、これだけの数のゾンビが未だ活動しているのは奇妙にも思えた。
少なくとも食料が足りてるとは思えない。
ハイパーオーツ政策とやらで作った小麦粉を食べているわけでもないだろうし。
明瀬ちゃんの語っていた言葉を思い出す。
ゾンビはその内臓器官の変異によって超超高分子化合物を生成する事が可能になった為に、長期間の活動を可能にしたのではないだろうかという仮説。
それがパンデミック発生から五年も経って活動している根拠になるのか私には分からない。
明瀬ちゃんなら、それとも三奈瀬優子だったなら、この事態に説明を付けてくれるのだろうか。
『小休止を取る』
ウンジョウさんの声がヘッドセッドに入った無線から聞こえてきた。
高層ビルの合間にあった低いビルの屋上に降り立つ。
廃墟と化した雑居ビルの様で、くすんだ色のコンクリートが足元に広がっていた。
欄干の塗装は剥げ落ち、所々が折れ曲がって槍の様な残骸になっている。
私の集中力も限界だった。
レベッカが腰回りに身に付けていたポーチから飲料水と携帯食を取り出して渡された。
手のひらサイズの平たいパウチ容器に飲料水が入っている。
携帯食は棒状のビスケットの様な物でカロリー補助食品のイメージに近い、これもハイパーオーツの恩恵と言ったところだろうか。
レベッカが私の背負っている銃を降ろせ、というジェスチャーを見せる。
「今の内に武器の説明をします。
それはサブマシンガンのクリスベクターという銃です。
45口径なので反動はありますが銃身が軽いので取り回しやすい筈です」
引き金を引けば人が死ぬ。
そんな力を手にして、皮肉にも私の手は少し強張った。
それよりも強力な物をずっと振りかざしてきたじゃないかと思う。
「45口径はストッピングパワーはありますが基本的にはゾンビの動きを止めるのは難しいです。
ゾンビに痛覚が無い以上、狙うべきは頭か心臓、それか脚です」
安全なルートがあるとは限らない」
搬入口から屋上のヘリポートまで戻るルートを取りながらウンジョウさんはそう言う。
フレズベルクやゾンビとの遭遇の危険性は非常に高い。
そもそも、このビルの高さから降りる時点でかなり無謀ではないだろうか。
搬入口の脇の壁に非常用消火器の様に埋め込んであったのは銃で、そのロックをウンジョウさんの静脈認証で解除していた。
壁から銃が出てくる様子はあまりにも非日常的な様子で。
此処はやはり地獄から一歩這い出した場所でしかない。
「使う人間がいなければ意味がない」
ウンジョウさんがそう言って私にその銃を渡してくる。
戸惑いながらもそれを受け取った。
思ったより軽く実感がない。
安全装置を絶対に自分で外すな、と言われるも外し方も分からないと私は答える。
ヘリポートに出ると周囲にフレズベルクの姿は無かった。
しかし暴風は変わらず続いている。
ビル屋上の縁まで歩いていきその下を見下ろすと、あまりに高度が高すぎて理解が追い付かなかった。
眼下の景色が遠く見えるどころか、そもそも何も見えない。
一面に広がるのは白い掠れた雲と濃淡で彩られた青い世界ばかりである。
降りるんですか、という私の問いに応えるよりも前にウンジョウさんが先を行く。
レベッカの指示に従いながら私はそれに続く。
ビルの縁から空中へ背中を預けるようにして身を投げ出す。
強風に煽られて身体が落ちていきながらも浮き上がるその間に、アンカーをビル壁面に打ち込む。
それにより固定しながらワイヤーを伸ばして降りていく。
そしてアンカーを解除し落下しながらワイヤーを巻き取りアンカーを打ち込む。
実感は沸かないが、今此処にいるのは遥か上空で。
落下すれば死が待っている。
ワイヤーに身を預け強風に流される度に肝が冷える。
強風に大分流されながらも私はウンジョウさんに付いていった。
十数メートル下に降りた辺りでビルの窓が空いておりそこからビル内部に突入する。
地面に足がついて私は胸を撫で下ろす。
「防護扉の制御が不能になり手動で閉鎖した為、中央管制で制御が効かなくなった。
つまりここより上の階層のセクションが完全封鎖されていたわけだ」
「それでこんな曲芸みたいな事を」
「外部通用口まで向かう」
ビル内部を移動しエレベーターホールへ向かった。
ウンジョウさんと中央管制が何か話し込むと、エレベーターで稼働し始めて、それにより中階層まで移動する。
そしてまたビルから空中へと身を投げ出し、ワイヤーを使って高度を落としていく。
レベッカが私の表情を何度か確認してきていた。
不安そうな顔というよりも不思議そうに思っている様な節がある。
風の勢いは先程よりはマシで、何とかワイヤー移動を駆使して私達はダイサン区画を離れた。
超高層ビルディング群を離れ通常の高層ビルの合間を縫って移動していく。
ダイサン区画からダイイチ区画までの間のルートを私は把握していないが、高層ビルが数を減らせば自ずとAMADEUSによる移動は不可能になる。
そうなった時、ゾンビと対面する可能性は非常に高い。
私の眼下に広がる景色はずっと肌色と赤色で、それは遠目から見れば一つの個体であるように見えたが、しかしその一つ一つが蠢いていて気色の悪さを感じさせる。
それぞれの境界線さえ分からぬほどに群れたゾンビ達は、押し合いひしめき合いながら地面を埋め尽くして彷徨っていた。
その光景に吐き気を覚えながら私は視線を空へ戻す。
気を抜けばあの地表に落下する。
一瞬で私の身体は千切れて肉片も残らず食い尽くされてしまうだろう。
ワイヤーを引上げAMADEUSに背中を押され、空中に身を投げだして素早く次のポイントにアンカーを打ち込む。
ひたすらそれを繰り返しながらウンジョウさんの背中を追う。
しかし、これだけの数のゾンビが未だ活動しているのは奇妙にも思えた。
少なくとも食料が足りてるとは思えない。
ハイパーオーツ政策とやらで作った小麦粉を食べているわけでもないだろうし。
明瀬ちゃんの語っていた言葉を思い出す。
ゾンビはその内臓器官の変異によって超超高分子化合物を生成する事が可能になった為に、長期間の活動を可能にしたのではないだろうかという仮説。
それがパンデミック発生から五年も経って活動している根拠になるのか私には分からない。
明瀬ちゃんなら、それとも三奈瀬優子だったなら、この事態に説明を付けてくれるのだろうか。
『小休止を取る』
ウンジョウさんの声がヘッドセッドに入った無線から聞こえてきた。
高層ビルの合間にあった低いビルの屋上に降り立つ。
廃墟と化した雑居ビルの様で、くすんだ色のコンクリートが足元に広がっていた。
欄干の塗装は剥げ落ち、所々が折れ曲がって槍の様な残骸になっている。
私の集中力も限界だった。
レベッカが腰回りに身に付けていたポーチから飲料水と携帯食を取り出して渡された。
手のひらサイズの平たいパウチ容器に飲料水が入っている。
携帯食は棒状のビスケットの様な物でカロリー補助食品のイメージに近い、これもハイパーオーツの恩恵と言ったところだろうか。
レベッカが私の背負っている銃を降ろせ、というジェスチャーを見せる。
「今の内に武器の説明をします。
それはサブマシンガンのクリスベクターという銃です。
45口径なので反動はありますが銃身が軽いので取り回しやすい筈です」
引き金を引けば人が死ぬ。
そんな力を手にして、皮肉にも私の手は少し強張った。
それよりも強力な物をずっと振りかざしてきたじゃないかと思う。
「45口径はストッピングパワーはありますが基本的にはゾンビの動きを止めるのは難しいです。
ゾンビに痛覚が無い以上、狙うべきは頭か心臓、それか脚です」
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